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第71話 魔法少女ヴィヴィアン



「こ、これが【聖剣エクスカリバー】……」


 感動と歓喜が同時に押し寄せ、得も言われぬ複雑怪奇な表情で剣を掲げる俺。


 当り前だ。

 男なら、いや、熱きゲーマー魂を持つものならば誰もが憧れる伝説の聖なる剣なのだから。


 ボートで湖岸に戻った俺は、改めてエクスカリバーを眺めた。

 意識してはいないが、きっと俺の瞳は子供のようにキラキラと輝いているであろう。

 見た目の幼女そのままに。


 それにしても美しい剣だなぁ!


 緻密な細工の施された金の柄頭には大きな赤い宝石が嵌め込まれ、柄には青く染めた革が巻かれていた。

 左右に伸びる大きめの鍔も黄金製。


 刀身は根元がとても幅広く、切っ先に向けて段々細くなっていく造りだった。

 その刀身には金と青い地金で装飾が施されており、十字の中に二匹の蛇を模した彫金や、よくわからない形状の文字がびっしりと刻まれている。

 軽く振れば蒼い軌跡が残像となり、月夜に映えた。


 うおお、こりゃかっこいい!


「あー、ダメですダメです! 幼女姫騎士の姿で長剣(エクスカリバー)を構えるのは、かっこかわいすぎますよ!」

「自分の背丈ほどもある剣を軽々と振るう幼女……うーむ、浪漫の塊だね」

「アキさん、とてもお似合いです(今すぐ抱きしめたいほどに、です!)」


 みんなからベタ褒めされると、それはそれで面映ゆいが悪い気はしなかった。

 男の俺としては複雑な気持ちでもあるが。


 明らかに幼女化してからのほうがモテてるもんな……

 とはいえ、求めてるのとは違うベクトルのモテかただし、野郎に追っかけられても困るんだけどさ。

 ま、俺にはヒナさえいてくれればいいや。

 こう見えて(?)一途なんでね。


 俺は要らぬ格好をつけながらエクスカリバーを納めようと……


 あれっ?


 ペスペスとちっちゃな手で己の腰をまさぐる。

 あって然るべきものがないことにようやく気付いてしまった。


「どうじゃ? ほれぼれする剣じゃろ? ……なんじゃお主。妙な顔をしおって」


 煙管を咥え、胡坐をかいたままスイーッと空中を移動して来る湖の乙女さん。

 俺の恨みがましい視線を感じたらしい。


「ねぇ、湖の乙女さん」

「わらわのことは『ヴィヴィアン』と呼ぶがよいのじゃ」

「ヴィヴィアン!?」


 この老婆の口から、とても似つかわしいとは思えぬ名が飛び出してきた。

 目を丸くする俺に不満そうな顔つきとなる老婆改めヴィヴィアンさん。


「アキさん、諸説ありますが湖の乙女の名は『ヴィヴィアン』で合っています」


 こっそりとツナの缶詰さんが耳打ちしてくれて得心がいった。

 アーサー王伝説を熟知しているわけでもない俺は、単に湖の乙女の名までは覚えてなかったのである。


 俺は感謝を込めてツナの缶詰さんへ笑顔を送る。


「ありがとうツナ姉さん。ひとつ賢くなっちゃった」

「(キューーン!)いえ、アキさんのお役に立てたのなら私も嬉しいです」


 手と膝をモジモジさせるツナの缶詰さん。

 尿意でも催したのだろうか。


 俺たちがこそこそ話している間、それを待つ気もない様子のヴィヴィアンさんは口を開いていた。


「お主が真のエクスカリバーを見つけた以上、わらわもこの姿でいる必要はなくなったわけじゃ。そーれ! マジカル~! チェ~ンジ!」


 煙管をまるでバトンかステッキのようにくるくると回転させるヴィヴィアンさん。

 これでは魔法少女ならぬ魔法老女だ。

 老婆に飛び切りのウィンクをされ、目をそむけたくなる俺とキンさん。


 カッ


 ヴィヴィアンさんの身体がスパークしたかの如く発光し、シルエットとなった彼女の服が全て爆散した。


 うぉぇえっ!


 俺とキンさんは今度こそ目をそむける。

 いくらシルエットとはいえ、老婆のヌードなど誰が見たいと思うのか。


 いや、マジ。

 開発者は頭おかしいんじゃねぇの?

 熟女好きといっても、程ってもんがあるだろ。

 ダランとぶら下がったシワシワのアレが一瞬見え……うぉぇぇええ!


 VRMMOにダイブ中でも吐き気がするのは大発見かもしれない、などと見当違いの事柄に思考を巡らすことで、見たものを必死に忘却しようとするも、無駄な徒労に終わった。

 この忌まわしい記憶はしばらくの間、俺とキンさんを蝕むであろう。


「あっ!? えっ!? 見てくださいよアキきゅん!」

「ぐへぁっ!?」


 ヒナの手によって、ゴキリと首を強引にヴィヴィアンさんのほうへ向けられた。

 ついでに閉じていた目も指で無理矢理こじ開けられる。


「いやだぁ! 見たくない! ……え?」


 半泣きでなんとか瞼を閉ざそうとした俺の動きは無意識に止まった。

 シルエットと化したヴィヴィアンさんの姿が急激な変化を遂げていたからである。


 ダラリとしていたふたつのアレが、シュルシュルと元の位置に収まり豊かな双丘へ。

 皺くちゃに干からびていた肌は瑞々しさを取り戻していく。


 うずくまってガクガク震えていたキンさんも、サングラスの奥の涙に濡れた双眸で彼女を見つめていた。

 そのくらいインパクトのある変化だったのだ。


 そして光が収まった時、そこには銀髪の美少女が舞い降りていたのである。


 光の粒を纏った透明な4枚羽と、緑の葉を組み合わせたような妖精服はそのままに。

 美しさと神秘性は数千倍も増して。


「どうじゃ? これがわらわの真の姿なのじゃ! 老婆の姿もブラフだったのじゃー」

「うわあああああ! これこそ僕が望んでいた『のじゃロリ』だああああああ!」

「ちょっ! コラッ! なんなのじゃお主は!? や、やめるのじゃ! こっちにくるな!」


 ヴィヴィアンさんは抱き着こうとするキンさんから血相を変えて逃げ回る。


 よかったなキンさん。

 これで本懐を遂げたんだもんな。


 俺もヒナもツナの缶詰さんも、大きく頷いてキンさんをあたたかく見守った。


「あ、そうだ。ねぇ、ヴィヴィアンさん」

「なっ、なんじゃ? 今はそれどころでは……!」

「このエクスカリバーなんだけど」

「その前にこやつをどうにか……!」

「これっておかしくない?」

「わらわの話を聞くのじゃーー!」


 仕方なくツナの缶詰さんにお願いしてキンさんを押しとどめてもらう。

 彼女のSTRに敵うはずもなく、キンさんはすぐに大人しくなった。


「……ぜいぜい、はぁはぁ……」

「んで、このエクスカリバーなんだけど」

「お主は冷静じゃな!? もうちょっとわらわを労わるのじゃ! もうよい! なにがおかしいというのじゃ!?」

「ああ、うん、ごめんなさい。このエクスカリバーには、肝心要のモノがないみたいなんだけど……」


 それを聞いて途端にギクリとした表情へ変わるヴィヴィアンさん。


「んんん? な、なにがなのじゃ? そのエクスカリバーは完璧な……ヒッ!?」

「とぼけないでよ」


 俺は彼女へ聖剣を突きつけた。

 脅すつもりではないが、相手は老獪な魔女にも匹敵する。

 このくらいせねば真実を語るまい。


「やっ、やめぬか! わらわは先端恐怖症なのじゃ!」

「えぇぇ!? AI……じゃなくて妖精なのに!?」


 どんだけ高度なAIなんだよ!

 無駄機能すぎるだろ!

 NPCにそんな設定いらないよね!?


「わかった! わかったのじゃ! 剣を納めてほしいのじゃ!」

「いや、だから納めようにもその肝心要のものがないんだってば」



 そう、この【聖剣エクスカリバー】を聖剣たらしめるモノ、それこそが────




「……すまぬ。『鞘』は失われてしまったのじゃ……」




 えぇぇぇ!?




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