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第74話 黄昏



 湖の乙女ヴィヴィアンさんと別れ、出立し東へと向かう俺たち。


 空が段々白み始めたところを見ると、もう明け方なのだろう。


 盛夏極まるお盆の時期ゆえに、まだまだ夜明けも早い。



 今日もリアルはクソ暑いんだろうなぁ。

 親父や爺ちゃんはお盆のころになればだいぶ涼しくなるもんだ、なんていってたけどありゃ嘘だね。

 昔はそうだったのかもしれんが、今はただただ苦痛な暑さだぞ。


 早く秋にならんもんかねぇ。

 俺は暑いのがとことん苦手なんだよ。

 なんせ名前からして『秋乃』なわけだし。

 って、コンプレックスを思い出させんな!


 まぁ、今は幼女姿だから女の子みたいな名前でも違和感はだいぶ軽減されてるけどさ……

 その分、現実に戻った時の反動が大きいんだよなぁ。

 鏡を見た時なんて特に、ね。

 最近なんて、その鏡に向かって『俺は男だ俺は男だ』と言い聞かせてるくらいだからな。

 時々、リアルでも『わたし』とか言っちまいそうになるくらいやべぇんだ。


 さてと、俺はいいとしてもみんなはそろそろ眠いかな?


「明け方になっちゃったけど、どうしよっか? あ、リアルで用事がある人は遠慮なく落ち(ログアウトし)てねーっ」

「私はアキきゅんが落ちるまで付き合いますよー。特に用事もないですし(もっと一緒にいたいですし!)」

「僕は午後から実家に寄って、そのあとお墓参りに行く予定だね(本当はこのままゲームしていたいんだけどね……長男だから仕方ないんだ……)」

「(キューン! アキさんのなんと可愛らしいこと……いえ、いけません。ここは心を鬼にして……)私も時間的には問題ありませんが、きちんと睡眠や朝食は摂るべきだと思います。ご家族に顔を見せるのも大事なことですので」


 同じゲーマーゆえに付き合いの良いヒナや、心の声が漏れ聞こえている気だるげなキンさんはともかく。

 相も変わらずツナの缶詰さんは生真面目だ。

 俺とヒナを弟妹のように慮ってくれるのはいいんだが……結構、いやかなりお堅い。


 このままでは規則正しい生活を送る模範的な高校生になっちゃう!

 ……明け方まで遊び狂っておいてなにをいうのかという意見は受け付けません。


 ま、さすがに眠くなってきたのは確かだねぇ。

 ふぁ~あ。

 ひと眠りしてからヒナとどっか出かけようかなぁ。

 やっぱ触れ合うならリアルのほうがこう、色々と……ムフフ。



 などと妄想に浸っていたその時────



『世界の黄昏が進行しました。』



 突如、短いシステムメッセージ、いわゆる黄ばみが流れたのだ。



「なっ、なにこれ!?」

「黄昏ってなんですか!?」

「どういうことなんだい!?」

「これは……!?」


 わけもなくキョロキョロあたふたしてしまう俺たち。

 全員がログを確認した以上、このメッセージはワールド全体に流されたものだからだ。


 プレイヤーに向けられたものならば必ず重要な意味があるはず。

 しかしメッセージが短すぎてさっぱり要領を得ない。

 だからこそみんな慌てたのである。


 たぶんだけど、今頃は首都とか大騒ぎになってると思うぞ。

 きっと最前線もだろうな。


 ピコンピコンとシステムコール音がする。

 俺だけではなく、四人ともにだ。

 特にツナの缶詰さんは次から次へと音を立てていた。

 それはゲーム内メール受信のコールだった。


「うわっ、たがねさんからだ」

「私もでした」

「僕もたがねさんと、他からもチラホラ来てるね」

「…………」


 ガチレズ鍛冶師たがねさんからのメール内容は、やはりこの黄ばみが原因のようだ。

 そして文面もひどい。


『やぁやぁ、アタシの心の恋人アキちゃん!』


 誰が恋人だよ誰が。


『さっきのシステムメッセージってなんなのかわかるかな? 知ってたら教えてー』


 いや、全く知りませんけど。


『教えてくれたらぁ……アタシをあ・げ・る(はぁと)』


 いりません!!

 なんだこの手紙メール!?

 できることなら今すぐ破り捨ててやりてぇ!!


『追伸 さぁ、結婚して! なんでも好きな武器作ってあげるからぁ!』


 するかっ!!

 武器ならもう間に合ってます!!


「ぜぃぜぃ……ツッコミどころ満載のメールだった……」

「私のもひどかったですよ……『ペロペロさせて!』とか……」

「……僕のだけすごく普通な内容だったよ……はぁ……」


 げんなりする俺たちだったが、キンさんは理由が違うようだ。

 どうやら悔しかったらしい。


 ガチレズの人に言い寄られても全く嬉しくないっての。

 本気でキンさんは女性なら誰でもいいのかよ……?


 とはいえ、なにも返答しないのは失礼だしな。

 一応返信しとこう。

 ……そもそも、たがねさんとフレンド登録したのが間違ってたのかもしれんが。


 たぶん、ヒナもキンさんも同じことを考えていたのだろう。

 いそいそと文字を打ち込んでいた。


 ただ一人。

 ツナの缶詰さんを除いて。


 彼女は多数のメールを次から次に読んでいるようだった。

 だが、時々上を向いて呆然としたり、下を向いて深く考え込んだりしているのはなぜだろうか。

 なにかはわからぬものの、もしかしたら重大な用件が書いてあったのかもしれない。


「……ん? あれっ?」

「どうしたんですアキきゅん?」

「ちょっとヒナ、キンさん耳を貸して」

「なんだい?」


 背の低い俺へ、かがんで顔を寄せてくる二人を少し羨みながら小声で告げた。


「二人は気付いてた?」

「? なにがです?」

「むむ?」

「……ツナ姉さんの鎧からエンブレムが消えてないか?」


 俺の言葉にバッとツナの缶詰さんを見やるヒナとキンさん。


 お、おバカ!

 そんなあからさまに見ちゃったら気付かれるだろっ!


 だが、ツナの缶詰さんは沈思黙考を続け、こちらは気にも留めていない様子。


「……ない、ですね。いつからなくなったのかはわかりませんけど」

「うむ。見当たらないよ。僕も意識してなかったなぁ」

「だろ? エンブレムが消えるのってさ…………確か退団した時だよな?」


 大きく頷く二人。



 『黄昏』といい、ツナの缶詰さんが廃人団を突然脱退したことといい。


 俺の預かり知らぬところで事態は胎動するかのように動き出しているのかもしれない。



 ツナの缶詰さんの背中を眺めながらそんなことを思う俺なのであった。



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