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第66話 厳しい現実 …からの逆転!



 クラスメイトだけでなく、余所のクラスの野郎にまで取り囲まれて連行される俺。


 ルートからして、どうやら行き先は屋上のようだ。


 ま、妥当というか、人目をはばかる話をするにはもってこいの場所ではある。

 そして揉め事を始めるのにもな。


 取り囲んでいる連中の顔を見るに、用件も内容もすぐにわかった。

 こいつらの共通点はひとつしかない。


 全員がヒナに振られた野郎どもだ。


 ほんと、わっかりやすいなーこいつら。


 ギィ、と軋む金属製のドアを開けると、そこは真夏の日差しが容赦なく照り付ける吹きさらしの屋上であった。

 ホームルーム前の時間であるがゆえに人っ子一人見当たらないのは当然だろう。

 普段の昼休みならばここで昼食を食べる生徒も結構な数見かけるのだが。


 しっかし、あっちぃなぁ。

 朝からこれじゃ昼には地獄絵図だぞ。


 そして一人の男子が意を決したように俺に向かってきた。


「なぁ、火神カガミ

「あん?」

「別にボコったりするためにお前を呼んだわけじゃねぇけどよ」

「ああ」

「代表してオレが質問するから正~直に答えてくんねぇか? その答え次第ではどうなるかわからねぇぜ?」

「おう、いってみろよ」


 そう言ったのは俺の席の前に座る前園だ。

 こいつとは一年の時から同じクラスである。

 ゆえに気心も知れていた。

 こいつがいうのだからこれはリンチではなく尋問で間違いなかろう。


 どうでもいいが、いくら席替えしてもだいたい俺の前の席にはこいつが座っているのはなんでだ?

 ()園だからか?


「あ、あのよ。何日か前にお前と松宮まつのみやさんが一緒にいるのを見かけたヤツがいるんだけどよ」

「お、おう」


 いつだ!?

 それがいつ(・・)だったのかによっては非常にまずい!

 大ピンチだ!


「そいつはしばらくこっそりと見守ってたわけだ。そしたらよぉ、お前と松宮さんが…………キキキキ、キッスをしてたっつーんだけどよぉ!? どういうこった!?」


 あちゃちゃー!!

 一番ヤバいとこをピンポイントで見られてたぁ!

 最悪だこれぇ!


「なぁ!? マジで!? マジな話なのか!?」

「嘘だといえよ火神ィ!」

「まさかおめーら付き合ってんのかコラァ!?」

「ざけんなクソが! 日菜子さんがおめーなんかを相手にするはずねぇだろ!」

「どんな弱みを握ったんだ!? このクズめ!」


 額に手を当てしかめっ面をする俺へ、一斉に迫るむさい野郎ども。

 口角泡を飛ばすとはまさにこのことだろう。

 ここは結構な進学校だけに、いきなり手を出してくるヤツがいないのだけは大したものだった。

 しかし、血走った目の連中に俺はどう弁明すればいいのか。


 ……いやぁ、これはもう弁明も言い訳もいらねぇよな。

 世間知らずの坊ちゃんたちにも厳しい現実ってもんを突きつけてやらねぇとなぁ!

 俺に暴言を吐いたこと、後悔させてやるぜ!

 世の中には殴られるよりも痛いものってのがあるんだ!


「落ち着けよ敗北者(ルーザー)ども」

「なんだとぉ!?」

「てめぇに言われる筋合いはねぇぞ!」

「そ、その笑顔……ま、まさか……お前……」


 俺が薄く笑っているのを見て、前園が全てを察したらしく震える手で指差す。


 くっくっく。

 これでもくらえ!



「俺、ヒナと付き合ってるんだよね」


 前髪を払いながら、なんでもないことのようにいってやった。


「あ、ヒナから告白されちゃってな。ははは」


 これぞクリティカルヒット!

 ガーーーーンという効果音が聞こえそうなほど驚愕する前園以下、哀れな野郎ども。

 全員がみるみる蒼白となっていくのは見ものとしか言いようがなかった。


「じゃ、じゃあ、キキキスしてたってのは……」

「あぁ、マジだけど? それがなにか?」

「はぁぁぁぁああ!?」

「うわああああああああ!」

「聞きたくない! 聞きたくない!」


 耳を塞いでもんどりうつクラスメイト。

 もはや戦闘不能に陥った様子。

 だが、不屈の闘志で更に訪ねてきたのは前園だった。


「どどど、どんなだった!?」

「うん、とても柔らかかったぞ」

「ふあああああああ!」

「嘘だ嘘だ! 日菜子さんはそんなことしない!」

「うっぎぃぃぃぃぃいいい!」


 奇怪な絶叫を上げる連中に、俺は容赦なく追い打ちをかける。


「ヒナはどこもかしこも柔らかくていい匂いがしてなぁ。『甘いキス』なんていうけど、ありゃ本当だぜ? 桃色吐息って感じでな」

「ぎゃあああああああ!」

「やめろおおおおお!」

「日菜子さんを汚すなあああ!」


 なんのつもりか、股間を抑えて転がりまわる男たち。

 中には全身を痙攣させて気絶寸前のヤツまでいた。

 よほどショックだったのだろう。


 お前らみんな童貞か。

 こんなので興奮するとか、純情すぎるだろ。

 いや、俺も人のことは言えないが、少なくともこいつらよりは一歩も二歩も先へ進んでいるからな。

 へっへっへ。

 ざまぁみやがれ。


「ま、そんなわけで俺とヒナは超ラブラブだから。悪ぃけどお前らはさっさと諦めろよ」


 俺のダメ押しに、グッと怯む前園たち。

 完全に毒気を抜かれた気配が伝わってくる。

 勝ったな。



「ほう。その話、大いに興味があるね」



 その時、やたらと渋い声が俺の後ろから聞こえた。

 振り返ると壁の陰から一人の男が現れたのだ。


 ビシッとしたいかにも高級そうなスーツ。

 白髪まじりの髪をオールバックにし、きちんと整えられた口ひげ。

 これでもかとダンディズムを追求したような容姿。


「り、理事長……!」


 前園の震えた声。


 この学園の理事長……

 はて、理事長といえば……


 やっべ!

 ヒナの親父さんじゃん!



「そろそろホームルームの時間だね。さぁ、教室へ戻りなさい」


 ギラギラとした高級腕時計を確認し、俺たちへ笑顔を向ける理事長。

 なぜかその笑みは少し強張っていると思えた。

 なにか隠し切れない怒りを内包したかのように感じたのである。


 そんな雰囲気を察知したのか、前園たちは口々に『失礼しまーす』といいながら階段へ走って行った。

 俺も便乗してこの場度を脱しようと思った時。


「きみは残りたまえ。いくつか聞きたいことがあるのでね」


 理事長の無情な一言が足を止めさせたのだ。

 遠くからは前園の『ざまぁみろ』との捨て台詞をいただいた。


 野郎、後で見とけよ。

 おもっくそヒナとのイチャコラぶりを自慢してやらぁ。


 仕方なく俺は理事長と正面から向き合った。


 なんとなく彼の苦み走った顔を見つめる。

 こういう時は変にオドオドせず、堂々とするのが鉄則だ。


 しかし、ヒナの親父さんにしては老け……ごほん、少々お歳を召しているよな。

 俺の爺ちゃんよりは年下だろうが、親父よりは年上だろうなぁ。

 うーん、ヒナは遅くに出来た子なのかもねぇ。


「きみが私の娘と付き合っているというのは本当かね?」


 ぐほっ!

 初手から手厳しい質問ですこと!

 ヒナの親父さん相手にどう答えりゃいいんだ!

 助けてヒナさま!


 だがどうせいずれは突き当たる問題だ。

 この際はっきりと知らせたほうがいいかもしれんな。


「はい。日菜子さんとお付き合いをさせていただいています」

「ぐぬっ!」


 俺のきっぱりとした返答に、理事長もダメージを受けた様子。

 初撃はお互い痛み分けだ。


「……すまない、ちょっといいかな?」

「? はい」


 理事長は懐から金のシガレットケースを取り出すと、タバコを咥えて火をつけた。

 そして自らを落ち着かせるように思い切り吸い込んでから紫煙を吐き出す。


「……失礼した。私はここで一服するのが日課でね。校内禁煙で他に行くところがないのだよ。だから見逃してくれたまえ」

「はぁ、俺は気にしません」

「……それできみは、日菜子と……おっと、その前に、きみの名をまだ聞いていなかったね」

「あ、火神秋乃です」


 嫌々ながらも名を伝える。

 やはりコンプレックスはそう簡単に払拭できない。


「ふむ、火神……はて、カガミ……?」


 しばし逡巡した理事長の口元から灰がポトリと落ちた。

 そしてみるみる目が見開かれて行く。


「き、きみの家族に火神秋雄というかたはいらっしゃるかね!?」

「へ? はい、秋雄は祖父ですけど……」


 先程の前園たちと同様に、理事長の顔も一瞬で蒼白となった。

 おいおい、大丈夫か?

 変な病気とかじゃないだろうなこの人。


「なんと!? あ、秋雄さんのお孫さんがうちの学校にいたとは……!」

「あの、祖父がなにか……?」

「い、い、いや、なんでもないんだ! そうか、きみが秋雄さんの……よろしい! 秋雄さんのお孫さんなら信用に値する! 我が娘をよろしく頼むよ秋乃くん!」

「??? は、はい。日菜子さんはきっと俺が幸せにします」

「!?(10年早いわ! 調子に乗るなよ小僧めが! ……しかし秋雄さんには逆らえぬ……!)ぐんぬぬぬぅ! た、ただし清い交際を心がけるのだ! いいね!?」

「は……はい」


 理事長の鬼気迫る剣幕に、俺は頷くしかなかった。



 爺ちゃんの名前が出た途端に豹変したぞ。

 なんだか知らんが、これは認められたってことでいいのか?

 いいよな?



 おっとぉ、もしや親公認ってやつじゃないですかぁ!?



 うっひょう!

 サンキュー爺ちゃん!




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