第6話 緊急事態がやってくる
「ヒナ! そっちへ行ったぞ!」
「任せてください! やぁっ!」
「ナイスナイス!」
「アキきゅんの後ろにもハニービーがいますよ!」
「おっとぉ!」
俺はやたらとでかいミツバチの体当たりを躱しながらロングソードを横っ腹に叩き込む。
剣をまともに食らったモンスターは粉々の結晶となって消え去り、ポロリとアイテムを落としていった。
【蜂の針1個獲得】
【ネトネト体液1個獲得】
油断なく次の目標を探しながらドロップアイテムを拾う俺。
あの長ったらしいチュートリアルの説明によれば、この世界における通貨はモンスターのドロップ品を売ったり、クエストを達成させたりして稼ぐものらしい。
なので、一個も逃すまいと必死に拾うのだ。
でもネトネト体液がマジでネトネトなんですけど……
ちなみにドロップしたままアイテムを放置して試したところ、数十秒ほど経つとノーマルだろうがレアだろうが問答無用で消えてしまうのだから余計必死だ。
貧乏性の俺にそんな事実が耐えられるはずもない。
高額な消耗品は使わずに勝つ!
これが俺のモットーであり、貧乏性の究極形だ。
まぁ、本気でヤバい時は泣く泣く使うんだけどな。
そして後から失敗したーと嘆くのさ。
「ふぅー、あらかたやっつけましたね」
「だな。また湧くまで休憩しようか」
「そーしましょー」
どっこいしょーとおばさん臭い掛け声で地べたに座るヒナ。
俺もなんとなくその場へ座る。
服が汚れたりしないのはVRゲームのいいところだ。
しかしゲーム世界とは言っても、疲労感は現実となんら変わらない。
座ったことで自然回復が加速するHPゲージを眺めながらしばしボーッとしよう。
ここは初心者アカデミーからマスコットAIのラビによって転移させられた森の中。
俺たちは真っ直ぐ最初の街ファトスには向かわず、ここである程度のレベル上げをすることにしたんだ。
これには戦闘に充分慣れておくと言う重要な意味もあるけどな。
初心者のジョブレベルを10まで上げれば転職が可能になると聞いた。
俺たちは経験値を公平に分配していることもあって、2時間ほど狩りをした結果、現在のベースレベルは10、ジョブレベルは7にまで達していた。
この森に沸くモンスターはさっきのハニービーと言う巨大ミツバチ、それに糸くずとやっぱりネトネト体液を落とす青虫みたいなやつらだ。
どちらもノンアクティブ。
こちらから攻撃を仕掛けない限り向こうからは襲って来ないタイプ。
ただし、ハニービー同士はリンクしているらしく、どれかの個体が攻撃されると反応し、周りのハニービーも怒って戦闘に乱入してくると言う、初心者の俺たちには少々厄介な性質を持っていた。
ともあれ、こいつらが持つ一匹当たりの経験値を大雑把に計算して、あと2時間もあればジョブレベル10に到達すると思う。
よく考えれば大変な労力だ。
俺の集中力はゲームでしか発揮できないからさほど苦にはならないが、ヒナはどうだろう?
ゲーム狂だが一応女の子だし、もしかしたら疲れているのではなかろうか。
黙っていれば清楚なお嬢さまそのものに見えるからな。
などと柄にもなくヒナを気遣っていたのだが。
「アキきゅん、アキきゅん! 図鑑を見てください! この蜂ってハチミツも落とすみたいですよ。SP回復アイテムですって! しかも食材になるとくれば、お宝の予感がしません?」
「へー、確かに高く売れそうだ。SP回復って貴重そうだし、甘い味がするなら欲しがるヤツも多いだろうな。まだ一個も出てないっけ?」
「出てませんねぇ。たぶんレアなんでしょ」
「そうだなぁ」
「きっともうすぐ出ますよ! 私の勘がそう言っています! そして食べます!」
「食うなよ! 売れよ!」
やる気満々でした!
やはりヒナも俺と同じゲーム魂を持っているらしいな。
その後────
「いていて、いててて!」
「【応急処置】! 【応急処置】! アキきゅん! 自分でも回復してくださいよー!」
スキル乱発でSPが尽きたのか、ヒナはそんなことを言い出した。
仕方なく俺はヒナの後方へ下がる。
うぅ……情けない……
ダメージを受けた箇所は別に血が出ているわけでもなく、ただ赤い線が入っているだけだった。
俺も【応急処置】のスキルをかけると赤い線は消え、いくらかHPゲージが回復した。
だが所詮は初心者用スキル。
効果は雀の涙。
複数のモンスターに囲まれるとどうしても傷を負う。
それは俺が一匹ずつしか対処できないから。
上手く狙えれば二匹同時に仕留めることもあるが、そこまでだ。
これ以上の結果を求めるなら、徹底的に通常攻撃の精度を鍛え上げるか、転職して範囲攻撃スキルをとるしかない。
攻撃の精度を高めるのはレベルやステータスよりも、プレイヤー本人のセンスや技量を磨くことが必要となるだろう。
いわゆるPS、プレイヤースキルだ。
センスはともかく技量を上げようと思ったら、その訓練には膨大な時間がかかってしまう。
となれば、やはりさっさと転職して戦闘スキルを取得したいところだ。
「ああっ! 出た! 出ましたよアキきゅん!」
「俺は何もポロリしてないぞ! ん? ハチミツか!」
ヒナが言った通り、小さな茶色い壺が落ちている。
ご丁寧に蜂の絵が描かれているところを見なくともすぐにハチミツだとわかった。
「俺がハニービーを追っ払うから早く拾ってくれ!」
「了解ー!」
俺がわざと大振りでミツバチを牽制しているうちに素早く腰をかがめてヒナが壺を拾う。
見え……ない! 残念!
ノービスの女性衣装はハーフパンツだからな!
だけど、ヒナが確実に安産型なのは形でわかった!
じゃなくて、よくキャッチしたな!
あとは掃討戦だ!
「ふー、やりましたねアキきゅん」
「ああ、ちょっと疲れたけどな」
全てのミツバチを蹴散らした俺たちは、背中合わせで座っている。
現実の肉体はベッドで寝ているだけなのにこっちの俺は疲れ果てていた。
なんだか不思議な感覚だねぇ。
「で、どうしますこれ? アキきゅんのインベントリにしまっておきます?」
「ああ、それなんだけどさ。ヒナ、お前が食べていいよ」
「……あのー、急にそんなことを言い出されると普通に気持ち悪いんですけど」
「失礼な! いやさ、今日はお前、本当に頑張ってくれたもんな。ま、付き合ってくれて俺は感謝してるし、そのご褒美ってことだよ。ほれ、遠慮すんな」
「ふーん…………アキきゅん、やっぱり優しいじゃん……ズルいよ……」
「あん? なんだって? 文句か?」
「違いますー! なんでもないでーす!」
「苦労して手に入れたんだから、ちゃんと味わって食えよな」
「…………ん~~~~! あっまーい! なにこれおいしー!」
「ってもう食ったのか! 『いただきます』は!?」
「すごいなぁー! 味覚もこんなに再現されてるんだぁ」
「聞けよ! むぐっ!?」
「はい、おすそ分けー」
指に塗ったハチミツを強引に俺の口へ突っ込んでくるヒナ。
甘い味とハチミツ特有の香りが広がった。
だが、俺はそれどころじゃない。
なんで俺はヒナの指を咥えさせられてんの!?
これって一種のパワハラじゃね!?
「やっ、ちょ、ちょっと、私の指を舐めないでくださいよ! 変態!」
「ぶへっ! アホか! お前が突っ込んできたんだろ! あとPKすんな! せっかく回復したHPが減ったろ!」
「つーん! 変態のアキきゅんがいけないんですー! これは歴とした正当防衛ですー! ハラスメント報告されなかっただけ感謝してくださいー!」
くそ。
駄目だ。
口ではこいつに勝てねぇ。
俺は、はぁ、と溜め息をついて空を見上げる。
既に宵闇がすぐそこまで迫っていた。
沈みかけの夕日と星空のコントラストが非常に綺麗だ。
マスコットAIのラビが言ってた通り、現実の時間と【オーディンズスピアオンライン】内の時間はリンクしているらしい。
「なぁヒナ」
「なんです?」
「ジョブは何にするか決めたか?」
「もちろんですよ」
「……即答か。ってことはやっぱり?」
「魔法ですよ魔法!」
「ですよねー。お前、どのゲームでも魔法使いばっかりだもんな。じゃあ、ステはINT寄りか?」
「今はのところはINTに極振りしてます。で、アキきゅんはどうするんです? 前のMMORPGでは格闘系でしたよね?」
「ああ、以前に空手をやってたことがあるからって理由だけなんだがな」
「むしろ空手の経験はこの【OSO】のほうが生かせるんじゃありません?」
「かもな。だけど俺は」
「待った! 待ってくださいよー、当てて見せますから! んー……剣士! どうです!? 私と言う、か弱い女の子を守るために!」
驚いたことに大正解だった。
しかも理由まで。
あ、いや、別にヒナが好きだからとかじゃなくて。
今回はパーティーメンバーを守護しつつ戦えるような職業がいいかなーなんて思っただけなんだ。
ホントだよ!
そんな時、視界に警告を知らせる赤いインジケーターが点灯した。
ウィンドウを開いて確認すると────
「ヒナ、緊急事態だ!」
「ど、どうしたんです!?」
「すまん! 理由は言えないが俺は至急ログアウトする!」
「えぇ!? ま、まぁ、もう夕飯の時間ですから私もそろそろ落ちようかなとは思ってましたけど」
「よし、明日また放課後にここで! じゃあな! お疲れ!」
「お、お疲れ様でした。アキきゅんまた明日です」
俺は別れの挨拶も切り上げてログアウトボタンを押した。
ウィンドウには【フィジカルエマージェンシー】、つまり身体的警告が表示されていたのですよ!
これは俺が設定したもので、リアルの肉体に異変が起こった場合に出るんだけど。
その警告文は【尿意が限界値に達しています】だ!
とっとと起きろ俺!
このままじゃオネショしちゃうぞ!
高校生にもなってオネショ……
い、いやああぁぁぁ!




