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第73話 トッププレイヤーの決別



 時は数日ほど遡る。



 新大陸最前線攻略組キャンプ地。


 ここでは様々な攻略団が多数集結し、プレイヤーたちによって踏破エリアの拡大と探索がおこなわれている。


 既にふたつのエリアを攻略したものの、未だ街や村の存在を確認できてはいない。

 休息地がないのでは攻略もままならぬ。

 故にこのキャンプが重要な拠点なのである。


 ただ、未知のモンスター及びそのドロップアイテム、武具、素材等が続々と発見され、『ユニバーシティ』や『アカデミー』などの考察、解析の専門(エキスパート)団によって徐々に解明され始めていた。


 そのキャンプ地は、持ち運び可能な組み立て式の大型天幕があちらこちらに張られ、各団ごとがいつでも休息を取れるようになっている。

 団によってはそれだけでなく、天幕の中に研究室じみた施設を置くところもあるほどだった。

 内部には炉も設置され、素材の加工なども行えるのだ。


 そんなキャンプ地の一角。


 一際大きな天幕からは、表に達するほどの怒号が響き、通行人(他プレイヤー)の首を竦ませていた。



「本当に団を抜けると申すのか!? ツナよ!」


 テーブルに拳を叩きつけ、怒りを隠そうともせず怒鳴るのは、廃人団『ハンティングオブグローリー』の団長『幻魔ゲンマ』であった。


 突き刺さる怒声を耳にしても、まるで微動だにせず直立したままでいるツナの缶詰。

 身に纏った禍々しき赤黒い鎧も相まって、感情なき彫像のようだった。

 しかし、周りは気付いておらぬであろうが、彼女は並々ならぬ決意を秘めていたのだ。


「はい」


 彼女の短く発した言葉も内に秘めた熱き感情を表に出さぬよう、無機質で事務的であった。


 しかも、幻魔の背後に控えた幹部たる『セイラ』や『ぺろり~ぬ』以下、ズラリと居並ぶ団員たちの痛烈な視線をものともしない。


「なぜだ!? なぜ今抜けるなどと! 昨今の状況がわからぬわけがなかろう!? これから本格的な攻略に乗り出すのだぞ!!」


 激情を抑えきれぬ幻魔は再びテーブルを殴りつける。

 彼には『今まで面倒を見てきてやったのに』という思いが少なからずあった。

 ツナの缶詰を育て上げたのも自分であり、彼女がトッププレイヤーに登り詰めることができたのも、本人の才能だけではなく、自分の力添えがあったからこそだという自負も大いにあった。


 そして、自分が彼女へひとかたならぬ想いを抱いていたことが、その怒りに拍車をかけていたのだ。


 だから余計に納得がいかない。

 だから余計に腹が立つ。


 新大陸の攻略が本格的となったこの時期になぜ突然団を抜けるというのか。

 スペシャルアタッカー称号保持者の彼女がいなければ、この先に待つ数多のボス戦において苦戦を強いられるのは火を見るよりも明らかだ。


 もっとシンプルに、幻魔の気持ちを代弁していうのなら、『彼女を離したくない』のが大きな要因であった。



「なぜ? ……ふむ」


 そんな幻魔の激情を前にしても、なんら臆することなく小首をかしげるツナの缶詰。

 彼女は答えに窮しているというよりは、幻魔が納得してくれそうな言葉を探しているようであった。

 それは彼女の優しさであるのだが、怒りに囚われた幻魔は気付くゆとりもないであろう。


「そうですね……騎士として真に仕えるべき人物と出会ったから、です」

「まさか貴様……あの小さき少女の元へ……? ふざけるな!!」


 ツナの缶詰の出した答えが気に入らなかったのか、反射的に激昂する幻魔。

 彼には体のいい別れ文句にしか聞こえなかったのであろう。


「なにが『騎士』だ! そのようなものは、貴様の勝手な役柄(ロールプレイ)であろうが!! これは我々に対する重大な裏切りではないのか!!」


 幻魔の怒声に息を飲んだのは背後の聖ラとぺろり~ぬであった。

 この二人の女性(・・)は幻魔の言葉が禁句タブーであると直感的に悟った。

 ツナの缶詰がいかに騎士であることを重要視しているか知っていたからである。


 二人はツナの缶詰と同じ女性であるがゆえに、話す機会も多かった。

 ツナの缶詰が、大切な誰かを守りたいから騎士を貫いていることを聞き知っていたのだ。


 そして二人もツナの缶詰に話してしまった。


 幻魔がツナの缶詰に淡い恋心を抱いていることを。

 二人が幻魔に深い恋心を抱いていることも。


 もしかしたらツナの缶詰が退団を決意したのはそのことがあったからではないかと二人は危惧した。

 だが、幻魔は自らツナの缶詰が心に持つ地雷を踏んでしまった。

 これはもう決定的な決別になるだろうと、二人はうなだれたのである。



「幻魔さん。これは決して裏切りなどではありません。貴方にも大切な守るべき人がいるはずです。そしてそれは私ではありません。そのことに気付くべきです。いえ、既に気付いておいででしょう?」

「た、戯言を!!」


 動揺を激怒で塗りつぶす幻魔。

 ハッとしたのは聖ラとぺろり~ぬのほうだった。

 ツナの缶詰が言わんとしているのは自分たちのことだと気付いたのだ。

 二人の目に滲む涙は歓喜か、それとも悲哀か。



「……私がなにをいっても納得してはいただけそうにありませんね。申し訳ありませんが、行動で示すことにいたします」


 ツナの缶詰はウィンドウを開くと、その場で退団のコマンドを実行した。

 彼女の鎧に浮かびあがっていた逆さ向きの剣と二頭の猟犬を模したエンブレムがスッと消えていく。

 完全なる脱退の証であった。


 幻魔の身体がブルブルと震える。

 声にならぬ怒りが全身を駆け巡っているのだ。

 ツナの缶詰は俯いていて表情の見えぬ幻魔へそっと声をかける。


「幻魔さん。今までお世話になりました。聖ラさんとぺろり~ぬさんを大事になさってください。彼女たちはきっと貴方を支えてくださいます」


 カッと踵を鳴らし、騎士の礼をとると、ツナの缶詰は振り向くことなく天幕を出て行った。

 迷うことのないしっかりとした足取りで。



「…………絶対に許さぬ!! オレは絶対に認めぬぞぉっ!!」



 そして幻魔の声だけが虚しく天幕を揺らす。



 もはやツナの缶詰の耳には届いていなかった。


 彼女の心は、遠い地で待つアキたちの元へ既に飛んでいたのである。




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