第58話 幼女さんはリアルチートを身に付けたい
「ふんっ! はっ!」
「……」
「ふんっ! はっ!」
「……(ピクッ)」
あっ、やべっ。
「ふん! は!」
「呼吸と踏み込みがちぐはぐだぞ、秋乃」
「押忍! ふんっ! はっ!」
「もっと全力で大きく伸びやかに」
「押忍! 老師! ふんっ! はっ!」
「うむ、それでよい。出来るだけ遠くまで打ち出すんだ」
今の状況を説明しよう!
俺は現在、山の中にある祖父の家に来ています!
あ、父方の実家ってことね。
母方の酪農をやってるほうの実家とは別だ。
これだけじゃ意味がわからないだろうからもう少し説明する。
今日は亡くなった祖母の月命日なんだ。
当然毎月お参りをしに姉や妹と来ている。
アホ両親は毎年この時期に旅行へ行ってるからいないけれど、普段はみんなで来ているわけだ。
まぁ、電車で1時間+徒歩1時間くらいの割と近距離なので俺たちだけでも楽勝なんだが、山の中に位置するだけあって坂道がきつい。
親父もよくこんな道を毎日学校まで通ってたもんだ。
……母方の実家はもっとすごいけどな。
なんせ見渡す限り牧場と畑と田んぼしかなかったもんな。
一番近いショッピングセンターまで100キロメートルとか信じられるか?
あっ、もう話が脱線した。
戻せ戻せ。
誰も覚えちゃいないだろうが俺は以前空手をやっていたんだ。
でも、元々格闘術というか、拳法? みたいなものを教えてくれていたのは俺の爺ちゃんだった。
幼いころは夏休みだのの長期休暇となれば、父方か母方の実家で過ごしていたからな。
なんせ両親は共働きで忙しいもんで、かなり体のいい預け先だったろうよ。
夏姉が俺たちの面倒をみられるようになってからは足が遠のいちまったがね。
んで、その夏休み中とかゲーム以外にやることもないし俺は身体も弱かったしで、爺ちゃんが色々教えてくれるようになったわけ。
……勉強しろよって話はそこらへんに置いといてください。
耳がもげてしまいます。
本当は夏休みが終わってからも爺ちゃんに教わりたかったんだけど、流石に通うのが大変じゃん?
というわけで近所の空手道場に行ってたんだよね。
黒帯を取った時点で行かなくなっちゃったけど。
そんでここからが本題。
発端は例のヴァルキリーさんがいった言葉だ。
『遥か頂を目指すのであれば、神々や英雄たちと相まみえよ』
これには続きがあって。
『アキよ。これより先、世界は数多の邪神共と戦を交えるであろう。それに備え、身も心も鍛錬に励むがよい』
だってよ。
『邪神』だの『戦』だのなんてパワーワードも出てきたし、ものすごく意味深だろ?
急激にシナリオが進んだ感じもするよな。
これってまさか俺のせい……?
もしかして、俺またなにかやっちゃいました?
とかいってる場合じゃなくなってきたわけよ。
ヴァルキリーさんに聞いたんだけど、邪神ってのはそりゃもう強いらしい。
だとしたらどうすればいい?
俺のレベルは99。
いわゆるカンストだ。
つまりこれ以上強くはなれない。
ツナの缶詰さんがいうには、新エリアへ行けばレベルキャップ解放の手段があるかもしれないってことだけど、そんなあやふやな情報ではどうにもならん。
ってことは、来るべき強敵との闘いに向けてどうすればよいのか。
もう俺自身がリアルで強くなるしかねぇだろ?
俺はゲームで強くなれるなら、なんだってするからな!
えっへん!
むっ!?
今どこからかヒナの声で『卑怯千万はあきのん先輩の専売特許ですもんねぇ』って聞こえたぞ!
さてはヒナ、貴様見ているな!?
……んなわけねーか……
まぁ、そんな冗談はさておき。
どうせフィジカル面を鍛え直すなら戦闘法も同時に養うほうがいいだろ?
肉体で直接戦闘しなくちゃならない場面だってあるかもしれないしさ。
だったら俺が知る限りで最強の人物に教わるべきだ。
それこそが我が祖父、火神 秋雄である。
だが恐ろしいことに、俺は自分の爺さんでありながら、その経歴をほとんど知らないのだ。
いやね、爺ちゃん本人や亡くなった婆ちゃん、親父なんかからも昔の話は聞いてるんだよ?
だけどさ、そのどれもが胡散臭いっておかしくね?
やれ若いころは世界中の格闘技を習得するため武者修行の旅で回ってただの、やれどこぞの国で軍隊の武術教師をしていただの、やれどの国にも恋人がいただのなんて与太話を信じられると思うか?
あ、最後のは関係なかったな。
いや、一番胡散臭いのは最後の部分なんだけど。
ともかく、齢70を過ぎてなお現役を誇っているのは確かだ。
見た目は白髪頭で俺と背丈も大して変わらない普通の爺ちゃんなんだけどな。
ただ、べらぼうに強い。
そんなもんは幼少から身に染みている。
親父が武術に全く興味を示さなかった分、俺に教えられることがとても嬉しかったみたいでな。
その鍛錬の厳しいこと厳しいこと。
子供のころなんて何度泣いたか知れないくらいだ。
爺ちゃんもきっと俺と同じでドSっぽい。
普段は優しい爺ちゃんなんだけどね。
『孫が相手でも手加減していては決して大成しない。だから秋乃、お前も練習中は儂を身内とは思わず教師や師匠と思うのだぞ』
なーんていってくれちゃったもんだから気も抜けない。
だがこれでいい。
厳しければ厳しいほどいいんだ。
俺はリアルチートを手に入れたいのだから。
「ふんっ! はっ!」
「ほれ、踏み込みが弱くなっとるぞ。もうヘバったか」
「まだまだぁ! ふんっ!」
「うははは、それでこそ儂の孫じゃ」
矍鑠とした物腰で大笑いする秋雄爺ちゃん。
この人は本当に俺を鍛えるのが楽しくて仕方ないらしい。
「お爺ちゃ~ん、秋乃く~ん!」
「お兄! お爺! ご飯だよー!」
「おお、そうかそうか! 夏乃と春乃の料理は久しぶりじゃの。よし、昼飯にするぞ秋乃」
可愛い孫娘には弱いらしく、とたんに目尻を下げる爺ちゃん。
「う、うぃーっす……」
実はヘトヘトだった俺にとって、夏姉と春乃の声は天使の歌声にも匹敵する幸福感をもたらしたのであった。




