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第8話 カフェで出会った侍祭さん


 始まりの街ファトスの中央に位置する冒険者ギルド。


 ご丁寧なことに、でっかい看板には日本語で『冒険者ギルド ファトス支部』と、これまたでっかく書かれていた。


 あのさぁ……

 世界観仕事して!

 街並みは中世ヨーロッパ風でしょうが!

 これじゃブチ壊しだよ!


 まぁ一発でわかるから見やすくていいんだけどな。

 日本人は日本語だけ読めりゃいいって意見には諸手を上げて賛成。


 一応弁明しておくけど、決して英語の勉強が嫌いだから言ってるわけじゃないんだからねっ。

 勘違いしないでよねっ。

 うむ、我ながらキモいな。


「アキきゅん? なんだか気持ち悪い顔してますけど、もしや漢字が読めなかったんですか? あれはですね、『ぼうけんしゃぎるどふぁとすしぶ』って書いてあるんですよー、ひとつ賢くなりまちたねー」

「読めるわ!」


 斟酌のないヒナに打ちのめされる。

 なんと精神攻撃に長けたヤツだ。

 ヒナは俺にダメージを与えるために生まれてきたのかもしれん。


「ほら行きますよー、すねないでくださいー」


 ぐったりした俺を引きずるヒナ。

 これではどちらが年上かわかったものではない。


「うわー、結構人がいますね」

「これみんなプレイヤーかよ」


 入り口をくぐれはそこはプレイヤーのざわめきに満ちた大ホール。

 ギルド内部にもご丁寧に日本語の案内板があちこちにぶら下がっている。

 正面には極太文字で『受付』と記されていた。

 そこはカウンターで、NPCと思われる受付嬢が俺たちへ向かってにこやかに微笑む。


 受付嬢のたわわとした二つの果実が目に入り、俺もついニヤけてしまう。

 その時、右側から立ち昇る陽炎のような怒気を感じた俺は、すかさず左へ顔をそむけた。


 おっかねぇーっ。

 なんでヒナが怒るんだよ。


 あー、そうか。

 ヒナにはあんな男の理性を破壊するほどの暴力的なものが『無い』からか。

 それは気付いてやれなくてすまなかったな。

 うんうん、残念。


 などとヒナが聞いたら激怒間違い無しな失礼極まる思考をしつつ、向いたついでに左手を見やると、どうやらホールの隣は酒場となっているようだった。

 プレイヤーやNPCがなにやら飲食中の様子からもそれがわかる。


 まぁ、ギルドに酒場はつきものだけどさ。

 俺ら未成年だし、入れねーじゃん。


「ん?」


 違う。

 あれは……酒場なんかじゃない!


「わー、左側はカフェになってるんですねー! アキきゅん、後でお茶しましょうよ! 喉も乾きましたし!」


 ヒナの言う通り、俺が酒場だと思ったものはどうやらお洒落なカフェテリアだったらしい。

 よく見れば店内はレースで飾られ、そこかしこに生け花や鉢植えが置いてあって、女性プレイヤーの目を楽しませていた。

 その白いレースの群れと色とりどりに咲き誇る花々が、こう言ってはなんだが少しばかり少女趣味に感じる。


「素敵ー! こんなお店、現実リアルでもなかなかないですよ!」


 目を輝かせ、俺の袖を引っ張りながらはしゃぐヒナ。

 彼女はこう見えて少女漫画愛好家なのを思い出した。


 可愛い物に目がないもんな。

 その割に、格ゲーのキャラはガチムチのごっついおっさんがお好みとか、全くもってわけのわからんヤツだ。


「おい、ヒナ。まずは転職NPCだろ? カフェに入ろうとすんなよ……こら、引っ張るなって……ちょっ……すごい力!」


 STRが1のくせにグイグイと俺を引っ張るヒナ。

 なぜだ、なぜ抗えない!


「やーです、やー、いやーーー! 入るのーーー!」

「アホか! この駄々っ子め! お前が先に転職したいっつったんだろうが!」

「せめてスクリーンショットだけでもーーー!」


「あー、きみたち」


 カフェの入口ですったもんだをしていた俺とヒナへ声をかけてくる者がいた。

 その人はテーブル席に着いたまま、シュルリとコーヒーカップを傾ける。

 男が単独で入るような店じゃないってのに、実に堂々としたもんだ。

 きっと鋼の精神を持っているのだろう。


「見たところ【OSO】初心者のようだけど、なにかお困りかな?」

「は、はぁ」

「えーと、侍祭じさいさん、ですか?」


 ヒナの言う通り、彼は聖職者特有の簡素な黄土色のローブを身に纏っていた。

 チュートリアル中の職業紹介で各職の基本衣装は概ね把握済みだ。

 ちなみに侍祭とは司祭のひとつ下のくらいである。


「そう! 僕は侍祭なんだ!」


 叫ぶ彼の顔にはギラリと光るサングラスが。

 なので目元はわからない。

 しかし全体の見た目は俺より少し年上、つまり成人した男性だと思う。


 へぇ、そこらへんで買えるアイテムなのかな?

 いいなー、俺もちょっと欲しいぞグラサン。


「見ての通り僕は転職済み、つまりきみたちよりもちょっとだけ先に進んでいるわけさ。NPCに聞かずとも僕が教えてあげよう。なんなら案内してもいいよ」


 栗毛の髪をした侍祭さんがそんな優しい言葉を投げかけてくる。

 彼も髪色の変更に成功したのだろうか。

 だとしたらなんとも羨ましい。


 取り敢えず、彼の提案は俺たちとしても渡りに船だ。


「ご親切にありがとうございます。是非ともお願いします。俺は『アキ』で、こっちは『ヒナ』です。えーとあなたは……」


 自己紹介しながら彼の名を確認しようと目を凝らす。

 しかし、彼の頭上に浮かんだプレイヤーネームが……


 『KINTK』であった。


 えぇ!?

 なんて読むのこれ!?

 キンタカ!?

 それともカイントク!?

 いや、なにかの頭文字を集めたのかも!

 ぶっちゃけキラキラネームより難読なんですけど!


「あのー、その名前、なんて読むんです?」


 おお、ヒナが先陣切って聞きにくい疑問を口にしたぞ。

 今日からお前が勇者だ!


「はっはっは。僕のことは好きなように呼んでくれたまえ」


 そう快活に笑う『KINTK』さん。

 悪い人ではなさそうだが、ある意味謎に満ちていた。

 自分の名前なのに雑すぎませんかね?

 とはいえ、呼び名がないと不便だからな……そうだな、取り敢えずは……よし、これでいこう。


「じゃあ強引な読みかたで申し訳ありませんが、『キン』さん、でどうでしょう」

「ああ、構わないよアキくん。それと敬語は別にいらない。同じ【OSO】のプレイヤー同士なんだから気楽にいこう」

「は、はぁ、わかりまし……わかった」

「私は年上の男の人にため口を利くのはちょっと……」


 俺はキンさんの提案を受け入れたが、ヒナにはやはり抵抗があるらしい。

 一応、俺とて多少の抵抗はあるが、ここはゲーム内。

 ならば己を貫き通すのもまた、ロールプレイだと言えないだろうか?

 うん、言えないか。

 まぁ、ヒナに無理強いはできないよな。



 だけど俺もしくじったなぁ。

 キンさんみたいに敢えて変わった名前を付ければ良かったよ。

 英数字に思い至らなかったのも間抜けだよな。

 『AKI』とかにしておけばもっとグローバルな感じがして今よりも多少マシな気分でプレイできたのに……

 それをなんで俺はバカ正直に『アキ』なんて……

 コンプレックスだって言っときながら、この発想力のなさだもんな……

 我ながらアホだ。

 いや、これはラビのせいだ!

 あの兎が急かさなければ!


 などといった俺の葛藤と責任転嫁は誰にも伝わることなく華麗にスルーされていく。

 キンさんは勿論のこと、ヒナに至っては狂ったようにカフェのスクリーンショットをあらゆる角度から撮りまくっていた。

 しかも連写で。



「さて、転職NPCだったね。こっちだよ」


 クイッとコーヒーを飲み干してから席を立つキンさん。

 そのままホールへ向かい、受付へ……と思いきや、彼は出口へ進んだ。


「あれ? ギルド内にいるんじゃないの?」

「うむ。NPCは各職業に関連した施設に配置されてるんだ。聖職者なら教会って風にね」

「おお、なるほど」

「へぇー、キンさん詳しいんですね」


 ヒナに感心され、少し照れるキンさん。

 彼も美少女には弱いようだ。

 まぁ、俺はもう見慣れちゃったけど。


「アキくんは何に転職するんだい?」

「あ、俺は一応剣士の予定です」

「ほう、それはいいね。ヒナさんは?」

「えーと、魔術師希望です」

「おお、これまたいい選択だね。うむうむ、剣士、魔術師、侍祭、実にバランスのとれたパーティーになりそうだ」


 んん?

 今なんて?


 ヒナもキンさんの言葉に含みを感じたのか、チラチラと俺の顔を見ている。

 俺が聞くのか?

 えー、シャイボーイなんだけどなぁ俺。


「あの、キンさん……?」

「アキくん!」

「は、はい?」

「案内したお礼に、と言うわけではないんだが、僕もきみたちのパーティーに入れてくれないかね?」

「ま、まぁ、キンさんは俺たちより長く【OSO】をプレイしてるみたいだし構わないけど……なぁ? ヒナ」

「はい。私はアキきゅんがいいって言うなら大丈夫です」

「……きみはこんな美少女から厚い信頼を受けているんだね。アキきゅんが羨ましいや」

「アキきゅんって呼ぶな!」

「はっはっはっはっ、とにかくよろしく頼むよ! 二人とも!」


 大人だけあって包容力だけはありそうなキンさんだった。


「じゃあ、まずは剣士転職場から行こうか」

「おっけー。ところでキンさんはどんなステ? 俺は今んとこSTR-AGIみたいな感じなんだけど……」

「ッ!」


 俺の言葉であれだけ饒舌だったキンさんが硬直する。

 なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。


「……化なんだ」

「? なんて?」

「僕はLUK特化なんだ!」


 ドドンと言い切るキンさん。

 キラーンとグラサンと彼のおでこが陽光を跳ね返す。

 うおっ、まぶしっ。


「行こうぜヒナ。別のちゃんとしたステのプレイヤーを探そう」

「ですね」

「ああああああ! 待ってくれ! 待ってくれよ! LUK特化だけどLUK極振りじゃないんだあああ! ネタキャラじゃないから! ちゃんとモンスターを殴れる侍祭だからぁぁぁ!」



 ヒナの背中を押しながら、くるりと踵を返した俺へ必死にすがりつくキンさんだった。




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