第82話 ゲームマスターの介入
「あれがゲームマスターか……」
「いるのは知ってたけど初めて見るぜ……」
「あの衣装すごくない? 凝ってるー!」
「GM専用装備なんじゃね?」
「眼鏡っ子……ハァハァ」
「よく噛む人だわ」
「へー、意外と若いんだな」
「結構可愛い子じゃん」
「記念にスクショ撮ってもいいですかー!?」
忽然と現れたゲームマスターに、ざわめくプレイヤーたち。
正直言って、俺も呆気に取られていた。
そりゃそうだ。
ゲームマスターってのは運営側の人物だぞ。
おいそれとゲーム内に顔を出すことは普通できまい。
まぁ、ゲームよってはイベント開催時とか、積極的に参加してくるゲームマスターもいたりするけどさ。
でも扱い的には『創造主』とか『神さま』と同義なんだから、基本はプレイヤーを見守るべきだろう。
そんな神さまがわざわざ来訪したんだから、やっぱ驚くよな。
「はいはーい! しゅく……スクショは撮ってもいいですけど、掲示板等にアップするのはダメですからねー!」
ゲームマスター噛み噛みちゃん、いや『リノ』さんはパンパンと手を叩きながらプレイヤーに警告した。
肖像権に厳しい【OSO】では当然の措置である。
とか言っておきながら、ノリノリでポーズを決めるあたりがなかなか面白い人だな。
ギャグ要員で運営に入ったのか?
どうでもいいけど、夜だからフラッシュが目に痛い。
バシャバシャ焚きすぎだろ。
いや、こんなアホみたいなことに付き合ってる場合じゃない。
俺はほったらかしにされている幻魔へ近付いた。
ヒナやキンさんと違って、こいつを助けようとする者すらいないのは哀れだが、これも自業自得というものか。
幻魔は全身が斬り刻まれ、11本の光刃に穿たれた穴もそのままに死体と化し横たわっていた。
無残な状態ではあるが不思議と憐憫の情は湧かない。
コイツがヒナを傷つけたという怒りがそうさせているのかもしれない。
「おい……じゃなくて。ねぇ、あんたもこれで目が覚めたでしょ?」
「……」
声をかけても無言で夜空を睨みつけたままの幻魔。
眉間に刻まれた深い皺が、まだ納得していないことを物語っている。
はぁ……
こんだけやられたってのに懲りねぇ野郎だ。
どうしたもんかねぇ。
コイツ、絶対諦めそうにねぇしなぁ。
嫉妬に狂ったヤツってのはなにを言っても聞いてくれないんだよ。
ヒナに告って玉砕した連中もまだ諦めてないみたいで、ネチネチとすっげぇ絡まれたし。
新学期が今から憂鬱だぞ。
幻魔の場合はもっとタチが悪い。
ツナ姉さんが自分を愛していると思い込んでしまっているからだ。
「なぁ、幻魔さんよ。諦める気は」
「無い」
即答な上に断言かよ。
もうダメだコイツ。
「はーい! 私が介入した以上、勝手に話を進めないでくださーい!」
俺と幻魔の間に割って入るゲームマスター『リノ』さん。
いや、あんたノリノリで撮影会してただろ。
「ぴゅ……プレイヤー『アキ』さんとプレイヤー『幻魔』さん。あなたたちのことは、じゅ、ずっと運営でもモニタリングしていましたよ」
「……えぇ……?」
見てたんならこうなる前に止めてくれればよかったのに……
てか、どんだけ噛むんだこの人。
「今回の件ですが、咎は明らかに幻魔さんのほうにあります」
リノさんの言葉に大きく同意する野次馬たち。
「アキさんはそれに仕方なく対処しただけですので、ぴゅ、プレイヤーキラーについては不問といたします。それに伴ってPKによるペナルティも免除となります」
周りからウオオオオと歓声が上がる。
免除か。
やれやれ、助かったぜ。
重量制限が超過したまま戦うのはきっついからな。
ペナルティ中はステータスも減るしさ。
「幻魔さんのほうは、運営による、ちゅ、聴取、及び査問が行われ────」
「待ってください!」
リノさんの言葉を遮り、息を切らせながら現れたのはツナの缶詰さんだった。
どうやら騒ぎを聞きつけ、慌てて走ってきたのだろう。
「……今回のことは私も無関係ではありません。リノさん、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? 彼とお話をさせてください」
「…………いいでしょう。はーい! じゃあ、ぴゅ、プレイヤーのみなさんは離れましょうー!」
気を利かせたつもりなのか、リノさんは不平を漏らす野次馬を追い立てるように市街地のほうへ去っていった。
その中には心配そうなヒナとキンさんの姿も……無い!?
二人の姿を探すと、ちゃっかり大きな木箱の陰に隠れているのを見つけた。
このデバガメさんたちなにやってんの!?
興味津々な顔しやがって!
つまり残されたのはツナの缶詰さんと幻魔、そして俺とヒナにキンさん。
一応俺も離れるべきかと考えたが、ツナ姉さんが無言で俺の手を掴んで引き留めたのだ。
つまり、ここにいて欲しいということだろう。
だが俺は、ツナの缶詰さんは最後まで出てくるべきではなかったのではないかと思った。
なにを話したところで幻魔はどうせ聞き入れまい。
この会話も徒労に終わる可能性が高いのだ。
「幻魔さん……」
「……おぉ! 愛するツナよ! ようやく会えた! 我が元へ帰って来てくれるのだな!?」
幻魔は死体ゆえにその場から動けぬが、声だけでも歓喜しているのが伝わってきた。
しかし、彼の前に膝をついたツナの缶詰さんは、ほんの少し逡巡したあと、きっぱりとこう告げた。
「いいえ。あなたとはもう決別したはずです」
「あれは愛情の裏返し故の行動だったのだろう!? オレにはわかっている!」
ほらね。
自分に都合よく解釈するのがストーカーなんだよ。
だが、ツナの缶詰さんはきっぱりと言い切った。
強い意思で。
「お断りしておきますが、私はあなたに何の感情も持ち合わせておりません。勿論、好意も」
「ッ!? バカな!? 嘘だ!」
「嘘でも偽りでもありません。私はあなたに興味などないのです」
「!!??」
はっきりとした否定の言葉に、幻魔どころか俺やヒナ、キンさんまでもが息を飲んだ。
あの優しいツナの缶詰さんとはとても思えなかった。
それでもこれは対処として間違ってはいないと感じる。
きっと、ツナの缶詰さんもケジメをつけるためにこんな言い方をしているのだろう。
「オレがどれだけお前に目をかけて────」
「ええ。私を強くしてくださったことには感謝しています。ですが、それと愛情にはなんら関係性がありません」
「ぐっ……!」
冷静に事実のみを語るツナの缶詰さん。
これにはぐうの音も出ない幻魔。
なるほど。
愛する人から直接否定されれば結構効くんだな。
……そりゃそうか。
俺もヒナにこんなこといわれたら泣くよ?
どうやらヒナも同じことを考えていたのか、ジッと俺を見ていた。
絶対いわないから安心しろって!
だからヒナもいわないでね!
「オレがこんなにも愛していると言うのにか……ッ!」
「……あなたはいつも『オレが、オレが』と、結局は自分のことしか考えていないのです。本当に哀れで惨めな男ですね。騎士としても女性としても嫌悪せざるを得ません。そんな矮小極まる人物に、私が好意を寄せるなどと本当にお思いなのですか? 勘違いも甚だしいです」
「ぐふぅぅぅ!!」
絞り出すように心情を吐露する幻魔へ、辛辣な言葉を叩き返すツナの缶詰さん。
思い当たる節が山ほどあるらしく、ブワワッと涙を流す幻魔。
やった!
こりゃあクリティカルヒットだろ!
ヒナもキンさんもサムズアップで答えてるし!
俺も思わず親指を立てちゃったよ。
「ん。これで決着はついたみたいね」
「!?」
いつの間にか俺の背後に立っていたリノさんが、ポンと俺の肩に手を置いて言った。
話が終わったと見たのか、野次馬たちも港へ戻りつつある。
おいおい、このGMどこにでも自在に顕現できるのかよ。
さすがはゲームマスター。
便利すぎるな。
「……ま、彼はどうせ聴取後に永久BANされると思うわ」
リノさんはなんでもないように、とんでもないことをいった。
BAN。
それはアカウントの停止を意味する。
つまり、この【OSO】へのログインが不可能になるわけだ。
運営側の措置としては最も重い処罰だった。
それも永久BANとなれば、二度とプレイすることは叶わない。
今までの経験値も、手に入れたアイテムも、全てが無に帰す。
ゲームプレイヤーにとってこれほど恐ろしいものはないだろう。
「……そ、そうですか」
「あちこちで色々とやらかしちゃってるからねー。人間性にも、みょ、問題があるみたいだし(他にも理由はあるんだけどね。おっと、いけないいけない。これは『彼』には話せないわね。私が『あの子』に叱られちゃう)」
リノさんは、そう言い残してつかつかと幻魔へ近付いた。
「では幻魔さん。あなたは私と一緒に隔離部屋へ移動します」
ツナの缶詰さんに言葉で滅多打ちにされた幻魔は力なくうなだれたままだった。
その首根っこをおもむろに掴むリノさん。
「みにゃしゃま……皆さま! お騒がせいたしました! この件につきましては、追ってウィンドウ内の『運営からのお知らせ』にて、きしゃい……記載いたします! それでは引き続き【OSO】をお楽しみくださいませ!」
最後まで噛んだリノさんは一礼すると、幻魔と共にいずこかへ消えて行った。
「聞いたか?」
「ああ……」
「BANだってよ……」
「まぁ、当然よね」
「これでハングロも終わりだな」
「今日は祭りの予感!」
「掲示板がすげぇことになるぞ!」
「だーっはっはっは!」
「ざまぁ!」
「お疲れ様、ツナ姉さん。辛い役目を押し付けちゃってごめんね」
「ツナお姉さん、立派でした」
「よくやったよ、ツナさん」
「……アキさん……ヒナさん……キンさん……」
差し伸べられた俺たちの手をギュッと握るツナの缶詰さん。
騒ぎまくる野次馬たちとは裏腹に、当時者たる俺たちは静かにツナの缶詰さんの健闘を讃えるのであった。
と、思いきや。
「よう! かっこよかったぜ幼女ちゃん!」
「スカッとしたぞ!」
「オレもあいつを一発殴っときゃよかった!」
「とんでもねぇ技を持ってるな!」
「おい! 胴上げだ!」
「幼女ちゃんを胴上げしようぜ!」
「えっ!? えっ!? えぇぇえ!?」
「ソイヤッ!」
「ソイヤアアア!」
「ソイッソイッ!」
「ソイヤッソイヤッ!!」
「いーーーーーやーーーーー!!」
こうして熱き漢たちの手により、何度も何度も宙を舞う俺なのであった。
ここまでで第四部終了です!
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