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第84話 変態博士は頼み込む



「ねェ~ン! お願いよォ! 新大陸は未知が一杯でとっても楽しいところなのよォ~! だから一緒に開拓しましょォ~!?」


 変態ハカセがズリズリと額を床にこすらせながら懇願している。

 絶賛土下座を敢行中であった。


 ただ、同時に腰をヘコヘコと振っているのは一体なんのつもりだろうか。

 根っからの変態としか言いようのない不気味な動きである。


 ギョッとした顔でこちらの様子を眺めるのは、酒を飲んでいた客のNPCやプレイヤーたち。

 訝しむようにヒソヒソと耳打ちし合う者までいた。


 違う!

 俺がやらせてるわけじゃない!

 この人がとんでもなく変態なだけ!


「ちょっ、ちょっとやめてよ! えーと、ハカセさんだっけ? 恥ずかしいから頭を上げて欲しいんだけど」

「そうはいかないわァ! あなたたちが承諾するまでやめないわよォ!」


 はぁ、と溜息をついてパーティーメンバーの面々を見回す。

 キンさんは明らかに変態ハカセを視界に入れないよう、サングラスの奥の瞳を細めて天を仰いでいるし、ヒナは真っ赤な顔で未だ腰を振るハカセを指の隙間から覗いている。

 ツナの缶詰さんに至っては鎧兜で表情すら窺い知れない。

 むしろ俺を舐め回すように見つめている気さえする。


 な、なんて自由なメンバーなんだ……

 まさに愉快な仲間たち……

 こいつら、交渉どころかハカセの話を聞く気もないな?

 キンさんもツナ姉さんも年上なんだから、俺に丸投げすんなよ……


「あのね、ハカセさん。わたしはあんまり最前線の攻略に食指が動かないっていうか……」

「食指? あたしの食指はあなたたちにバッチリ動きまくってるわよォ! ほら見て、腰も快調そのもの!」


 そうじゃねぇよ。

 こいつも人の話を聞かないタイプか?


 ってか、それ腰を痛めない?

 なんのことかよくわからんが、うちの爺ちゃんも『腰は男の命だぞ!』なんていってたよ。

 武術には体幹が大事ってことなのかねぇ?


「違うの。ぶっちゃけるとね……」

「ぶっかけちゃうのォ!? あたしは大・歓・迎よン!」

「……」

「ああっ! 待って待ってェ! ごめんなさい! 謝るから無言で店を出ていこうとしないでェ! つい出来心なのよォ!」


 なんなんだこの変態オカマは!

 お望み通り酒か水でもぶっかけてやれば目が覚めるかな?

 かなり頭が沸騰してるみたいだし。


 本当にこんなのが『アカデミー』の団長なのか?

 ツナ姉さんは超頭脳派集団なんていってたけど、全く知性を感じられないぞ。

 どう贔屓目に見てもマジキチじゃねぇか。

 いや、天才となんちゃらは紙一重っていうからな……


 こんなのでも一応は年上。

 俺は『彼』だか『彼女』だかに辛抱して説明した。

 キモいが我慢我慢。


「これはわたし個人の意見なんだけど、最前線を駆け抜けるよりも、じっくりと探索するほうが楽しいと思うの。この大陸にだってまだまだ未踏破だったり、謎の場所もあるでしょ?」


 俺の言葉にうんうんと頷く面々。


 みんなホントにそう思ってる?

 付和雷同すぎません?


 見ればハカセさんまでもが『確かにそうねェ……』などと呟いていた。

 あんた、俺たちを説得に来たんじゃないの?


 だが実際、俺たちが発生させた【戦乙女の神殿】クエストのように、未知のイベントがまだまだこの大陸には眠っていると思う。

 それらを放置してさっさと新大陸へ渡ってしまうのも少し寂しい気がした。


 開発者がせっかく用意してくれたシナリオを全部しゃぶり尽くしてこそ真のゲーマーじゃないか!


「私もアキきゅんと同意見です。これまでは二人でそうしてきました。これからもそうしていくつもりです。ですよねっ?」

「うん、勿論」


 ヒナに後ろから抱き着かれ頬ずりされる。

 その通りだ。

 俺たちはいつだってそんな風にゲームを楽しんできたんだ。


「そうだねぇ。僕もどちらかといえばガツガツとプレイするほうじゃないからね。じっくり進めるほうが性に合ってる」


 キンさんも自分の顎をさすりながら同意を述べる。

 そんなキンさんをおかしな目付きで見ているハカセさん。

 なにか含みでもあるのだろうか。


 あ、いや、違うな。

 あの目は『異性』を見る時の目付きだ。

 うははは。

 キンさんご愁傷様。


「アキさんの思うがままに。私はそれに従うのみです」


 本心か、それとも騎士のロールプレイ故に出た言葉なのかはわからない。

 しかし俺には非常にありがたいことをいってくれるツナの缶詰さんであった。


 そしてヒナに負けじと俺の頭をごついガントレットで撫でる。


 いでででで。

 でもありがとうツナ姉さ……いでででで。

 頭皮が剥がれる!


「そう。あなたたちの意思はしっかりと賜ったわァ。じゃあ次はこっちの意思を伝えないとねェ」


 急に真面目な顔となるハカセさん。

 椅子へ座り直し、長い足を組む。

 理知的な切れ長の瞳がモノクルと共にキラリと光った。


 おお。

 なんだこの人。

 真面目モードの時はイケメンになるのか。

 オカマやめたほうがモテるんじゃね?


 彼は琥珀色の液体が入ったグラスをクイと傾け、一気に煽る。

 丸い氷がカランと澄んだ音を立てた。


「新大陸には今、混乱の嵐が巻き起こっているのォ。あなたたち、【邪神アポピス】が復活した話はきいているかしらァ?」

「うん。噂程度だけど」

「そう、なら話が早いわァ。そいつのせいで『ハンティングオブグローリー』、『OSO University』、『翰林院アカデミー』連合による攻略組は完全撤退を余儀なくされたわけよォ。ま、そんなモンを復活させちゃったあたしたちに責任があるんだけどねェ」


 邪神が復活してしまったのは幻魔が封印を破壊したからだと俺は聞いていた。

 なのにハカセさんは『あたしたち』という。

 他人に責任の全てを背負わせず、自らも非の一端であると認めるあたり、この人は真摯にゲームと向き合っているのかもしれない。


「しかもハングロが実質的に瓦解しちゃったでしょォ? 一応、セイラさんが新団長に就任したんだけど、多数のメンバーが退団しちゃったみたいなのよォ。そんなこともあってアポピスの強力な軍勢に対応しきれなくなっちゃってェ。一気に戦線が押し返されちゃったわけよォ」


 そこで店員が運んできた酒をクピッと一息で飲み干すハカセさん。

 そして再注文し、更に言葉を紡いだ。


「一度は撤退しちゃったあたしたちも、このまま手をこまねくわけにいかないわァ。だから一計を案じたのよねェ」


 度数の高い酒なのか少し目が据わってきたハカセさんは、ビシッと俺たちを指差した。


「それは、現状で最高のプレイヤーたちを集結させること。そして【邪神アポピス】の軍勢を撃退……いいえ、出来ればアポピスそのものを倒したいのよねェ。そこで最初に声をかけたのがあなたたち、ってわけよォ」

「そこまではいいけど、なんでわたしたちなの?」

「あらァ、随分な愚問ねェ。まさか気付いてないのかしらァ? 簡単なことよォ。あなたたちが今の【OSO】における実質的なトッププレイヤーだからなのよねェ。そ・れ・に、いい男もいるしィ?」


 キンさんに情熱的な流し目をくれながら、またもや運ばれてきた酒を飲み干すハカセさん。

 ブルブルと恐怖で身を震わせたのはキンさん。


 おめでとうキンさん。

 いい恋人パートナーができたね!


「特にアキちゃん。あなたは最強を誇っていた廃人団団長の幻魔さんをいとも容易く倒したっていうじゃないのさァ! それを聞いた時、本当に驚いたけど、同時に希望も見えたのよねェ」


 ……すみません。

 それ、全部成り行きなんです。

 そもそも俺の存在がバグってるようなもんなんです。


 こないだゲームマスターの『噛み噛みちゃん』ことリノさんと出会った時もバグ報告を忘れたし……

 ってかね、GMなら俺の姿を見た瞬間に驚くはずなんだよね。

 だって未実装の【姫騎士】スタイルに金髪碧眼の幼女アバターなんだぜ?

 どう見たって異常の塊じゃねぇか。

 それなのに彼女はなにもいわなかった。

 おかしいだろ?

 これはもしかしたらなんらかの作為があって……



「だから、せめて考えてみて欲しいのよォ。あたしたちも手分けしてプレイヤーを募ってるからその間ねェ。ちなみに、邪神復活の影響は新大陸だけじゃなく、この旧大陸にまで及びつつある、とだけいっておくわァ。びっくりしたわよォ、こっちにも邪神が封じられているなんてねェ」



 えぇ!?

 今それをいうのズルくない!?




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