第68話 静かな湖面のド真ん中から
月夜の中を、先頭切ってズンズン歩く。
それもかなりの大股で。
予言の湖を目指して進め進め。
ついてこれない者は置いて行くぞ!
だが、やはり現実は甘くなかった。
いや、ゲームの中だけども。
「アキきゅん。抱っこしましょうか? 歩くの大変そうですし」
「あ、それならば是非私が(ハァハァ!)」
「なんなら僕が背負ってもいいけど?」
「キンさんはダメです! どう見ても事案発生ですよ!」
「な、なんてこというんだい! (アキくんは中身が男じゃないか!)……うぐぐ……(危なかった……思わずポロッと言ってしまいそうだったよ)」
「ならばやはり一番力持ちであるこの私が」
「いえいえ、一番(INT的に)賢い私が」
「いやいや、一番(LUK的に)運のいい僕が」
口々に好き勝手を言い合う我がパーティーメンバー。
歩幅の小さい俺を慮って、というよりは煽っているようにしか聞こえない。
くそぁ!
ちっこいからってバカにしやがってぇ!
だが、俺を舐めるなよ。
こんなこともあろうかと用意してきたんだからな!
無言で立ち止まった俺を怪訝そうに見やる一同。
俯いた俺の目は長い金髪の前髪で見えまい。
俺は視線だけで周囲に他のプレイヤーがいないか確認した。
そして────
「出でよユニコーン!」
(呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! でございます)
「古いですよ!」
「古すぎる!」
「そのフレーズは懐かしのアニメ特集で耳にした記憶があります」
俺の召喚に応じ、インベントリから現れたユニコーンのニコへ一斉にツッコミが入る。
呼んだ俺ですらも、それはないわーと思ったくらいだ。
きっと【OSO】のプログラマーは昭和の人なのだろう。
だが、颯爽と顕現した一本角の白馬に全員が目を見張った。
ニコが以前にはなかった馬具一式を装備していたからである。
俺は身軽さを活かし、鐙を踏んでサッと飛び上がりニコへ騎乗。
へっへっへ。
馬具さえあればこんなもんよ。
母方の実家で鍛えた馬術を甘く見てもらっちゃ困るぜ。
「ふははは! 見たかわたしの力! おーおー、高みから見下ろすってのは気分がいいねぇ!」
一同の頭を眼下にグルリと見渡し、いつも見下ろされている恨みをここぞとばかりに晴らしておく。
「アキきゅんの力じゃないですよねそれ」
「明らかにニコさんの力です」
「アキくん、虚しくないかい?」
「うるさいうるさい!」
いい気分を1秒未満で潰してくるとは。
さすが愉快な仲間たちだ。
ちくしょうめ。
「でも、すごいですね。その装備はどうしたんです?」
「うん。首都ってNPCの騎士団がいるっしょ?」
「いますね」
「中には騎兵もいたし、もしかしたら馬具を扱うショップもあるのかなーと思って聞いてみたらビンゴだったってわけ」
「あ、なるほどー」
ポンと手を打つヒナ。
彼女が本当に理解できているのかはともかく、わざわざ特注で幼女サイズに作ってもらった馬具はピタリと俺に馴染んだ。
これでニコの全力を引き出せるはず。
少なくとも制御は可能になっただろう。
「さぁ、これでもう遅れないよ!」
「アキきゅん……これはズルですよね?」
「ズルだね」
「私もニコさんに乗ってみたいです」
「ズルくないっ!」
そんなどうでもいいやり取りがあって再出発。
順調順調。
今度こそ先頭に立ち、みんなを先導するようにカッポカッポと蹄の音も高らかに歩く。
ニコもゆっくりと外を満喫できて楽しそうだ。
野越え山越え谷越えて。
俺たちは猛然と進んだ。
一部誇張表現があったことをお詫びします。
実際は小一時間ものんびり行ったあたりに、問題の湖と思しき場所があった。
「ニャル、ここで合ってる?」
「……は……はいですご主人さま……ニャル……」
ツナの缶詰さんに愛でられ続けたニャルは、もはや虫の息でそう答えた。
一瞬で青々としていた毛並みは真っ白と……なったりするはずもないが、そのげっそりとした姿はまるで老猫と化したように老け込んでしまっている。
可哀想に。
あとで美味い魚をいっぱい食わせてやるからな……
だから、身代わり任務は今後も頼んだぞ!
雑木林を抜け、問題の湖と直面する俺たち。
思っていたよりは小さめだが、そこらの池や沼なんかよりは余程広い湖面であった。
湖の周囲全体を俺たちが入って来たような雑木林で覆われているのはなんとも風情がある。
湖水に淀みはなく、凪であるせいか、鏡面のように月光を跳ね返し木々や雲を映し出していた。
昼間であれば、さらに美しい景観が見られることだろう。
「うーん、とってもいい景色!」
「ですねー、水も澄んでてきれーい」
「これはなんとも風流だねぇ。いやはや、ゲームの進歩とはすごいものだ」
「ピクニックでここを訪れるのも良いかもしれません」
「あ、いいですねーそれ。またお弁当作ってきましょうか?」
「本当かいヒナさん!? いやぁ楽しみだなぁ!」
「……キンさん……がっつきすぎじゃね?」
「アキくん、僕が女の子の作った料理を食べる機会なんて、残りの人生にあと何回あると思っているのかね?」
「ぐっ……それは……(そうかもしれんが、そんなに堂々というか?)」
「いえ、キンさんはとてもいい人だと思いますが?」
「あっ、ツナお姉さん! それは禁句です!」
「…………いい人扱いでは彼女が出来んのじゃあああああ! そんなもんは体のいい振り文句なんじゃあああああああ!!」
「で、でたー!」
などと俺たちが大騒ぎしていた時、湖では異変が起こっていた。
いつの間にか湖面には流れが生じていたのだ。
「全くもって騒々しいのう」
そして湖の中央にできた渦の中から声が聞こえる。
俺たちは驚くと同時に、誰もが魔術師マーリンさんの言葉を思い出していた。
『アーキー王! このエリアの近辺に『湖』がございますれば、そこへ赴き『湖の乙女』とお会いなされるがよろしかろうと存じます!』
ならばこの声の主こそが『湖の乙女』のはず。
自然と期待に満ちた視線がそこに集中する。
「やれやれ、よっこいしょっと」
難儀そうな声と共に、渦から遂に姿を現し…………えーと……なんだあれ!?




