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第70話 聖剣地獄



 伝説に謳われし聖なるつるぎ【エクスカリバー】。


 アニメ、ゲーム、小説等、多岐にわたる作品において、度々現れるこの武器を知らぬ者などいまい。


 これこそアーサー王が持つとされる魔法の剣だ。



 ブリテン島の正当な統治者の証とも言われる剣であるが、入手方法に違いがあるのをご存じだろうか。


 ひとつは、あまりにも有名な『岩に刺さった剣』だ。

 エクスカリバーを抜いた者こそが父王ユーサー・ペンドラゴンの後継者として認められるという。


 そしてもうひとつが、今俺たちの起こしたイベントだ。

 それは、魔術師マーリンに導かれ、湖の乙女からエクスカリバーを授かるというものである。


 創作物によってはまちまちだが、どちらの行程を経ても入手した剣はエクスカリバーとされた。

 つまり【OSO】の開発者は後者の説を採用し、イベント化させたわけだ。


 うんまぁ、そこまではわかるよ……

 でもね…………



「さぁ、これが【聖剣エクスカリバー】じゃ! 好きなように持っていくがよいのじゃ!」



 よぼよぼの見た目な癖に、ハイトーンのロリボイスで高らかに言い放つ湖の乙女さん。

 その可愛らしい声に、またしてもキンさんの額にはミミズの如く青筋が浮き上がって蠢動しゅんどうした。


 だが今度ばかりは俺も湖の乙女さんに負けない幼女ボイスで叫びたい。


「なんだこれ!? ふざけんな!!」


 と。

 あ、声に出てた。


 だって見てくれよこれ!

 湖一面が武器だらけだよ!?


 多すぎだろ!

 ゲートオブ〇ビロンじゃねぇんだぞ!

 まさかこの中から当たり(エクスカリバー)を探せってのか!?


「アキきゅん……これ……ヴァルキリーさんの試練を思い出す光景なんですけど……」

「奇遇ですねヒナさん……私にも非常に見覚えがあります……うっ、頭が」


 ヒナとツナの缶詰さんが目頭を押さえたり頭を抱えたりしている。


 俺だって真っ先にそう思ったわ!

 こんなもん、あの(・・)ハズレ宝箱地獄となんにも変わらねぇぞ!

 開発者はどんだけこの手のギミックが好きなんだよ。 


「……あぁ……あの僕が参加できなかったイベントのやつかい……?」


 キンさんはキンさんで腐った魚のような濁り切った目でいじけてるし。

 あの時は悪かったってば!


 しかしこれは、どうしたもんかねぇ。


 逡巡する俺たちへ湖の乙女さんが、じれたように声をかけてきた。


「なんじゃなんじゃ? なにを躊躇しておるのじゃ?」

「あのね、これって泳いで取りにいくの?」

「……ああそうか、お主らは飛べぬのじゃったな。仕方がないのう、ほれ、こいつを使うのじゃ」


 煙管でポンと水面を叩く湖の乙女さん。

 すると湖岸にボートが出現した。


 うわっ。

 木製じゃなくてゴムボートかよ!

 ほんと世界観が仕事しねぇゲームだな!


 ともあれ、いそいそと乗り込む俺。

 オール付きなのは地味にありがたい。


 なにを思ったかヒナたちは、お互いに顔を見合わせた後、ドヤドヤと一斉に乗り込んできた。


「なっ、なんでみんな乗るの!?」

「アキきゅんだけじゃ心配だからですよ。さ、落ちないようにしっかりと抱きしめてあげますからね。ぎゅ~!」

「それって見物けんぶつしたいだけ……むぎゅう……!」

「(あっ! ヒナさんズルいです! くっ、我慢しなさい私!)モンスターが出ないとも限りませんので、やはり護衛は必要でしょう」

「アキくんの小さな身体ではボートを漕ぐなんて無理だろう? 僕に任せたまえ」


 なにやら言い訳がましいことをいっている三人。

 ボートは丁度四人乗りだったらしく、なんとかみんなが腰を落ち着けた。

 こんなに都合がいいのは、もしかしたらイベントフラグを立てた時点のパーティーメンバー数を参照しているからかもしれない。


 いざ、出航!


 左右で一本ずつオールを担当するキンさんとツナの缶詰さん。

 ここでも物理エンジンは有能らしく、思ったよりもスムーズにボートが動き出す。


「ふわぁ~……たくさん武器がありますねー」

「多すぎるよ……」


 舳先でヒナに抱っこされたまま湖面を見渡す。

 彼女が言った通り、水の上には様々な武器が顔を出していた。


「……ちょっと待って。これ、おかしくね? 剣にしては短すぎる……」

「わっ! あれなんてモロに槍ですよ!」

「こっちには明らかにハルバードっぽいのもあるね」

「右舷には鬼の金棒らしきものが見えます」

「えぇ!? もう『剣』ですらないの!?」


 これのどこが【聖剣】なのだろうか。

 いや、湖の乙女さんの言葉を思い出せ。

 彼女は『さぁ、これが【聖剣エクスカリバー】じゃ! 好きなように持っていくがよいのじゃ!』と語っていた。

 これを要約するとつまり────


「……まさかこれ全部にエクスカリバーって名前が付いてるだけ、とかじゃないよね……?」

「や、やめてくださいよアキきゅん。そ、そんなはずありませんって」

「だ、だよなぁ?」


 俺は自分の口が引きつっているのを感じた。

 多分ヒナも同じだろう。


「好きなように、とおっしゃっていたのですから、取り敢えずどれか一本手にしてみてはいかがですか?」


 キーコキーコとオールを漕ぎながら俺の後頭部に向かっていうツナの缶詰さん。

 確かにこのままでは埒が明かない。

 だが、適当に引っこ抜いて『じゃあそれで決まりじゃな!』などといわれても困る。


 なので俺は目を皿のようにして、せめていかにも【聖剣】然としたブツを探すことにした。


 うーん。

 これは……なんか違う。

 あっ、これ……も思ってたのと違うな。


 ぐぬぬ。

 なかなかしっくりと来るモンがないねぇ。


「アキきゅん、唸り声が漏れてますよ。ちっちゃなケダモノですか」

「ほっといて!? 今はマジで真剣なの! ……ん?」


 ヒナへツッコミを入れながら湖の真ん中あたりを見た時、なにか違和感を覚えた。

 いや、これは予感といってもいい。


「キンさん、ツナ姉さん! あっちへ移動して!」


 俺がちっちゃな手で指さすと、二人はボートを即座に向かわせてくれた。

 目を凝らして近付きつつあるそれ(・・)を凝視する。


 間違いない。

 光っている。


 この澄んだ湖水のように、そして俺の双眸のように、蒼く清らかで静かながらも力強い光。


 近付いてからようやく気付いた。

 この場所は、湖の乙女さんが最初に現れた位置であることに。


 そうか。

 彼女はこの湖と、聖剣エクスカリバーを共に守護していたのだ。



 俺はもうなにも迷うことなく、その湖から突き出た柄を手に取った。

 ヒナたちの息を飲む音を後ろに聞きながら。


 そして一気に湖面から引き抜いた。


 剣は夜空を引き裂く輝きを放ち、湖全体を煌めかせる。

 周囲をあれほど埋め尽くしていた武器の数々は粒子となって消え去っていった。

 まるで俺を祝福するかのように優しく淡い光を残しながら。




「ほう、わらわのブラフに惑わされることなく勝利を掴み取ったか。うむ、よくぞ見抜いたのう。お主の手にした剣こそが真の【エクスカリバー】じゃ」




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