第85話 ゆるゆる彷徨
首都アランテルの大通りをてくてくと歩く俺とヒナ。
現実では8月も終わろうとしているのに未だ猛暑続きだが、【OSO】内は丁度いい気温で気持ちの良い青空が広がっていた。
ちなみにキンさんは仕事、ツナの缶詰さんも所用で不在だ。
「アキきゅん。昨日の件、保留にしちゃってよかったんです? ハカセさん号泣してましたよ」
「ん? んー、完全に断ったわけじゃないし……そりゃまぁ、多少は胸が痛むけど……」
「ぺったんこなのにですか?」
「ほっといて!?」
昨夜、港町イーストエンドのバーで起こった一幕が脳裏に浮かぶ。
解析考察専門団『アカデミー』団長のハカセから【邪神アポピス】討伐の打診を受けた俺は、最終的に『少し考えさせてほしい』旨を伝えたのだ。
途端に彼は……いや彼女? まぁどっちでもいいや。
その途端にハカセ……さんはキンさんの胸にすがりついて最初はメソメソと、そして次第にワンワン泣き出したのだ。
いやぁ、悪いけど笑わせてもらったね。
突き飛ばすわけにも行かず、ハカセ……さん……あーもうめんどくさい!
あんな変態は呼び捨てで充分だ!
そのハカセの背中をポンポン叩いて慰めるキンさんのとても複雑で嫌そうな顔は最高の見ものだったぞ。
そもそもハカセは男(?)なんだからそんなことでいちいち泣くなって話なんだけどさ。
ってなことをボソッと呟いたら、ヒナとツナ姉さんから思い切りツッコミが入ったんだよな。
『ダメですよアキきゅんそんなことをいっちゃ。ハカセさんはあれでもきっと心は乙女なんですから!』
『アキさん、ハカセさんの魂は生まれつき女性なのだそうです。男性扱いをしては可哀想だと思います』
そういわれて、確かになるほどと思った。
言わばハカセと俺は表裏一体なのだ。
心は女だが身体は男のハカセ。
身体は幼女だが心は男の俺。
状態は真逆だが、置かれた立場はそっくりな二人。
せめてこの【OSO】がアバターの性別さえ自由であったなら……
俺もハカセも幸せにプレイできただろうに……
そんな風に考えれば、俺の有るんだか無いんだかわからんぺたんこな胸も多少は痛むのであった。
ごめん。
それほどでもなかったわ。
だってあの人、根っからの変態なんだもん。
泣きながらキンさんの全身をまさぐってたし。
しかし、男同士でもハラスメント警告って出るんだな……
まさぐられまくったキンさんの顔が青ざめた途端、ハカセは耳を押さえてもんどりうったもんな。
ヘルプによると、凄まじい大音量の警告音が脳内で暴れるらしいぞ。
俺たちには全く聞こえなかったけど、ハカセは金切り声を上げながらブリッジの体勢でまたしても腰を振ってた。
それも残像が見えるほどの超高速。
そんなド変態に同情の余地はなかろう?
むしろキンさんのほうが余程哀れだ。
「うーん。それにしても、イーストエンドでは全然情報が集まりませんでしたね」
「だな。俺……じゃなくてわたしも驚いた。ありゃきっとフラグ不足か条件そのものが違ってるんだろ」
「でしょうねぇ」
これは勿論、青猫ニャルの故郷、天猫津国の話である。
俺たちは港町イーストエンドで、猫の国へ船を出してくれる者を探し続けた。
だがいくらNPCに聞き込みをしても、それらしい話は一切出てこなかったのだ。
国の場所はイーストエンドの遥か沖で合っているとしても、行きかたが航路ではないという証拠であろう。
その辺りをニャルにも直接聞いてみたのだが、当の本人も全く要領を得ない。
だからこそ俺はフラグ不足なのではないかと考えたのである。
そして、これ以上はイーストエンドをうろついても無駄と判断し、キンさんの魔法『転移門』で首都アランテルへ全員が帰還したのであった。
理由は当然、人の集まる首都のほうが情報収集には向いているからだ。
とはいえ、俺たちが求めているのはユニーククエストの情報。
おいそれと見つかるものではないと覚悟もしている。
仮に知っている者がいたとしても、それを簡単に開示してくれるなら誰も苦労はしないのだ。
ま、一応なんの当てもないわけじゃないし、ちと楽観的だがいずれ猫の国はなんとかなるとして。
問題はハカセがいってた言葉のほうだよな。
新大陸を席巻している【邪神アポピス】のみならず、この旧大陸にも邪神がいて、それを復活させようとする輩がいるとかいないとか?
……なんでこう破滅願望に満ちたヤツってのはどこにでもいるんだろうねぇ?
そいつらが死ぬのは勝手だが、他人を巻き込むんじゃないよ……
そもそも、この【OSO】における大目的が『世界を黄昏から救うこと』だった気がする。
オープニングをスキップしちゃったけど、確かそんな感じだった。
つまり運営としては、救う方向にプレイヤーを動かしたいわけだ。
ゲーム脳でこれを変換すれば、『救ったほうがいいことありますよ』というメッセージだと思う。
だったら救ってやろうじゃないの。
となるのが一般的だろうに。
俺がハカセに考える時間をくれといったのは、この大陸にもいるという邪神を確認したいためでもある。
そして復活させようとするアホがいるのなら阻止も辞さないつもりだ。
ハカセは誤解して泣いていたが、最終的には新大陸の邪神討伐も協力しようと思っている。
だが、アカデミーとユニバーシティの面々がプレイヤーたちにいくら呼びかけたとしても、その人員集めにはかなりの時間がかかりそうだった。
なぜならば、高レベル帯のプレイヤーは限られた人数しかいないからだ。
その高レベルプレイヤーが全員集まったとして、それだけで攻略できるのだろうか?
もし足りないのであれば、低レベルのプレイヤーを育て上げなくてはなるまい。
ま、とりあえず探すことにはしたけど、どこに邪神がいるのかわかんねー。
それでも昼間のうちに出来るだけ情報を集めようと、ヒナとデートがてらに二人で首都をゆるーく彷徨うのであった。




