第91話 自由すぎる人々(NPC)5
「おっ、あっちに階段があるぞ」
ホールを抜け、奥の間に入った俺は大きな階段を発見した。
それも映画なんかで見るような左右両方から登れる湾曲した華美な木製階段だ。
いつも思うけど、これって見栄えだけだよな……
広い階段を真ん中にドーンと付けりゃ余程便利だろうに。
あの新内閣が毎度お披露目写真を撮ってるデケェ階段みたいなヤツね。
「上はどうなってるんだろ」
「謁見の間とかがあるんじゃないですか? お城ですし」
「あー、なるほど。ありそうだな」
「なにを言うのですかアーキー王。あなたの玉座でございますのに」
「え? あ、うん。そ、そうだったね」
「アキよ、こやつのいうことはいちいち気にせずともよいのじゃぞ。こやつは設定語りをしておるだけじゃからの」
ヴィヴィアンさんのメタ発言もどうかとは思うが、今はそれに従っておく。
マーリンさんは与えられたNPCとしての使命や役割を果たしているだけなのだ。
ならばわざわざ否定するのも可哀想だし、いっそ放置プレイのほうがマシかもしれない。
「ちなみに三階には会議室もあるからの」
「会議室?」
「あっ、それってまさか円卓のですか!?」
「そうじゃ。ヒナは聡いのう」
「えへへ」
ヴィヴィアンさんに褒められて照れ笑いを浮かべるヒナ。
うむ。
我が彼女ながら実に愛らしい。
「ほほー、そりゃあ見るのが楽しみだな。じゃ、早速上がろうぜ」
「アキきゅん、言葉遣いが段々雑に……あれっ?」
諫めるように俺の頬を両手で挟んだヒナが奇妙な声を上げる。
その視線は下へ向いていた。
それを追うと、ゴロンゴロンと俺たちの足元になにかが転がってきていたのである。
「なんだこりゃ?」
「ヒッ!? こっちを睨みましたよ!?」
「ははは、なにいってんだよ。そんなわけないだろ。ヒナは臆病だなぁ…………うわっマジだ!」
丸っこい物体には赤い光点がふたつ。
よく見ればそれは血走った双眸だったのだ。
しかもその瞳は、なんと俺たちのスカートの中を凝視しているではないか!
更には興奮しきった荒い鼻息まで聞こえる!
「ぎゃーーー! 見るな変態!!」
「エッチ! スケベ!!」
「こりゃ! わらわは下になにも穿いて……ごほん、この不埒者ぉぉぉ!!」
俺とヒナとヴィヴィアンさんは悲鳴を上げながら慌ててスカートを押さえつつ下がった。
物体はそれでも必死に覗きを敢行しようとしている。
なんという執念!
「これは……デュラハンの頭部でございます我が王」
「デュラハン!?」
「えぇ!? 高位のアンデッドモンスターじゃないですか!」
マーリンさんの言葉に驚く俺とヒナ。
くっそ。
よりによってデュラハンかよ。
キンさんがいれば、有り余るLUKでターンアンデッドをかけりゃ一撃でお陀仏だろうに。
いやもう死んでるんだけどさ。
てか、それよりなんでこのデュラハンは変態なの!?
死人のくせに覗こうとするか普通?
ん?
ちょっと待てよ。
どういう構造なのか、ゴロリと動いて尚も俺たちの直下へ移動しようとする兜に包まれた生首。
うわ。
こいつ、鼻息の風圧で動いてる。
どんだけ興奮してんだ。
エロパワー恐るべし、だな。
いつも時代を動かしてきたのはエロの力だって親父もいってたもん。
パソコン黎明期の頃は、世のおっさんたちがエロ画像を見たいがために必死こいて勉強したって話だぜ。
その力でパソコンは爆発的に普及したとかしないとか。
IT企業勤務の親父がいうんだからこれこそ真実なのかもな。
「きゃあ! またこっちに転がってきましたよ!」
ヒナがスカートの前後を押さえながら叫ぶ。
お前、スカートの中に短パン穿いてるんだからいいじゃん。
俺も一応白タイツは穿いてるけど、ヒナが検証したところによればパンツが透けているそうな。
地味に恥ずかしいぞ。
しかも、ヴィヴィアンさんに至ってはさっきの発言が本当ならノーパン……
そりゃまずい!
「踏め! 踏むんだ!」
「えいっ! えいっ!」
「このっこのっ!!」
ドカドカと全力でデュラハンの頭部を踏みつける俺たち。
羞恥心のせいか、全員容赦がない。
「!! !!」
声なき絶叫を上げるデュラハン。
レベルカンストの俺とヒナに踏まれてはたまったもんじゃなかろう。
「えっ? ちょっ、アキきゅん! この人喜んでません!?」
「なにィ!?」
見れば兜の奥の頬は紅潮し、だらしなく開いた口からは涎がこぼれている。
そして明らかに先程までよりも息が荒い。
「こいつドMだ! キンさんの仲間だ!」
「アキよ! あやつのことは言うでない! 湖での恐怖が甦るじゃろが!」
プルプルと身を震わせるヴィヴィアンさん。
どうやら湖でキンさんに迫られたのがトラウマになっているようだ。
「くそ、元を絶たないとダメか。こいつの本体はどこにいるんだ?」
「本体、というより全身部分ならばあちらにございます、我が王」
マーリンさんが左奥を指差す。
階段の下に潜んでいたデュラハンの身体は、首なし馬にまたがったままビクリと震えた。
『あ、めっかっちゃった!』みたいなジェスチャーすんな!
「よーし、ならアレを倒せばいいんだな」
インベントリからエクスカリバーを取り出そうとした時、マーリンさんが意外なことを言い出す。
「いえ。デュラハンの本体とは、その頭部に相違ありませぬ」
「えぇ!? この頭かよ! じゃあこいつは自分の本体を使ってまで覗こうとしてたのか……ふーん、へぇ~~」
「わっ。アキきゅんの邪悪な微笑みが出ましたよ!」
といいつつ、ヒナもヴィヴィアンさんも俺と似た笑みを浮かべる。
俺はむんずと掴んでデュラハンの頭を持ち上げた。
「!? !!??」
俺の意図を察知したのか、声なき声が慌てふためいている。
「アキ投手、第一球、投げました!」
俺はそういいながら高々と足を上げ、ヒナへ頭を投げつけた。
カキーーーン
既に杖を取り出し、見事な一本足打法でそれを打ち返すヒナ。
ライナー性の鋭い打球は一直線にヴィヴィアンさんへと向かう。
「ほりゃ!」
ヴィヴィアンさんは宙に浮いたまま長煙管でさらにそれを上から打つ。
打球は真下の石床へ叩きつけられた。
「!!!! !!!!???」
石床の破片を撒き散らしながらバウンドしたデュラハンの首は、狙いすましたかの如く俺の前へ飛んできた。
兜が割れ、むき出しとなった顔面に吸い込まれる俺の小さな拳。
その拳にはヴァルキュリア・リュストゥング【盾形態】が握られている。
「場外まで飛んでけーーーー!!」
俺の一撃は見事に眉間を捕らえ、首は壁や天井を突き破って宣言通り吹っ飛んで行った。
頭は空の彼方でキラーンとお星さまになったようだ。
そしてその数秒後、デュラハンの身体と首なし馬は粒子と化して消え去ったのである。




