第86話 逃走劇
「うーん、芳しくないなぁ」
「ですねぇ。たくさん歩いたから足がもうパンパンですよ」
「え? それは『買い食いしすぎ』の間違いだろ? あと、パンパンになってるのはお前の胃袋な」
「な、なんてこというんですか! ただ、ちょっと露店の食べ物が美味しすぎるだけです!」
もはや『首都アランテル食べ歩きデート』と化した情報収集。
ヒナは食べるのに夢中だったが、俺は目的を一応忘れず、屋台の店主などから聞き込みもきちんとこなしていた。
正直いって、それほど有益な情報は得られなかったが。
とはいえ、俺も基本的にはゆるゆるまったりエンジョイ勢。
ヒナとイチャコラをしつつ、久々の二人きりを満喫したのである。
だがしかし、周囲からは仲の良すぎる姉妹か、マジモンのレズにしか見えていないらしく、プレイヤーやNPCまでもがあらぬ誤解をしているようだった。
いい加減、その反応も慣れてきたなー……
ヒナもなにを言われようが全然気にしてないみたいだしさ。
ただ、業腹なのは、俺が妹でヒナが姉に思われているところだ。
いや見た目はその通りだから仕方ないんだけど、なんかこう……モヤっとする!
しかし姉妹はともかく、マジレズって……
なんでみんな『そっち』に直結したがるのかねぇ?
……ん?
レズ……ガチレズ……
俺はとある人物の顔を思い出し、一瞬ナイスアイデアと考えそうになったが、すぐに色々と萎えた。
……あんな人に会ったらなにされるかわかんねーもん……
でもなぁ、顔だけは広そうなんだよな……
一応、ヒナにも意見を聞いてみるか。
「なぁ、ヒナ」
「ほへ? なんでふか?」
こいつまた何か食ってる!
いくらゲームの中とは言っても、食べれば満腹中枢が刺激されるんだぞ?
俺なんて既に腹一杯なんですけど!
幼女だから胃の容量も小さいのかな……
ヒナはきょとんとした表情で何かの串焼きらしきものを頬張っている。
クソッ。
アホっぽくて可愛いなこんちくしょう。
これで学年一の秀才ってんだからわけがわからねぇ。
「もぐもぐ……ごくん。もしかしてアキきゅんも食べたいんですか? なぁんだ、早く言ってくださいよ、もー。はい、あーん」
「いや、そういうわけじゃムゴッ!?」
俺の口へ無理矢理串焼きを突っ込むヒナ。
豪快すぎる彼女であった。
「むぐむぐ……悔しいが美味いな。甘辛い味付けはズルい」
「ですよねー! なんのお肉なのか知りませんけど」
笑顔で恐ろしいことをいうヒナ。
せめて素材くらいは買う前に調べて欲しいものだ。
虫型モンスターの肉などだったらヒナ自身が卒倒するだろうに。
「ところでアキきゅん、なにか言いかけませんでした?」
「ん? あぁ、それなんだが……ぶっちゃけ、お……わたしも気が進まないんだけど」
「はい?」
「たがねさんにも一応聞いてみるってのはどう思う?」
「……正気ですか?」
「ぶほっ! なんつー顔してんだよ。でも、予想通りの反応ありがとう!」
アレはよほど苦い思い出だったのか、美少女のヒナらしからぬブッサイクな表情をしていた。
俺が吹き出してしまったのも致し方あるまい。
『ガチレズ鍛冶師たがねさん』
もう、その名前だけでどんな人物か想像できてしまうほどに完成された呼称である。
前にも言ったが、アニメのタイトルとしてもバッチリだろ。
仮にそんなアニメがあったとしても俺は見ないけどな。
需要もあるのかわかんねぇし。
「うぅ~……」
どうにも難色を示しまくっているヒナ。
気持ちは痛いほどよくわかる。
ま、嫌がってるもんを無理にってのは俺の性に合わん。
「オッケー! やめよう!」
「……え? えぇ!? そんなあっさり!?」
「はっきりいって、わたしもたがねさんとはあんまりお目にかかりたくない!」
「んん~? 今誰かアタシを呼んだ~? とっても可愛らしい女の子の声が聞こえた気がするんだけど~? カワイ子ちゃんどこ~?」
人混みの彼方から絶対に聞こえてほしくない人物の声がしたのだ。
ビクゥッ!
俺とヒナは咄嗟に両手で口を押え、その場にしゃがみ込んだ。
反応から退避行動までにかかった時間は、わずかゼロコンマ1秒未満だったであろう。
少なくとも【OSO】内最速記録なのは間違いあるまい。
生存本能とは凄まじいものである。
ってか、たがねさんの地獄耳も恐ろしいんですけど。
どんな精度の耳してんだよ。
デビルイヤーか?
俺たちはしゃがんだまま、声の聞こえた方向から離れるべくそそくさと移動する。
彼女に捕まったが最期、愛でられ地獄を死ぬまで味わうことになるのだっ。
きゃー恐ろしい!
愛でられてんのに死ぬってあたりが、たがねさんを端的に表しているようないないようなどうでもいい感じ。
【ミッション発生! ガチレズ鍛冶師から逃げ切れ!】
そんなミッションはない!
勝手に発生させんな!
やばい。
恐怖すぎて頭が混乱している。
一刻も早くこの場を脱しなければ。
見ろ。
ヒナなど自分で鼻と口を押さえているもんだから呼吸が出来ず窒息しそうになってる!
アホの子か!?
俺はヒナの手を顔から剥がして握りしめ、そのまま手を引いて走った。
逃げる方角も瞬時に脳内でシミュレートする。
たがねさんの声が聞こえた方向と彼女が根城としている武器屋方面を避けて思考を巡らせる。
中央噴水広場の南から声が聞こえ、武器屋は北側にあった。
俺たちの位置的に西方面は噴水塔が邪魔をして突っ切れない。
つまり、逃げるなら東だ!
「はぁはぁ……ここまで来れば大丈夫だろ。東門のあたりは人もあんまりいないしな」
「ひぃひぃ……脇腹……食べてすぐ走ったから脇腹がぁ……」
「どう見たって食いすぎだろ? お前、細身なのに胃袋どんだけでかいんだっつーの」
「うぅ……アキきゅんが言葉の暴力を……DV夫を持った気分です……」
「失礼だよ!? む、いや確かに、お……わたしもいいすぎたかな。ヒナが美味しそうに食べてる姿を見るのは可愛くて好きだし」
「(キューン!)私もアキきゅんがほっぺたをソースでベタベタにしながら一生懸命頬張ってる姿が本当に小さな子みたいで大好きですっ! そしてそのほっぺを拭ってあげる瞬間がたまらなく好きです!」
「褒めてないだろ!? あのな、幼女ってのは口も小さいから大人サイズの食べ物は入りきらないんだよ……ん?」
東門の外から俺の名を呼ばわれた気がした。
振り返ると、遥か遠くの街道に人影がひとつ。
……いや、ふたつ?
なんだあれ?
肩車でもしてんのか?
おーおー、元気に手を振ってらぁ。
…………ちょっ、おいおい、あいつらって……!




