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第65話 現実は厳しい



「しかしさぁ、マーリンさんの予言……ってかフラグ説明も超ざっくりしてたよなぁ。有名人なのにあんなキャラでいいのかあの人?」

「このエリア近辺の湖、としかいってませんもんね」

「彼も正確な場所を知らなかったんじゃないかい?」

「ですが、首都を発つ前に受けたニャルさんの解説では湖の存在を窺わせていました」



 伝説の魔術師マーリンさんと別れた俺たちは、街道沿いに東への行軍を再開していた。

 彼に聞いた予言に従うべく、湖の探索に乗り出したのである。


「あー、確かに。湖を越えた先に東の果ての街があるとかいってたっけな。湖の場所はニャルに聞いたほうが早いかもしれ……ん?」

「……アキきゅん、油断しすぎじゃないですか……?」

「! せ、せっかくだからみんなでその湖に寄っていくのはどうかしら!?」


 ヒナに耳打ちされ、慌てて口調を変える俺。


 忠告サンキュー!

 本気で油断してたわ。

 そういやツナ姉さんが一緒だったな。

 危ない危ない。


 でもなぁ、なんでかツナ姉さんは他人な気がしないっていうか、古くからの知り合いな感じがしてつい気を抜いちゃうんだよな……

 キンさんよりもだいぶあとに出会ったのはわかってるつもりなんだが。

 まっこと不思議よのう。


「うーむ、そうしたいところだけど、時間的にそろそろまずいね。明日も仕事があるしさ。あ、明日を乗り切ったら僕もお盆休みに入るんだ」


 いつもの『働きたくない症候群』は発動せず、ウッキウキなそぶりのキンさん。

 社会人のほうが休日とはありがたいものになるらしい。


「今は午前2時前といったところです。アキさんとヒナさんもそろそろ睡眠をとるべき時間ではありませんか」


 見た目のごつい鎧同様にお堅いことを言い出したのはツナの缶詰さん。

 騎士のロールプレイに徹しているせいか、やたらと真面目だ。


 いや、どっちかといえばオカンみたいな感じ?

 意外と世話焼きだもんなこの人。


「そっか、もう世間はお盆に……」

「アキきゅん!」

「なっ、なに!?」


 急に大声を張り上げるヒナ。

 思わず15センチメートルほど飛び上がる俺。

 宙に浮かんだ俺をそのままキャッチし、ヒナは耳に顔を寄せてくる。


「忘れてました! 明日は登校日ですよ!」

「登校日ィ? …………ハッ!? そうだった……!」


 夏休みが充実しすぎていてすっかり失念していた。

 俺たちの学校には未だにクソかったるい登校日なんてもんがあるのだ。


 うわぁ。

 久しぶりに感じるよ。

 このめんどくささというか倦怠感というか。

 やべぇ。

 キンさんの行きたくねーって気持ちが今ならすっげぇわかる。

 俺、たぶんヒナがいなかったらサボってたね、うん。


 ……いや、やっぱり無理だな……

 夏姉は俺や妹の行事スケジュールを知ってるはずだし、絶対に忘れたりしないもん……

 サボろうとしても叱られるか泣かれるのがオチだろうよ。

 あんなに普段はポヤンとしてるのに……

 弟妹を愛しすぎだろ。


 それはともかく、嫌すぎる現実が判明した以上、さっさと寝るしかあるまい。


「じゃあ、今日はここでいったん落ちたほうがよさそうね(寝坊するとまた夏姉に泣かれそうだし)」

「で、ですねー(どうしよう!? お肌の手入れとかしてないのに! 明日あきのん先輩に会うの恥ずかしいよー!)」

「うむ。そうしようか(一日我慢すれば休みになる。働かなくていい、いいんだ!)」

「了解したしました。では明日の夜に再び相まみえましょう。皆さん、お疲れ様でした」


 俺たちは口々に『お疲れ様』と言い合ってからログアウトした。



「……」


 一人残ったツナの缶詰さんが、ウィンドウを開いて現在地の座標を確認すると、そのままどこかへ立ち去ったことなど知る由もなかったのである。






「おーっす」

「嘘っ!? あきのん先輩がちゃんと来た!? おはようございます! 遅刻しないなんてすごいじゃないですか。あと3分待って来なかったらダッシュで先輩の家へ起こしにいくところでしたよ」

「ぶっ! 寝坊するのが前提かよ」

「はい!」

「元気一杯にいわれましても困るんですがねぇ……」


 通学路でヒナと合流し、二人でてくてく学校へ向かう。


 周囲には他の学生たちもいるが、女子はともかく、野郎どもからの視線は相変わらず痛い。

 俺には明確な敵意を、ヒナへは羨望と憧れの眼差しを。


 半年近くもこれを食らい続ければいい加減慣れてくるってもんだ。

 ま、いちいちつっかかってくるバカがいないのは救いかねぇ。

 最初は鬱陶しいほどいたからな。

 主にヒナへ告って玉砕した連中だけど。

 それも俺がヒナの主催する『ゲイム部』部員だと知れ渡ってからは極端に減ったわけだ。

 ヒナの熱きゲーム魂についていける野郎は俺しかいなかったからな。


「今日は午前中で終わりですよね」

「ん? うん、そうみたいだな」

「……午後はどうします?」


 少しモジモジしながら尋ねるヒナ。

 すぐにピンと来た。

 本当に愛いヤツだなぁとしみじみ思う。


「そりゃ勿論、一緒に『部活動』、だろ?」

「はい?」

「たまには他のゲームもやりたいじゃん?」

「! はいっ! そうしましょー!」


 俺の意図を察したのか、弾ける笑顔で返すヒナ。


「まずは格ゲーの対戦だな。すっかり鈍ってるだろうし」

「あっ、いいですねー! 負けませんよ!」

「んじゃお前、投げキャラ禁止な」

「!? なんでですか!」

「投げにこだわり過ぎなんだよ。だから俺に勝てない。さぁ、投げますよーってのが見え見え」

「ぐっ! 痛いところを的確に突いてきましたね……私の乙女心はズタズタです」

「むしろ打撃キャラのほうがヒナに向いてるんじゃね? お前、めくりとか上手いんだからさ」

「でもでも! 先輩と(対戦して投げ間合いの読み合い)するの、すっごく気持ちいいんですよ!?」


 聞きようによってはヤバすぎるヒナの発言に、数人の男子がギョッとした目でこちらへ振り返る。

 女子に至っては明らかに変質者をみる目付きだ。


 やめろぉ!

 そんな目で見るなぁ!

 決していかがわしい会話じゃないぞ!



 しかし、ヒナと玄関で別れ、教室に入った俺を待っていたのはもっと厳しい現実だったのである。




「よう、火神カガミ。ちょっとツラ貸せや」




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