第75話 砕かれし封印
黄昏が進行する数時間前────
幻魔をリーダーとする廃人団『ハンティングオブグローリー』や他の強豪団の面々は新大陸において、便宜上『新エリア3』と呼ばれる砂漠地帯にいた。
名付け親は勿論、考察と解析に特化した団、『OSO university』と『翰林院』である。
攻略組が上陸した海岸線を新エリア1。
その先に広がるサバンナ地帯を新エリア2。
そしてさらに先の砂漠地帯を新エリア3としたのだ。
区分けしたのにはきちんと理由もある。
それは、分布するモンスターや生物を調べた結果、エリアの境界線ごとにガラリと様変わりするためであった。
新大陸が実装されてからわずか三週間足らず。
その短い時間でここまで調べ上げたのは、『知的廃人団』とも謳われるふたつの団ならではの快挙といえるであろう。
それにも理由があって、単純にいえば構成人員が非常に多いのだ。
ひとつの団に所属できる人数は30名まで。
だが、ユニバーシティとアカデミーは分団という形でもうひとつの団を持っていた。
つまりそれぞれの団が60名の人員を抱えている、というわけなのである。
これによって戦闘行為を含めた探索班と、情報やアイテム、素材等を分析する解析班、などといった役割分担がはっきりするのも大きな利点だ。
大学や学士院という名を持つ団であるがゆえに、構成員のほとんどはそれなり以上の頭をもっている。
しかし、どうしても戦闘が苦手な者というのはいるものだ。
人数が増えるほどそれは顕著となっていく。
そういった人物は、解析を専門とする班で活動するわけだ。
ただ、戦いが苦手な集団なのかといえば、そんなことはまるでなく、むしろ廃人団に勝るとも劣らない戦闘能力を有しているとさえいわれるほどであった。
それ故に、今回のエリア3探索で発見されたダンジョン、『地下ピラミッド』へも幻魔ら廃人団と共に、主だったメンバーが探索行に加わっていたのである。
この『地下ピラミッド』なるダンジョンはその構造から全体像を推測して『アカデミー』が名付けたものだ。
すなわち、上層部ほど広く下層へ向かうにつれて狭くなっていく、いわば逆四角錐状になっていた。
構造が判明したのはダンジョンも半ばを過ぎてからのこと。
測量とマッピングを担う、いわゆる『マッパー』のプレイヤーがそれに気付いたのである。
しかし、その彼はもういない。
今はキャンプ地の仮設セーブポイントに戻っているはずだ。
強力なモンスターの手によって即死したのだ。
そんな風に死んでいったプレイヤー数は40名に上る。
蘇生するにもアイテムには限りがあるため、死亡者はセーブポイントへ戻る取り決めとなっていた。
幻魔たちは今、艱難辛苦を乗り越え最深部に到達している。
ハンティングオブグローリーのメンバーも次々に倒れ、団長たる彼と幹部を含め他一部しか残っていなかった。
それはユニバーシティやアカデミーも同様である。
歴戦の強者たちとはいえ、先ほど現れたレイドボスの前には、初見であることも踏まえてかなりの苦戦を強いられたのであった。
しかし、なにかがおかしい。
そう考えたのは『翰林院』を率いる団長、『ハカセ』である。
名前の由来は、本名が『葉加瀬』であるとか、博士号を持っているからではないかなどの噂はあるが、誰も知らなかった。
ただ、『彼女』が研究室の関係者であることは間違いないらしい。
なにがおかしいって、ここに出現するモンスターよ。
新大陸はエジプト神話もモチーフに入っていると聞いていたのにねぇ。
だけど、出てくるのはフンコロガシや猫、牛、隼とか、『神聖視』される動物を模したモンスターばっかりなのよねぇ。
長身瘦躯の腰に手を当て、尻まで伸びた黒髪を払うハカセ。
貴族服のような衣装の上から白衣を羽織ったその姿は、『彼女』が独自に見つけたユニークジョブ【ドクター】であった。
ここのモンスターたちは、もしかしたらなにかを守っているんじゃないかしら?
だって、普通なら邪神に属する動物が敵として出てくるはずじゃない?
でもここでは逆だなんておかしいわ。
最深部たる石造りの玄室を前にしてハカセはそう思い至った。
「ねぇ、幻魔さん。ここっておかしくないかしら?」
「……なにがだ? よせ! それ以上寄るなハカセ! オレは貴様のような、なよなよした『男』は好かぬ!」
「あら、失礼ねぇ。心は歴とした女よ」
にべもなく手を振る幻魔。
彼はここ最近ずっとイラつきが収まらなかった。
原因は明白で、あれほど手塩にかけて育て、あれほど愛情を注ぎこんできたツナの缶詰に、あっけなく去られたからである。
何日経とうがその怒りは収まるどころか増すばかりであった。
可愛さ余って憎さ百倍、とはこのことであろう。
当然その怒りは、少しでも晴らすかのように周囲の者へも向けられていた。
だからハンティングオブグローリーのメンバーたちは、腫れ物を扱うように幻魔へ気安く声をかけたりしなかったのである。
「ええい寄るな! こんな辛気臭いところはもうたくさんだ! 早く宝を回収してキャンプへ戻るぞ!」
「あん、いけずぅ」
ズカズカと大股で玄室へ入って行く幻魔。
そして腰をくねらせながらついて行くハカセ。
幹部たる聖ラとぺろり~ぬも溜息をついて肩をすくませながら後に続いた。
玄室の中は暗いことを除けばさほど広くもない。
マップ上でいうなら、ここはピラミッドのキャップストーンにあたる場所だ。
どうやらそれをくりぬいたのがこの部屋らしい。
「宝はあれか!?」
玄室の奥には祭壇のようなものがあり、その台座には蛇を模した大きな水晶細工が鎮座していた。
幻魔はドカドカと乱暴に近付き、水晶を掴み上げようとした。
だが突然、蛇水晶の両眼が強烈な輝きを発したのである。
「なっなんだこれは!?」
目が眩んで咄嗟に顔を庇う幻魔。
光が収まり、視力が回復した時、幻魔の目は一気に見開かれた。
彼の眼前に、禍々しい鎧を纏った人物が悠然と立っていたからである。
見紛うことなき彼の愛したその姿。
それは、ツナの缶詰であった。
自然と顔が緩んでいくのが自分でもわかる。
彼女は思い直し、我が元へと帰って来てくれたのだと思った。
しかし、彼女が発したのは────
『みっともない姿です。女にすがるなんて情けないと思います。恥を知りなさい』
本来の彼女であれば有り得ないその言葉が、幻魔の胸に毒の刃となって突き刺さる。
「き、貴様……」
「幻魔さん! 惑わされちゃダメ! これは幻惑よ!」
「貴様ァァァァ!!」
ハカセの絶叫は幻魔をとどめることなど出来なかった。
愛する者からの罵声に耐えられるはずがなかったのだ。
反射的に剣を抜き、怒りに任せてツナの缶詰へ斬りかかる幻魔。
彼の剣はあやまたずツナの缶詰を両断した────かに思えた。
パキィィン
しかし、砕け散ったのは蛇の水晶細工であったのだ。
『【邪神アポピス】の封印が解除されました。』
『これにより世界の黄昏が進行しました。』




