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第7話 始まりの街にて


「おぉ……ここが……」

「始まりの街ファトス、ですかぁ」


 街の入口でしばし呆然と立ちすくむ俺とヒナ。

 他のゲームでもよくある設定だが、中世ヨーロッパ風の街並みをVRで見たのは初めてだった。

 それが逆にこの先の期待感を膨らませていく。


 いいぞ。

 らしく(・・・)なってきたじゃないか!

 ファンタジーはやっぱりこうじゃないとなぁ!


 俺とヒナは当初の目的であったジョブレベル10を達成し、達成したからには1秒でも早くジョブチェンジをしたいがために、勇んで街を訪れた。

 控えめに言ってもここまでの時間がかかりすぎだったと思う。


 ヒナには申し訳なくて今更言えないのだが、あの森でいつまでも狩るのは止めて、街で装備を買った後に先のマップへ進んだほうが効率良かったんじゃないかなー、なんて思ったりもした。

 うん、やっぱり今更言えないな。


 それにしても『街』と豪語するだけあって、人が一杯いるなぁ。

 いや、NPCかな?

 あー、でもプレイヤーっぽい人も結構歩いてるぞ。

 妙な装備してる連中は絶対プレイヤーだろ。

 あんなわけのわからんキモいお面とかって売り物なのか?

 ムンクの『嘆き』みたいな顔になってんぞ。

 こっち見んなよ。

 いらねぇよそんなお面。

 ちょっ、ジワジワ近付いてくんな!



「アキきゅーん、これどうぞー」


 言いながら俺になにかを放るヒナ。

 甘い、そのくらいの攻撃、見切っておるわ! とか思いながらパシッと受け取ると、それは赤い果実だった。


「へー、リンゴか。うまそうだなぁ……っておい! もう買い食いしてんのかよ!?」

「違いますよ! 物欲しそうにしてたらあっちの人がくれたんです! でも美味しいですよ?」

「……そう言う問題じゃなくてだな……そもそもなんで物欲しそうにしてたんだよ……シャクッ……うお、うめぇ!」

「ジューシーですよねー」

「ひょっとしたらリアルで食うのよりもうまいんじゃねぇのかこれ? ……ん?」


 ふとした違和感を覚える。

 齧りかけの果実をジーッと見つめるとアイテム名が浮かぶのだが。


 その名前が『リンギ』になっていた。

 形から色から匂いから味まで完璧なリンゴそのものなのにだ。


「リンギってなに!? リンゴじゃなくて!? 実はこれエリンギとか!?」

「あー、文字化けじゃないです? 前にやったゲームでもそう言うのあったじゃないですか」

「あったあった。『ヴァンパイア』が『ヴァヴァヴァヴァヴァンヴァイアアアア』になってた時は、いったいなんのギャグかと思ったよな」

「あっははは! 強烈でしたもんねあれ」

「しかも攻撃までバグってたもんな。誰もいないところに向かって無限にコウモリ飛ばしてんの」

「あははははは! しかもアキきゅんが果敢にもそれに突っ込んでいったのは最高でしたね!」

「いや、あんだけコウモリ出されたら逆に気になるだろ? まさか当たり判定まで無限になってるとは思ってもみなかったけど」

「結局アキきゅんがボコボコにやられてる間にみんなで倒しちゃったんですよね」

「名誉の戦死と言ってくれ……」


 などと話しながら往来をうろつく。

 時々プレイヤーらしき人が『チッ』とか『ケッ』とか吐き捨てていくのは心が荒んでいるからだろうか。

 しまいには『かーーーーっ! ペッッ!』と出もしない痰を吐くアホまでいた。


 いい。

 皆まで言うな。

 そんなラノベの鈍感系主人公でもあるまいし。


 実はこんなこと、現実リアル世界でもよくあるのさ。

 わかってるわかってる。

 ヒナのことだろ?

 こんな可愛い子となんで俺みたいなのが一緒にいるのかってんだろ?


 そう言った連中には声を大にして言ってやりたいね。


 バーーーーカ!

 俺がヒナの彼氏になんてなれるわけねーーーーわ!

 そんなもんは自分が一番よくわかってるっつーーーの!

 先輩後輩でゲーム仲間なだけだってーーーの!



「どうしたんです? 面白い顔して」

「失礼なことを無邪気な顔でサラッと言うなよ。傷つくだろ」

「え、私はアキきゅんの面白顔好きですよ?」

「俺どんだけ普段から変顔してんの!?」


「けっ! イチャコラは隅っこでやりやがれ!」


 ちょっと待って。

 明らかに通行人AのNPCに暴言吐かれたんですけど!

 NPCに感情あるの!?


 い、いやまぁ、マスコットAIのラビにすら喜怒哀楽があるくらいだから、それ自体は不思議ってわけでもないんだが。

 ……このゲーム凄すぎないか?

 人間と遜色ない存在とか、なんだか怖いぞ。

 モデリングも現実のそこらにいそうなほどリアルだし。

 『不気味の谷現象』が仕事してない!


「アキきゅん、真っ直ぐ転職NPCを探します?」

「まぁ、取り敢えず、ドロップアイテムの換金をしようか」

「あ、いいですねそれ。先立つものがないと不安ですもんねー」

「ショップ、ショップ、と」


 この【OSO】世界では、どんなショップでもアイテムの買取をしてくれる。

 売り物はショップ固有だがね。

 それでも割に新設設計と言えるだろう。

 クソゲーと名高い、とあるゲームなど、売却には同じアイテムが置いてある店じゃないとできない、なんてケースもあったのだ。

 めんどくさすぎる。

 もっとも、そのゲームはその他にも色々ひどかったんで過疎化が進み、結局サ終してしまったけどな。

 あ、『サ終』ってのはサービス終了ね。



「ああ、よかった。通貨は重量に含まれないみたいだ」

「えーと、私は1万ゼニルくらいになりましたよ」

「おっ、やるじゃん。頑張ってネトネト体液拾ってたもんな」

「感触を思い出すんでやめてください!」

「俺は6千ゼニル? ……なんで!?」

「ふふーん! 嫌がってネトネト体液を拾わなかった罰ですよ!」

「くっ、蜂の針よりネトネト体液のほうが高いってのか……! あんなもんを買い取ってどうするんだNPCは……ちくしょう、こんな粘液少女に負けるなんて……」

「その呼びかたは本気でやめてください! 現実リアルで絞めますよ!」


 おー怖。

 こいつならやりかねないのが余計に怖い。

 なんせ休日にヒナとゲーセン巡りした時も黒服の連中が周囲に見え隠れしてたもん。

 ありゃ絶対ヒナを護衛するためのSPだと俺は確信している。


 まぁ、ヒナ自身もお稽古事の延長で護身術や合気道を習ったとか言ってたからな。

 そうやってなんでも詰め込むから精神が破綻してこんなゲーム狂になっちまったんだろうよ。

 思えば不憫なヤツだ。

 俺のように最初から親に諦められていれば自由にゲーム漬けの人生を謳歌できたものを……

 まぁ俺も親が泣きながら『大学だけは出てくれ』って言うから、それくらいは叶えてやりたいけどね。



 それはともかく、通貨の価値はどれほどのものかわからないが、単位は『ゼニル』で表されるらしい。

 見た目は銀貨だが、どうせインベントリ経由でしか使うこともあるまい。

 それにしても、銀貨一枚一枚に重さの概念がなくてよかったよ。

 何千枚もの銀貨なんて持ち歩いたら、1秒で所持重量オーバーだからな。


 そこらへんのルールがもっと厳しいTRPG、いわゆるテーブルトークRPGでは、重すぎる貨幣を店に預けたり宝石や貴金属を買って持ち歩いたりしてたほどだ。


「ヒナ、リンギはいくらだった?」

「一個100ゼニルでしたね。アキきゅん、そこはリンゴでいいんじゃないです? NPCも『リンゴはいらんかね~!』って言ってましたし。どんだけ律儀なんですか」

「確かにおっしゃる通り! ……ってことは1ゼニルが1円くらいの感覚でいいのかな。まぁ、リアル通貨と照らし合わせてもアレだけど」

「となると、1万ゼニルじゃあんまりたいしたものは買えなさそうですね」


 こいつ!

 1万円でたいしたものが買えないだと!?

 これだから金持ちってのは……!

 バイトで1万円稼ぐのがどれだけ大変かわからせてやりてぇ!

 ゲーム代のために時給550円で必死に働いた俺の純粋ピュアな気持ちを返せ!


「どうします? 先に武器屋行っちゃいます?」

「こらこら、待て待て。買う気満々じゃねーか。こういう場合は先に転職したほうがお得だったりするだろ?」

「うぐっ、確かにそうですよね。ゲームによっては転職祝いで装備品をもらえたりしますもんね」

「そのとーり。さすがゲーム狂、わかってらっしゃる」

「ゲーム狂じゃなーい!」


 と言うわけで、聞き込み開始!


 なんて意気込んでみたが、一人目のNPCで超あっさり判明した。


 街の真ん中にある冒険者ギルドへ行けばいいらしい。



 俺とヒナは『て~んしょくっ、て~んしょくっ』と妙な歌を口ずさみながらギルドへ向かうのだった。




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