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第78話 潮薫る港町



「では、私が宿の手配をしておきます。みなさんはせっかくですのでこの『イーストエンド』を存分に観光なさってください」

「あれ? ツナ姉さんはきたことがあるの?」

「はい。以前『辺境マップ作成』というクエストで訪れました」

「でも夜だし、一人じゃ寂しくない? わたしたちも宿まで一緒にいく?」

「(キュゥゥゥン! あっ、そんないけません! アキさんに小首をかしげる仕草をされたら私は……私はもう堪らなくなってしまいます!)いえ。ここは私にお任せを。この街は港が綺麗ですから是非どうぞ」

「そう? じゃあお願いします」

「(いけません、それ以上はいけません。ちっちゃな女の子がペコンとお辞儀をするなど……ああっ! ヒナさんまでお辞儀を!? くふぅぅ!)了解いたしました。観光の後は冒険者ギルドへお立ち寄りください。私はそこで待機しておりますので」

「はーい! いってきまーす! またあとでねー!」

「くふぅっ!」


 ガクリと膝をつき、肩で息をしながら胸を押さえるツナの缶詰さんへ元気よく手を振り、俺たちは潮の香りがするほうへ歩き出した。


 ここは東の最果て、港町『イーストエンド』。


 『果て』という割にはかなり大きな街で、こんな夜中にも関わらず活気もそこそこある。

 驚いたのは、こんな僻地にまで結構な数のプレイヤーがいるという事実だろう。


 どうやら彼らの狙いは海棲モンスターのドロップアイテムらしい。

 中にはそんなプレイヤーやNPCを相手に売買をする商魂たくましい商人までいた。


 ま、確かにここなら首都アランテルでは手に入らないような珍しいアイテムもたくさんありそうだよなぁ。

 うんうん。

 こういったプレイヤーがいるからこそ流通も上手いこと回るんだろうよ。


 でもな前にやってたMMORPGなんて、ダンジョンの中でまで露店を出してる猛者とかもいたぞ。

 やりすぎだろ。

 微妙に相場よりお高めの値段設定で誰が買うのか不思議に思ったもんだよ。

 しかも肉入りで余計ビビッたし。


 あ、肉入りってのはプレイヤーがちゃんとモニターの前にいて受け答えや操作をしてるってことね。

 普通は長時間露店をするなら放置プレイするよな。

 その間に出掛けたり、学校に行ったり、仕事をしてたりね。


 それなのにその人はずっとダンジョンの中で、来るかどうかもわからないプレイヤーを待ってたわけだ。

 そんでいつ行ってもいるんだぜ?

 根性があるっていうか……どんだけ暇なんだ……


 なんてことを考えながらトコトコと大股で歩く。

 こうしないとヒナやキンさんの歩幅に負けるのだ。

 そして俺はゲームに関しちゃ負けず嫌いでな。


 いやね。

 本当の理由は、ゆっくり歩くとすぐにヒナが抱っこしようとするからなんだよね。

 気を使ってくれてるのはわかるし嬉しいんだけど、中身の男としては結構な屈辱なんですよ。



「おっ、アキくん、ヒナさん、港が見えてきたよ」

「うわー! すげー!」

「はぁー! 大きいですねぇー!」


 キンさんが指差す先、リアルで見るよりも大きな月に照らされたのは美しいフォルムの船影。


 巨大な純白の帆に一杯の風を受け、桟橋を離れた一隻の帆船が今まさに出航していく姿であった。

 月へ導かれるかのように遠ざかっていくそれは、なんとも雄大な眺めだ。


 いやぁ、いくつになっても海ってのは男のロマンを掻き立てるよなぁ。

 船乗りとかちょっと憧れるもん。

 ……俺は船酔いするタイプだから無理だけど……


 しかし、こんな時間に出航するってのもなんかすごいな。

 定期便でもあるのかねぇ?


 おっと、アホなこと考えてる場合じゃなかった。


 俺は周りを見回し、港にプレイヤーがいないか確認をする。

 先程の帆船を見送った港湾職員らしきNPCが立ち去ってから青猫のニャルを呼び出した。


「お呼びですかニャル~」


 顕現したニャルは俺の肩に飛び乗って顔を摺り寄せてくる。

 俺がくすぐったそうに笑うと、ヒナとキンさんの表情もだらしなくとろけていった。


「……あれはずるいですよね。猫と戯れる幼女はそれだけで可愛いですもん」

「うむ。卑怯千万だね。さすがアキくんだ」


 キンさんは全然褒めてないよね!?

 ……栗毛サングラスめ……なかなか言いおるわ。

 まぁいい。


「ニャル、お前の故郷ってさ、もしかしなくともあっち?」


 俺は眼前に広がる大海原を指差した。

 違うといって欲しかった俺の願いも虚しく、ニャルは大きく頷いたのだ。


「はいですニャル!」

「……やっぱりかー……イーストエンドよりも、もっと先っつってたから嫌な予感はしてたんだよな」


 つまりそれは海を越えよ、ということなのだろう。

 さすがはユニークシナリオ、一筋縄じゃいかねぇぜ。


「えっ!? じゃあ、船に乗るってことですか!?」


 なぜか目を輝かせたのはヒナだった。

 まるで、少女漫画のようにヒナの瞳は星がちりばめられている。


「ヒナはお嬢なんだから船くらい乗ったことあるだろ?」

「豪華客船や大型クルーザーとはわけが違います! 帆船ですよ!? 帆船! 一度乗ってみたかったんですよ~!」

「お、おう」

「ニャ、ニャル~」


 凄まじい勢いで迫ってきた上に思い切り力説され、俺もニャルも背をのけ反らせるほどドン引きした。

 よく考えたらヒナの言う通り、俺も帆船には乗った経験がなかった。

 何気に自慢話をされただけのような気もするが。


 豪華客船?

 大型クルーザー?

 俺も乗せてくれよ!

 むしろそっちに乗ってみたいわ!


「確かに、僕は生まれも育ちも海のそばだけど、帆船には乗船した記憶がないね。仕事柄フェリーにはよく乗るんだけど」


 キンさんも同じ答えだったらしく、サングラスの奥にある目がキランと光った。

 なにそれ?

 新しいエモーション?

 ってかどんな仕事してたら頻繁にフェリーへ乗るんだよ?


「ってことは、船を手配しなきゃならないのか? 自分から来いっていったくせに、猫姫さまも行きかたくらい教えてくれればよかったのに」

「猫姫さまじゃなないですニャル! 豊猫玉姫命トヨネコノタマヒメノミコトさまですニャル!」

「なげーよ」


 名前まで日本神話よろしく長くせんでもよかろうに。

 開発者のこだわりはクセが強すぎる。


「とにかく、海を渡るしかないんだよな?」

「はいですニャル!」


 ……そんな元気一杯にいわれてもな。


「はて、どうしたもんだろ」

「うーん、困りましたねー」

「まさか泳いでいくわけにも行かないだろうしねぇ」


 三人とも腕組みをして首を捻る。


「そんな都合よく定期船なんてあるはずないよなぁ。目的地がユニーク関連だもん」

「ボートを買います?」

「死ぬ気かヒナ!? こんな大海原にボートで!?」

「むーっ! じゃあどうするんですか?」

「とりあえず港の人に聞いてみるのはどうだい? ここの海に関しては詳しいと思うよ」

「それだ!」

「それです!」


 いやぁ、キンさんも時にはまともな意見を出してくれるねぇ。



 などと喜んでいたのも束の間。


 俺たちはこの後、とんでもない事態に巻き込まれるのであった。




「……見つけたぞ! 憎き幼子よ!」




 幼子って誰……?



 ……あ、俺!?




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