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第76話 東の果て



 三日後。


 俺たちは東の果ての街、『イーストエンド』へ向けて行軍を再開していた。



 お盆は何かと忙しいから、少しはリアルも大事にしようじゃないかという意見で一致したためである。


 俺たちは別に廃人ってわけじゃないからな。

 リアルを捨てるわけにもいかねぇしさ。

 一応これでも前途ある若者なので。


 実際俺もそれなりに多忙だったんだよな。


 夏姉や春乃と爺ちゃんの家に行ったりね。

 婆ちゃんの墓参りはちゃんとしてあげないと可哀想だろ?


 俺は墓参りや子供たちをほったらかして世界旅行に行っちまうような親父とは違うのさっ。

 ま、そのぶん自由にやらせてもらってるから文句も言えないしお互いさまなんだけど。


 あとは……うんまぁ……

 デート三昧だったね!

 ヒナと少し遠出して、ネズミの国に行ってきたよ!

 ……すっげー混んでてあんまり乗り物に乗れなかったのは残念だったがな。


 妹の春乃はそれを聞いて泣きわめくほど悔しがってた。

 しかし、お土産のクランチチョコであっさりと機嫌を直すあたりが我が妹ながら単純で可愛い。


 驚いたのは姉の夏乃まで泣いてたことだ。

 『どうして誘ってくれなかったの~!? 私も秋乃くんとお揃いの帽子を被って一緒に腕組んで歩きたかったのに~!』と涙ながらにいわれましてもね。

 あなた、弟のデートに乱入する気だったんですか?

 大人の自覚あります?


 人を狂わせてしまうネズミーランドの魔力、恐るべし!


 しかもそのあとに『私ともデートしてくれなきゃやだ!』とか言い出す始末だよ。

 春乃まで『わたしもいくー!』とかいってるし。


 仕方なく二人に付き合いましたとも、ええ。

 泣く子にゃ勝てんよ。


 そんなわけで姉妹と共に、割と近所の遊園地に行ってきたわけさ。

 春乃はともかく、夏姉まで子供みたいにはしゃいじゃって、なかなか楽しかったよ、うん。

 たまには家族水入らずってのも悪くないね。


 ……両脇を姉と妹にガッチリと固められて歩くのは拷問に近いものがあったけどな……

 エージェントに連行される宇宙人じゃねぇんだぞ俺は。


 周りの連中からも『けっ! 可愛い女の子を二人も連れやがって! 死ね!』的なすさまじい視線を浴びせかけられたわけよ。


 一番やばかったのは最後に乗った観覧車でなぁ。

 遊び疲れて寝ちゃった春乃はいいんだけど、夕焼けという舞台効果もあってか、夏姉が妙な雰囲気出しちゃって……



「なにが妙なんです?」

「なにって、夕焼けがだな」

「? 夕焼けがどうかしたんですか?」

「いやぁ、あの光に照らされると綺麗に見えて……って、うわぁヒナ!?」


 気付けば目の前にヒナの顔が迫っていた。

 別にキスをせがんでいるのではなく、明らかに訝しんでいる表情だ。


「……なにが綺麗に見えたんです?」


 ほれ見ろ。

 ヒナはこう言う時だけ妙に鋭いんだ。

 妄想が口に出てた俺もアホだが。


「勿論ヒナだけど?」

「えっ!? いや~ん、アキきゅんったら~! 照れちゃいますよ~!」


 そしてヒナはこんなにチョロいのだ。


「あれ? ……待ってください。今は夜ですよね? なぜ夕焼けが?」

「ギクッ」


 くっ、そこらのチョロインとは違って賢いから厄介だな!


「……あー、それはほら、こないだネズミーランドで順番待ちしてた時にさ、差し込んだ夕日がヒナの顔を照らして綺麗だったなーって……」

「……」


 くっ、ダメか。

 こんな安っぽい言い訳にヒナが引っかかるはずが……


「あっ、あの時の夕日は綺麗でしたよね! お城も夕日で赤く染まってて……それを二人で眺めたりして……ロマンチック~!」


 安い!


 いや、ごめん。

 ヒナは俺を信じてくれてるんだよな。


「……二人は元気だねぇ……僕は数日後からまた仕事だと思うと今から胃が痛むよ……」

「『働かざるもの食うべからず』、ともいいます。キンさんは無断欠勤などなさらず仕事に励んでいるのですから偉いと思います」

「そ、そうかな? ははは」


 前を歩く俺とヒナの背後で繰り広げられるキンさんとツナの缶詰さんの何気ない会話。

 この二人もだいぶ打ち解けてきているようだ。


 でもまだキンさんは少し萎縮しちゃってるかな?

 彼は強そうな女子に弱いからね。

 もしかしたら、過去にそういう女性に告って振られたとか、そういう経験があるのかもしれん。


 今、俺はユニコーンのニコに騎乗していない。

 街がもうすぐだということもあって、他プレイヤーの注目を集めぬように下馬しているのだ。


 ニコは悪目立ちの最高峰だもんなぁ。

 でけぇし、白いし、角まで生えてるし。


(このニコをお呼びですか主さま?)


 呼んでないからね!?

 俺の心の声にまで反応しなくていいよ!?


 それにしても『東の果て』というだけあって遠いよなぁ。

 首都を発ってから何十キロ歩いたんだ?

 いや、実際にはそんなに歩いてないんだろうけど、体感的にはそんくらいな気分なんだよね。


「あっ、街ってあれじゃないですか? 鐘楼が見えますよ」

「おぉー? やっと着いた……んんんっ!?」


 ヒナの言葉通り、確かに鐘のついた塔が見えた。

 だが、その先に見えたもののほうに俺は絶句してしてしまう。



「…………まさか……」

「……『イーストエンド』という名は伊達じゃありませんね……」

「……僕も久しぶりに見るよ……」

「……あれは……」



 夜でもわかる。

 白浜に打ち寄せる白い波が。


 見なくともわかる。

 時に優しく、時に力強く響く波音が。


 毎度訪れるたびに叫び出したくなるのはなぜだろうか。


 生命の故郷。


 それは母なる────




「海だーーーーっ!!」





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