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第88話 自由すぎる人々(NPC)2



「の~じゃ、のじゃの~じゃ~」


「……」


「いやぁ、実に朗らかで良い天気にございますな、我が王」


「……」


「おでかけ~びよりなのじゃ~のじゃ~」


「……」


「我が王、喉は乾いておりませぬか? 紅茶を御所望であればすぐにご用意いたします」


「……」




 のどかな風景は意外な速さで流れ去って行く。


 お気楽極まる多分に自作であろう謎の鼻歌。


 なんとものんきな気遣いのイケボ。



 そして喋る気力すら失った俺とヒナ。


 脳裏に巡るは『どうしてこうなった』の文字。



 湖の乙女ヴィヴィアンさんと伝説の魔術師マーリンさんから聖剣エクスカリバーの【鞘】に関する情報を得た俺は、取り敢えず邪神に関する情報収集は置いておき、その古城とやらへすぐにでも向かうべきだと考えた。


 それというのも、『この大陸に邪神が存在するのなら北欧神話系統に決まっている。であれば、それと関係の深い者に聞けば良いだけではないか』という、天啓にも似た金言をこの二人が授けてくださったからである。


 これには目から鱗が落ちる思いだった。


 俺たちには北欧神話関係にとんでもなく心強い知り合いがいるではないか。


 普段は自室でだらけきった生活を送ってる駄女神さまがよ!


 訊いたところで素直に教えてもらえるかはまた別の問題だが、なぁに、ヴァルキリーさんなら菓子折りのひとつも持って行けばペラペラ話してくれるだろう。

 相当な菓子好きっぽかったしな。

 情報を出し渋るようなら、ユニコーンのニコを室内に放つぞと少し脅すだけで泣きながら語りだすだろうよ。


 そんなわけで俺とヒナは協議の結果(大袈裟)、エクスカリバーの鞘を先に探すことと決定したのである。

 【鞘】は俺の戦力を増強させるだろう。

 引いてはそれが来るべき邪神との決戦においてもきっと力になるはずだと思う。



 そんな風にして目指すべき古城とやらへ出発したのがここまでのいきさつだった。


 そこまではいい。

 いいんだよ。


 だけどまさか、この(・・)二人までついてくると言い出すとは思ってもみなかったのだ。



「よーし、ヒナ。そうと決まれば早速出発だ」

「そうしましょー!」

「古城ってのは首都から北西だっけ? あ、ヴィヴィアンさん、マーリンさん、情報ありがとねっ! じゃあまた!」

「こらこら、待て待て。待つのじゃせっかち者め。まさかわらわを置いて行く気ではあるまいな? せっかくこんなところまでわざわざ来てやったんじゃからの。当然わらわも行くのじゃー」

「は?」

「へ?」

「我が王が古城へ赴くというのであれば、私めもお供いたすのは当然の義務でございます。ましてや湖の乙女が同行するのであれば尚のこと」

「はぁ!?」

「えぇぇ!?」



 こんな会話がありましてね、ええ。


 しかも。



「やめたほうがいいんじゃない? 道中もその古城とやらでも、きっと戦闘になるよ?」

「そうですよ。危険すぎます」

「……そもそもNPCって戦えるの……?」

「さ、さぁ……? あ、でもニャルちゃんはスキルを習得してましたよね?」

「だけどあれって回避とか探索とかのスキルばっかりじゃん。戦闘スキルは一個もなかったぞ」

「うっ、そうでした……」


「僭越ながら我が王よ。私はいささか魔法を心得ております」

「わらわもこやつから魔法を学んだのじゃ。ちと業腹じゃがの」

「……えぇ~?」

「本当に大丈夫ですか……?」

「なんじゃその疑った目付きは!? わらわも戦えるのじゃ! ちゃんとパーティーにも入れるのじゃー!」

「ああ、泣かないでください湖の乙女! 我が王よ、ここはひとつ私の顔を立てて……」

「泣いてなどおらぬのじゃ!」

「あーもうわかったってば! わかりました! 一緒に行こう!」


 と、半ば強引に押し切られる形になったわけだ。


 ここまでもいい。

 いいんだけどさ。


 魔導士、魔導士、魔導士、そして姫騎士という、アホみたいにバランスの悪いパーティーが完成しちゃったのはどうすればいいの!?


 コンシューマRPGなら、詰みもあり得る構成だぞこれ!


 うおお!

 せめてキンさんとツナ姉さんがいてくれればなんとかなるのに……!


 俺にこいつら全員を守れってか!?

 不安しかねぇよ!


 だいたいさぁ、NPCってのは死んだらどうなるの?

 まさか消滅(ロスト)なんてしないだろうな?


 ヒナの微妙な表情を見るに、全く同じことを考えていたのだろう。



 出発しても終始無言の俺たちを余所に、自作の謎鼻歌を披露するヴィヴィアンさんと、必要もない気遣いをしまくるマーリンさんであった。


 ただ、せめてもの救いは二人のレベルが90を超えていたことであろう。

 ステータスまではわからないが、レベルさえ高ければ死ぬ確率は激減する。

 少なくとも、余程の強敵でもない限り一撃でHPが全損することはないはずだ。


 お陰で幾分か気持ちが楽になる。


 それに、心が軽くなったのはそれのせいばかりではない。

 今置かれている状況にも一因はあった。



「さぁ、我が王。お茶が入りました、是非ご賞味ください。ささ、お嬢さまも湖の乙女もどうぞ」

「あ、あぁ、ありがとう」

「いただきます」

「仕方がないので飲んでやるのじゃ」


 マットに置かれた茶器は全く微動だにしない。


 なにを当たり前なことをと思うかもしれぬが、なんとここは地面から50メートルほどの上空(・・)なのだ。


 流石は伝説に謳われた大魔術師マーリン!

 まさか空飛ぶ魔法の絨毯(?)なんてものを持っているとは!


 歩けば半日くらいかかると聞いた古城への道中も捗ること捗ること。


 いやぁNPCさまさまだね。

 まさに身も心も軽くなった気分だ。


 ……だけどいくらゲーム内とはいっても、この高さは怖い!

 なにせ掴まる部分がなんにもない!


 この恐怖感のせいで俺もヒナも押し黙るしかなかったのだ。


 お互いの手を命綱の如く握る。

 平気の平左なお気楽NPCとは違って、死への恐れは簡単に拭い去れるものではない。


 いいじゃねぇか。

 それが人間ってもんだろうよ。


 などと達観にも似た気持ちが湧いた時。



「の~じゃ~ふふふふ~ん……おっ、あれじゃあれじゃ。見えてきたのじゃー!」



 へんてこ妖精の声で我に返るのであった。




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