第63話 伝説の魔術師
「お前ら物好きだねぇ。そのNPCは……って、うおっ!? 幼女!? なんで幼女がこんなところにいるんだ!? おいおい! こっちのツインテちゃんもめっちゃ可愛いな! お嬢ちゃんたちいくつ? レベル上げなら手伝っちゃうぜ?」
行き倒れのNPCへサンドイッチを食べさせていた俺たちへ声をかけてきたのはいかつい男。
確か先程リスと戦闘していたプレイヤーだ。
あー、こういうリアクションされるのもいい加減慣れてきたなぁ。
大抵の連中は俺の姿に驚くか萌えるかだもんね。
「なにが物好きなんだい?」
ズイッと俺たちを庇うように前へ出るキンさん。
おお、意外と男らしいところもあるじゃないか。
……もしかして格好付けてんのかな?
「ああ? 野郎はすっこんでろ。オレはこっちのカワイ子ちゃんたちに話してんだ」
「そ、そうはいかないよ」
「ああん? テメェ、まさかこの子たちのカレシか?」
「い、いや、そうではないんだが……」
「フンッ、だったら黙ってろ」
ガタイのいい男に凄まれ、怯むキンさん。
しまいには鼻で笑われている。
しかし、【OSO】にこれほどコッテコテなステレオタイプのごろつきプレイヤーがいるのは珍しいな。
色々な面で女性プレイヤーを重視しているゲームだけに、不埒な真似をする連中には運営側も厳しくペナルティを与えるという話なんだが……
……ははーん。
さてはこいつ、なんちゃってチンピラだな?
荒くれもの役を強気の言動で演ずる、いわばチンピラロールプレイだろ?
時々いるんだよ。
こうやってちょっと悪っぽく見せればモテると思ってるおバカさんがな。
やってることは珍走団と一緒だ。
自分では格好いいと思ってるんだろうが、実際は果てしなくダサいと思われてることに気付いてほしいもんだね。
ま、ゲームの中でくらい『俺TUEEE』とイキがりたい気持ちもわからんではない。
レベルもそれなりに高くなると、自分が強くなってる気がしてきちゃうからな。
現実ではなにも変わってないのがまた虚しいんだが。
さて、ビビっちゃてるキンさんに助け舟を出してやるべ。
────数十秒後。
「ヒ、HP全損だけは勘弁してください……! オレの復活地点はファトスなんですよ……!」
俺の手によってボコボコにされ、土下座をしながら涙を流すチンピラ風プレイヤー。
「アキきゅん、そのへんにしといてあげてはどうです? この人、HPがミリしか残ってませんよ」
「きみのおかげで僕の留飲も下がったからもういいんだよアキくん!」
「……こういってはなんですが、戦うアキさんはとても男らしく感じました。あっ、いえ、小さな女の子なのに失礼いたしました」
フンスフンスと鼻息も荒く仁王立ちする俺を三人がかりで止める我がパーティーメンバー。
なぁに、殺しはしないよ。
ちょっくら肉体だけで戦ってみただけさ。
……勝手に技を使ったのがバレたら爺ちゃんに俺が殺されるかもしれんが……
「そんで? このNPCがなんだっていうの?」
「へ、へい! こいつぁ、おかしなNPCでして、誰が声をかけても、姐さんたちがしてたみてぇに食べ物をいくらやっても無反応なヤツなんでさぁ!」
誰が姐さんだ、誰が。
てか、急に三下みたいな口調になっちゃったぞ。
ある意味ロールプレイに徹したすげぇヤツだな。
「あっしはこう見えて【OSO University】に所属してるんですがね、団内でもたびたび話題に上るんでさぁ」
「ユニバーシティ? ゲーム内に大学なんてあるの?」
「いえ、いわゆる考察団でさぁ」
「あぁ、なるほどね」
「こいつ、見た目はすげぇイケメンでしょ? だから女性プレイヤーには人気があるんですが、いくら美人が言い寄ってもこの調子なんですよ」
「ふーん。そっか、わかった。情報ありがとっ! あと、殴っちゃってごめんね!」
「……あ、姐さん……!」
俺の笑顔に頬を染める彼。
ワナワナ震えたかと思いきや、いきなり立ち上がって叫んだ。
「うおおおお! あっしは姐さんに惚れやした!」
「ロッ、ロリコン!」
「ロリコンですよお巡りさん!」
「ロリコンが出たぞー!」
「幼女性愛趣味は許すわけに参りません!」
「ぐああああ! 待って! 待ってくだせぇ!」
全員から指をさされ、顔を両手で覆い隠す男。
一応羞恥心はあるらしい。
「違いやす! あっしは姐さんの男気?に惚れたんでさぁ!」
「……」
いや、確かに中身は男だけどさぁ。
男気なんて出してたか?
「実はあっし、姐さんと接触せよと上からの指示でこの辺りを張ってたんでさぁ」
「えぇ!? なんでわたしを!?」
「あっしは下っ端なんで詳しいことはわかりやせんが、見つけ次第上の者に連絡しろって言われてました」
「そうなんだ……」
正直思い当たることは山ほどある。
その『ユニバーシティ』とやらは、まず間違いなく俺が持つユニーク関連の情報が欲しいのだろう。
「だけど心配いらねぇですぜ。あっしがうまいこと連中を煙に巻いてやります!」
「え、いいの……?」
「へい。これから早速戻ってニセ情報を流してやりまさぁ!」
「あなた……見かけによらずいい人ねっ!」
「うっへへへ! おだてないでくだせぇや! ほんじゃ!」
彼はそう言い残し、疾風の如く走り去っていった。
あの走りっぷり、アスリートなのか……?
あっ、名前を聞くのも忘れてた。
……ま、いいか。
それよりも問題はこのイケメンNPCだ。
結局謎だけしか残されていない。
こんな場所にずっと行き倒れているNPCの時点で誰もが怪しむだろう。
それはいいが、今までにフラグすら発見されてないのはおかしい。
未実装のイベントキャラなのかなぁ?
俺はヒナからもうひとつサンドイッチを受け取り、NPCの前にかがんで差し出してみた。
ふと顔をこちらに上げるNPC。
男の俺ですら見惚れてしまうほどのイケメンだ。
フードを被っていてもわかるサラサラの銀髪。
紫がかった色の、神秘性と知性を秘めた瞳。
なるほど、こりゃ女の子から人気も出るわ。
「あ、あなたは……?」
「!?」
しゃべった!?
「わたしはアキよ。お腹空いてるんでしょ? 食べて」
「ありがとう……ございます……」
初めて口を開いたNPC。
固唾を飲んで見守る一同。
それを知ってか知らずか、黙々とサンドイッチを頬張るNPC。
「……アキ……? アーキー……?」
「なぁに?」
なにか重大なことを言うのかもしれないと、俺は努めて笑顔を作った。
その実、一言も聞き漏らすまいと、耳をすませながら。
ジッと俺を潤んだ瞳で見つめ、彼が発した言葉は────
「……高貴さと愛らしさを兼ね備えたその御姿……あなたは……アーキー・ペンドラゴンさまでは!?」
「はい!? アーキー!? ペンドラゴン!?」
「私でございます! 我が王! 魔術師のマーリンでございます!」
「はいぃぃぃ!?」
魔術師マーリンて、伝説に謳われるあの!?




