第9話 転職試験はガチ勝負
「ここが、剣士の転職場だよ……」
俺たちに捨てられかけ、すっかり憔悴したキンさんがボソりと言う。
聞けば彼はその尖りすぎたステ構成のために、幾度もパーティーからお払い箱にされてきたと言う。
そりゃそうだよ。
俺もヒナも普通に見捨てそうだったし。
そもそも、大体のゲームにおいてLUK、幸運値なんてものは軽視されがちな傾向にある。
せいぜい回避率がちょこっと良くなったり、会心がほんの少し出やすくなると言った程度の恩恵しか得られないからだ。
「いやいや、この【遅】に関しては違うんだ! みんなわかってないだけで結構LUKも重要なんだよ!?」
「【遅】って……ああ、【OSO】のローマ字読みかぁ……いや、その略しかたのほうに驚いたよ……」
まるで俺の内心が聞こえていたかのように言うキンさん。
エスパーか?
他のゲームと何が違うのかは取り敢えず置いておいて、俺たちは夕暮れの迫る中、大通りから一本入った路地裏の剣士転職場とやらへ入った。
内部は殺風景で待合用の椅子と小さな受付カウンターがあるのみ。
ただし、奥へと続くドアは閉まっているのでその先はわからない。
受付カウンターにはメモ帳らしき羊皮紙が置いてあり、それに触れるとこれまた羊皮紙のような質感のウィンドウがポップアップした。
無駄に凝ってる。
それには『剣士へ転職希望のかたは、こちらに名前を入力してお待ちください』と書かれていた。
俺はポンポンとプレイヤーネームを入力し、キンさんとヒナが座る椅子へ戻った。
「どこの転職場もこんな感じ?」
「いやいや、僕は教会だったけど、美人でムッチムチのシスターさんがいたよ」
「なにそれズルい!」
「むー!」
キンさんが言うには職によって転職条件が違うらしい。
彼が侍祭になるために与えられた試練は聖職者らしく、さまようゴーストを退治すると言うものだったらしい。
専用マップ────どこかの廃屋に飛ばされたキンさんは孤軍奮闘。
当時はSTRが1だったこともあり、ゴーストとの壮絶な泥沼の殴り合いを延々と30分ほど続けてようやく倒したと溜息まじりに語った。
「でもね、後から他のプレイヤーに聞いたんだけど、そのゴースト。実は初心者用ポーションを一個ぶつければ倒せるんだってよおおおおおおお! ちくしょおおおおおおおお! あんなクソ重いもんさっさと飲んじまったんじゃああああああ!!」
語るうちにトラウマスイッチを踏んだのか、突如キレるキンさん。
そりゃもう、見事なキレっぷりだ。
見た目は優男で、普段が温厚なだけにそのギャップはすさまじい。
なかなか愉快な人ですな。
「ってことは、俺も何かと戦う試験なのかなぁ」
「あ、その可能性はありますよね」
「ヒナもSTRが1だったろ? きついかもな」
「あんまり不吉なこと言わないでくださいよー」
「ヒナのテクなら大丈夫だ。お前、運動神経いいもん」
「えー? そうですかー? へへー」
「イチャイチャすんなオラァアアアン!!」
苦悩するキンさんをそっとしといてヒナと喋っていただけなのに……
そんな理不尽に怒られても……
あと、イチャイチャじゃねーし。
「プレイヤー『アキ』、中へ入りたまえ」
ドアの向こうから俺を呼ぶ声がした。
「ほんじゃまぁ、行ってくるわ……って、なんで立ったの?」
ついてくる気満々のヒナとキンさん。
「ああ、試験は見学可能なんだよ。他のプレイヤーもそれを参考にしたりできるだろう?」
「あー、なるほど」
「私はアキきゅんがけちょんけちょんにされるところを見たいだけです」
「なんてこと言うの!? せめて俺の勝利を祈れよ!」
ヒナにせっつかれながらドアをくぐると、そこは小さな円形闘技場のような部屋だった。
当然観客席などないが、円状の石壁に覆われている。
その壁の所々に松明が備え付けられ、足元に不自由はない。
そしてその中央には一人の女性が地面に剣を突き立て、柄に両手を置いて立っていた。
「ほぉー、これはこれは……」
「雰囲気ありますねぇー」
「ここのNPCも美人だ……」
キンさんの言う通り、腰まである髪が綺麗な凛々しい鎧姿の女性だった。
彼女がきっと試験官だろう。
それはいいけど、なんで密室なのに髪が風でなびいてるんだ?
「貴様が剣士を希望するクソムシか! よかろう! この私が貴様の素養を見てやる! さぁ、こちらへ来いクソムシ! 3秒以内に来なければそのそっ首を刎ねる! 返事は『はい』または『YES』だ!」
良く通る声が俺の耳朶を穿つ。
えぇー。
まさかの軍曹キャラかよ。
俺はきつい女性が苦手なんだけど……
って、キンさん!?
鼻の下やべぇよ!?
あんた、実はドMか!?
ともあれ、俺は慌てて中央へ向かった。
3秒ルールは厳しすぎる。
「剣士への転職条件はこの私を倒すことのみ! 百度死ぬ覚悟が出来たら参れ!」
この人、いちいち言うことが物騒すぎない!?
「アキきゅん頑張ってー! 負けたら切腹させますよー!」
「目だ! 目を狙うんだ! アキくん!」
身内にも物騒なのがいるし。
「さぁ武器を構えろ! 私の打ち込みを躱してみせるがいい!」
上段に剣を構える試験官NPC。
これはもしやヒントなのだろうか。
剣筋を教えるための……それにしては殺る気満々だけど、おわっ!
ピュンと俺の鼻先スレスレに振り下ろされる剣。
まさに紙一重だったが、あと半歩踏み込んでいたら縦に一刀両断されていただろう。
そんなD〇O様みたいな斬られかたは嫌だ!
俺の身体は斬られてもくっつかないんだぞ!
「どうした! この程度で腰を抜かされては困るぞ! そらそらぁ!」
「くっ! ぐっ!」
二撃、三撃と打ち込まれる剣の重さと速度よ。
とてもじゃないが、素人の初心者相手に対する仕打ちとは思えない。
躱しきれなくなってきた俺は、初心者用ソードで受けに回るしかなかった。
だが、所詮は素人剣術。
直撃こそないものの、身体中を剣先が何度も掠めた。
それに伴い、じわりじわりと削られるようにHPが減っていく。
くそっ。
嬲り殺しにでもする気か!
性悪すぎだろこの女!
「あああ! アキきゅん危ない! キンさん! アキきゅんに回復魔法をかけてあげてください!」
「んー、そうしてあげたいのは山々なんだけどねぇ。周りが手出しすると即失格になっちゃうんだ」
「えぇー!? そんなの理不尽ですっ!」
「い、いや、ちゃんと試験概要に書いてあるから……チョ、チョーク、ヒナさんチョーク! 首絞まっでるぅ……」
ヒナたちの面白会話は勿論聞こえている。
聞こえてはいるがつっこむ余裕がない。
ええい!
ツッコミ職人が情けないぞ俺!
だが、それで返って冷静になった俺は、試験官の動きの注視に努めた。
右、左、上。
左、右、上。
よく見れば、彼女は一定の攻撃パターンを繰り返しているらしい。
なるほど。
確かに強いが、きちんと観察すれば抜け道は用意されてるってわけか。
そうでなきゃ『ゲーム』としては成立しないもんな。
よし、パターンがわかれば後は反撃に転じるのみ!
「おらっ!」
「おっ? 少しはやる気を出したようだなクソムシが!」
試験官の剣を引くタイミングに合わせて踏み込むが、あっさりと受けられてしまった。
おい、ズルいぞ。
大人しく食らってくれよ。
「これはどうだ!」
ガィン
「むっ!?」
今度は上段からの打ち下ろしを剣で受けてから跳ね上げてみた。
それが功を奏したのか、少しは試験官を驚かせることができたらしい。
『スキル 【パリィ】を1個習得しました』
はい?
1個ってなに!?
スキルを2個習得しても仕方ないんですけど!?
また文字化けか!
全くβ版ってのは!
いや、それよりもジョブポイントで習得するスキル以外に、条件達成で習得するスキルがあるってことかこれ?
だとしたら色々試す価値はありそうだ。
「どうした! もう終わりかゴミめ! ならばクソムシらしく潰れ果てるがいい!」
あーもう。
口が悪ぃなこのNPC!
あっちを見てみろ!
喜んでるのはキンさんだけだぞ!
さっきから小声で『僕も罵られたい……』とか『今から剣士に転職って出来るのかな……?』とか呟いてるんですけど!
おまけに、それを目撃したヒナがドン引きだ!
「ならばこれで最後にしてやろう! 華々しく逝け!」
女性にしては低音ボイスで言いながら大きく振りかぶる試験官。
大上段から繰り出される必殺の剣。
俺は夢中で己の剣を眼前にかざし────
ニュルンッ
「えぇぇぇぇ!? なんですか今の!? アキきゅんが金色に光ったと思ったら消えたように見えましたよ!?」
「なにそれすごいぞアキくん! どうやってあんな動きを!?」
驚きの声を上げるヒナとキンさん。
気付けば俺は、試験官の真後ろに一瞬で移動していたのだ。
「なんだとっ!?」
明らかに驚愕の声を上げる軍曹、もとい、姐さん……もとい試験官。
なにがどうなってるのかわからんが、好機には違いない。
ならば思い切り行かせてもらう。
俺はゲーム内限定だが真の男女平等論者なのだ。
有り体に言えば『男だろうが女だろうが敵なら容赦なくブッ飛ばす!(ゲーム内だけ)』だ。
「ぅおぉぉぉ!」
ドゴン
舞い踊る『BACK ATTACK!』の黄色いエフェクトと『CRITICAL!』の赤いエフェクト。
俺がそのまま、試験官の背中に一撃を叩き込んだ結果である。
ガクリと膝をつく彼女。
同時にログが俺の視界を走る。
『特殊スキル【雲身】を習得しました』