第62話 行き倒れのNPC
天猫津国を目指すと宣言してから数日後、ようやくパーティーメンバー全員の都合がついた。
それというのも、キンさんが急な出張が入ったとかで、出先では【OSO】にログイン不能であったためである。
そして、ツナの缶詰さんも廃人団『ハンティングオブグローリー』のほうでなにかゴタゴタだかいざこざだかがあったらしく、これまた俺たちへ顔を見せることもできなかったのだ。
そうなると俺とヒナだけで出発するわけにもいかず、かといってレベルを上げようにも既にカンスト済み。
俺たちはいきなり暇を持て余すことになってしまったのである。
この期間を利用してヒナとマンツーマンの元、がっつりと勉学に励み、一気に課題を終わらせた。
そしてデート三昧……とはいかず、俺は祖父の家で鍛錬に励んでいたのだ。
いや、デートもしたんだけどな。
あんまり遠出はできないからプールとか図書館とかね。
あぁ、ヒナの水着姿かわいかったなぁ。
……なんでか妹の春乃までついてきてたもんで、あんまりじっくりと見られなかったのが残念だった……
春乃は新しく買った水着を異様に見せたがるしさ。
小学生の妹、しかもぺたんこの水着姿を見てもなぁ。
つるぺたなら自分の幼女アバターで見慣れちゃってるし……
まぁ、ヒナもグラマーとは言い難い……
「アキきゅん……なにかいかがわしいことを考えてません?」
「!?」
エスパーヒナだ!
絶対テレパシーだろこれ!?
お前はユニコーンのニコと同じ技を!?
(主さま、このニコをお呼びですか?)
呼んでません!
まぁ、そんなこんながあって俺たちはようやく集合し、首都アランテルを意気揚々と発ったわけだ。
現在は戦乙女の神殿も過ぎ、夜の街道を更に東へと驀進中なのである。
……徒歩でね。
まだちらほらとプレイヤーも見かけるからニコへの騎乗はできない。
それに、キンさんだけ乗れないんじゃ可哀想だしな。
「そうだ、アキきゅん。例の試作品が完成したんですよ」
「おっ、もうできたの?」
「試作品、ですか?」
「なんの話だい?」
俺たちの会話に後ろから首を突っ込んでくるツナの缶詰さんとキンさん。
「えへへ~、じゃーん! これでーす!」
注目を浴びて、いたずらっ子のように笑うヒナがインベントリから取り出したるは、籐で編んだバスケットらしきもの。
キンさんとツナの缶詰さんがハテナマークを浮かべるなか、ヒナは得意気にバスケットの蓋を開けた。
「おー、いい出来じゃん!」
「これは……!」
「サンドイッチかい!?」
「はい! ずっと練習してたんですよー! お二人も味見してくださいね」
バスケットの中には三角のサンドイッチが整然と並んでいる。
ヒナの几帳面さが成せる業か、それともゲームシステムの補正か、びっくりするくらい綺麗な直角三角形だった。
だが練習を積んだと豪語するだけあって、見た目も色とりどりで美味しそうだ。
実はヒナ、現実でも【OSO】でも料理スキルを身に付けようと、ここ数日ずっと頑張っていたのである。
ええ、勿論どちらの試食係も俺が務めましたとも!
『夏乃お姉さんに負けないくらい美味しい料理をあきのん先輩に作ってあげたいんです』
なーんて健気なことをいわれちゃ、嬉しくて舞い上がるよ俺も。
まぁ、元々ヒナは料理センスが欠落していたわけでもないし、最初からそこそこのモノを作っていたのが救いだけどね。
ただ、ヒナ自身が味に全く妥協しないもんだから、ものすごく食わされたひと夏の思い出。
俺もよせばいいのに、その後には夏乃姉の食事もきちんと食べて自爆する毎日。
だってさぁ、食べないと姉ちゃんが泣くほど心配するんだよ。
昔は俺って異様に食が細かったからな。
姉ちゃんを悲しませるくらいなら、そりゃあなた、俺だっていくらでも食いますよ。
「ど……どうです……?」
食べながら歩く俺たちの様子を、胸に手を当て不安そうに見守るヒナ。
可愛さは100点ですといってあげたい。
「美味しい……! とっても美味しいですよヒナさん!」
素直に驚嘆するツナの缶詰さん。
待って。
ツナ姉さんは今、どこからサンドイッチを口に入れたの?
兜被ったままだよね?
「び、美少女の手作り料理を生まれて初めて食べているッッ! 僕ぁ幸せだッ! 最近のご馳走といえばグランマカレーくらいだったからねぇ!」
そして、あらぬ方向で感動に打ち震えるキンさん。
コ〇イチかよ!?
いやそっちじゃねぇよ。
味の感想をいえよ。
しかも今はゲームの中だぞ?
いくら美少女の手作りとはいえ、虚しいだけだろうに。
仕方ねぇ、模範的な回答ってのを聞かせてやるぜ!
「うん! 最高に美味しい! ヒナは天才だね! 一流シェフの味を超えてるよ!」
「……アキきゅんがいうと嘘臭くありません?」
「なんでだあああぁぁ!?」
ヒナの無情な一言に愕然とする俺。
「だって、これまでに散々味見をしてるじゃないですか。私の腕前がどのくらいかはアキきゅんが一番よくわかっているはずです」
「……ぐっ、それはそうだけど……」
「嘘嘘、嘘ですよ。大好きなアキきゅんに美味しいっていってもらえるのが一番嬉しいです。えへへ」
こっそりと小声でそう言い、微笑むヒナ。
俺も大好きです!
「んむ、うむ。この肉、とてもジューシーだね。豚肉かな?」
味わうように何度も噛みしめるキンさん。
「あ、それはニードルボアのお肉ですよ」
なんの斟酌もなく、辛い現実を突きつけるヒナ。
見よ。
キンさんの咀嚼がピタリと止まったではないか。
「白蓮の森にいたあの……?」
「はい。高値で取引される良いお肉なんです」
「へ、へぇ、そうなのかい……」
笑顔が引きつってんぞ。
ま、俺も最初に聞いた時は同じ顔になったよ。
美味いから気にならなくなったけどね。
パクリとサンドイッチを齧りながら、てくてく街道を歩く。
さすがにこの辺りまで来ると首都に戻る利便性も悪くなるためか、狩りをするプレイヤーの姿もまばらだ。
それでも薄闇の中に幾人か見える。
先程リスのような姿のやたらすばしっこいモンスターと戦闘になったが、そこそこ経験値も入った。
攻撃力はそれほどないため、こちらの攻撃が命中さえすれば美味しい狩場なのだろう。
今も近くでプレイヤーがそのリスと交戦中だった。
みんな頑張ってるねぇ。
などと考えた時、街道に白く丸いものがあることに気付く。
「なんだありゃ?」
怪訝に思いながらも近付いてみると、どうやら白い衣服の人物がうずくまっているらしい。
頭上にプレイヤーネームがないところを見るに、NPCなのだろう。
「なにやってんだろこの人?」
「寝てるんですかね?」
「こんなところで!? その発想はなかったわ。ヒナすげぇな」
「えへへへ」
いや、全く褒めていないのだが。
そんな嬉しそうにされても。
「うーむ。なにやら怪しい雰囲気だね。関わらないほうがいいんじゃないのかい?」
警戒を示したのはキンさんだった。
確かに、なにをしているにせよ不自然な行動であるのは明らかだ。
「いえ。アキさん、騎士としては声をかけるべきだと思います」
そう意見を述べるツナの缶詰さん。
なるほど、騎士のロールプレイに徹する彼女らしい意見だ。
だけど俺は騎士じゃ……あぁっ、【姫騎士】だったぁ!
うーん、でもなぁ。
逡巡する俺にツナの缶詰さんは更に口を開く。
「プレイヤーであれ、NPCであれ、困っている者がいるならば、人として手を貸さねばならないと愚見します」
「そ、そうかもね」
「……?」
いつも控えめなツナの缶詰さんにしては珍しく押しが強い。
思わずヒナと顔を見合わせてしまう。
「ま、まぁ、ツナ姉さんがそこまで言うなら……」
俺は声をかけようとかがむ。
そして────
グゥ~キュルルルル
NPCの腹部からそんな音が聞こえた。
もしかして、行き倒れですかぁー!?
「あ、あの、食べる?」
俺は持っていた食べかけのサンドイッチを恐る恐るNPCへ差し出した。
すると今まで不動だったNPCが突如動き出し、受け取ったサンドイッチを貪ったのである。
それは、白い髪、白い衣服、白いマントと全身白尽くめのイケメンNPCだった。




