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第67話 予言の湖を目指して



「あきのん先輩! ほんっっっとーにすみません!」


 両手を合わせて頭を下げまくるヒナ。

 同時にツインテがぴょんこぴょんこと跳ねまわり、まるで俺を煽るかのように顔へぺしぺしと打ち付けられる。


 わざとやってんのか……?


「もういいよヒナ。俺は気にしてねぇし」


 さっきからもういいと何度もいっているのにやめようとはしない。

 俺が心配しているのはヒナの腰だ。


 そんなに腰を曲げまくったら疲労骨折しちゃうぞ。

 俺の母方の婆ちゃんなんて、畑仕事のやりすぎで腰が曲がったままになっちゃったからな。


「そうはいきませんよ! だって、うちのパパがあきのん先輩に迷惑をかけたんですもん! すみませんすみません!」

「いや、もう終わったことだ……って、ふがっ、ツインテが鼻に……ぶはっくしょん!」


 またうまいこと髪の先が俺の鼻に入ってきたもんだな。

 思わずくしゃみが出ちゃったろ。

 べらぼうめぇ。



 ここは文科系部室棟の一室。

 パソコンやゲーム機器がずらりと並ぶゲイム部の部室である。


 ヒナの親父さん、つまり理事長との邂逅を終え、教室へ戻った俺は予告通り全力で前園を煽ってやった。

 あいつの流した血涙は、俺にとって生涯最高の思い出となるだろう。


 そしてホームルームと全校集会も済ませて苦行から釈放されたあと、ヒナとの約束を果たすために部室を訪れたわけだ。


 一応、ヒナへは報告のつもりで朝の顛末を話した結果が今の状況だったりする。


「もー! あとで思い切りパパを叱っておきますから!」

「わかった、わかったって、いていて、あーもう!」

「!」


 俺はお辞儀を止めないヒナを強引に抱きしめた。

 途端に大人しくなり、しなだれかかってくるヒナ。


「……ごめんなさい」

「なんでお前が謝るんだよ?」

「だって身内の恥じゃないですか……娘の交際相手にまで口出しするなんて……パパ大嫌い!」

「ま、まぁ、親父さんもそれだけヒナを愛してるってことじゃんか。許してやれよ」

「……うぅ……あきのん先輩優しい……大しゅきぃ……」

「それに、結果だけ見れば大勝利だろ? なんせ親公認みたいなもんだし(爺ちゃんのお陰だけど)」

「……はい」

「これで大手を振って付き合えるよな」

「はいっ! えへへー」


 やっと笑顔を見せてくれるヒナ。

 見つめ合った俺たちはどちらからともなく顔を寄せ、キスまで1ミリの距離で言い忘れたことが口をついた。


「あ、そういや俺たちが付き合ってるのみんなにもバレちった」

「は……はぁぁぁ!? なんでそうなるんです!?」

「外でキスしてるところを見られてたみたいでさ。あの勢いじゃ校内中に知れ渡るのも時間の問題……」

「!!!」

「ちょっ、やめっ、俺に当たるなよ!」


 ゲーミングチェアに置いてあったクッションでボフンボフンと俺の顔を叩くヒナ。

 ヒナは羞恥と怒りで真っ赤になっている。


 可愛いヤツだなぁ。



 その後、2時間ほどゲームに興じ、帰宅した。


 対戦成績は10勝8敗5引き分け。

 勿論俺が10勝だが、知らぬ間にヒナもだいぶ腕を上げていた。


 そのうちまくられるかもしれん。

 精進せねば。


 ちなみに昼ご飯は、日菜子さんお手製のお弁当をお互いに『あーん』しながらいただきました。





 そして夜。


 夕食と風呂を済ませていつものように【OSO】へログイン。


 昨晩ログアウトした場所では、気持ち悪い笑みを浮かべたキンさんがウッキウキで佇んでいた。


「やぁやぁアキくん。良い夜だねぇ」

「……きもっ」

「? なにかいったかい?」

「いや、随分機嫌がいいけど、職場でなにかあったのかなって」

「ぐっ!(即座に仕事を思い出させるとは、さすが鬼畜のアキくんだね……!)むしろ逆さ。明日からお盆休みなもんでね」


 こらえきれないように『ぐふふふ』と気持ち悪い笑いを漏らすキンさん。

 そんなに今の仕事が嫌いなら転職してしまえばいいのに、と思ってしまうのは俺がまだガキだからだろうか。

 大人ともなれば、そんな風に一時の短絡的な思考では生きていけないのかもしれない。


「こんばんは、アキさん、キンさん」


 そうこうしているうちにツナの缶詰さんもログインしてきた。

 早速俺を怪しげな目付きで見ているのは抱っこしたいからに違いない。

 うずうずしたような手付きが如実にそれを表している。


 ならば俺はそれを回避するために生贄を召喚するのみ。

 ついでに聞きたいこともあるしな。


「ヘイ! ニャル! カモン!」

「はいですニャル! ふぎゃっ!?」

「!!」


 ボワンと顕現する青猫のニャル。

 すかさず首根っこを掴んでツナの缶詰さんへ放った。


「ニャル、ちょっと聞きたいんだけど、確か湖がここらにあるっていってたよね?」

「ぎにゃーーー! は、はいニャル! みぎゃあああああ! で、でも、街道からは少し逸れますニャル! ふぎゃーーーーー!!」


 ものすごい勢いでニャルを愛でるツナの缶詰さん。

 それでも絶叫しながら返事をするニャルは大したものだった。


 うむ。

 それでこそ俺の眷属。

 ツナ姉さんから滅茶苦茶に愛でられるのはお互い慣れっこだよな。


「北のほう?」

「ふぎぃぃぃいい! いっ、いえ、南側ですニャル!」


 ふむ、てことはあっちか。


「アキくん、そういえばヒナさんはどうしたんだい? まだ来ていないようだけど」

「そろそろ来るとは思うよ……でも確かに遅いかも」

「そうなのかい? 几帳面な彼女にしては珍しいね。何事もなければいいんだが」

「……」


 一抹の不安をよぎらせる俺とキンさん。

 しかしその日、ついにヒナが姿を現すことはなかったのである。



 なーんてことはあるわけもなく。



「こんばんはー! ごめんなさい、バタバタしてて遅くなっちゃいましたー! アキきゅぅぅぅん!」

「ぐほあっ!」


 ログインするなり俺へタックルをかますヒナなのであった。

 そして嬉しそうに耳打ちしてくる。


「アキきゅんアキきゅん! パパにはきっちりお仕置きしておきましたから! もう一生口をきいてあげないっていったら、『許しておくれ日菜子~!』って号泣してました! アキきゅんの仇は取りましたよ!」

「うわぁ……親父さん気の毒ぅ……ってか叱ってて遅れたのかよ……つくづく哀れな……」

「これでも足りないくらいですっ! 本気でボコボコにしようかと思ったくらいですもん!」

「バイオレンス!」


 愛する娘からそんなことを言われたらうちの親父も絶対泣くわ。

 放浪親父だが、あれでいて夏姉や春乃を溺愛してるからな。

 時々俺にまで頬ずりしてくるのは迷惑極まりないが、少しばかりアメリカンな愛情表現だと思うことにしてる。

 純日本人だけど。


 ともあれ、これで愉快な仲間たちは揃った。



「んじゃ、予言の湖を目指してしゅっぱーつ!」



 俺の掛け声に『おー!』と返すノリの良い面々なのであった。




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