第55話 まさかの盾でした!
「戦えったって……ねぇ?」
ヴァルキリーさんの顔と、手中の奇妙な剣を交互に見やる。
まさかこんなに短い得物で戦えというのだろうか。
ヒナもツナの缶詰さんもハラハラした面持ちで俺とヴァルキリーさんを窺っていた。
「私を倒さねばこの試練は終わらぬぞ」
不敵な笑みを浮かべ、コツコツと足音を立て剣が置いてあった台座へ向かうヴァルキリーさん。
その台座に彼女が手をかけると────
ゴゴゴゴゴゴ
振動と共に台座が下へ引き込まれてフラットな床面と化した。
そしてバババッと天井から光が差し広間全体を照らす。
おぉ。
なかなか凝ってる。
これで戦いの場は整ったってわけか。
面白れぇ。
「アキきゅん。聞くまでもありませんが、やるんですね?」
「おうよ。燃えてきたからな」
「それでこそ私のアキきゅんです」
「へっへっへ、見とけよヒナ」
ガッガッと二回拳を打ち合わせる俺とヒナ。
身長差がありすぎてやりにくいことこの上ない。
しかしヒナは俺のことをよくわかってるねぇ。
「アキさん、危険すぎるのではありませんか。伝説の通りならば、相手は半神でも神族。いくらゲーム内とは言えかなりの強敵だと思われます」
「心配してくれてありがとうツナ姉さん。でも、女神と戦える機会なんて滅多にないでしょ?」
「それは、そうですが……」
「たとえ負けてもリアルで死ぬわけじゃないしね」
「いえ、そうとも言い切れません。フルダイブ中の脳に過大な負荷がかかると人間がどうなるのかは未だ未知数なのです。人体実験をするわけにもいきませんし」
「ちょっ、急に怖いこといわないで!」
すました顔で恐ろしいことを言い出すツナの缶詰さん。
だが確かにフルダイブ技術は未知の部分が多い。
高校生のガキである俺ですら、それくらいはなんとなくわかる。
てか、ツナ姉さんは妙に詳しそうだな。
そっち系の仕事でもしてんのか?
ま、なんといわれようと俺のゲーマー魂は抑えられんがね!
「このクエストを受注しちゃったのは、お……わたしだから、きちんとクリアしてあげないと!」
「そうですか……ええ、そうですね。ではせめてこれを受け取ってください。回復アイテムです」
「あっ、私もアキきゅんに渡しておきますね」
「二人ともありがとっ!」
ニッコリ微笑んでアイテムを受け取ると、二人はなぜかキューンとした顔で俺を見ていた。
ツナ姉さんの顔は兜で見えないけど雰囲気ね、雰囲気。
両拳を胸の前で揃えてたら、だいたいはキュンキュンしてるときのポーズだろ?
「もうよいのか?」
「うん。ヴァルキリーさんよろしくね!」
「(キュウゥゥゥゥン!)ぐっ、あ、ああ……このような愛くるしい幼子へ剣を向けるのは心苦しいが、これもまた試練……!」
まるで己に言い聞かせるかのように呟くヴァルキリーさん。
少なくとも、ものすごく苦悩しているのが見て取れた。
ところでこの人は薄絹一枚のエロスタイルなのだが、これで戦う気なのだろうか?
「あの」
「……どうしましょう、どうしましょう~? 困ったわ~……むっ? なんだ?」
「鎧は持ってこなかったの? これじゃ怪我しちゃうと思うけど」
「アキよ、気遣いに礼を言う。だがその心配は無用だ…………参れ聖鎧!」
ヴァルキリーさんが掌を天へ掲げる。
すると上空から輝きが舞い降り、彼女の身体を包み込んだ。
余りの眩さに目を閉じ、そして再び瞼を開いた時、そこには蒼く煌めく鎧を纏ったヴァルキリーさんが凛々しく立っていた。
うおおお!
あれいいなぁ!
かっこいいなぁ!
インベントリから直接装備すればあんな風に一瞬で着替えられるけど、やっぱ武装の召喚は男として燃えるんだよなぁ!
俺がキラキラした熱い瞳で見ているのがわかったのか、ヴァルキリーさんも気分良さげにポーズを決めている。
喜んでいるところ申し訳ないが、俺が考えていたのはこんなことだ。
『彼女を倒したらあの鎧をドロップしないかなぁ!』
「これならば戦うのに不都合はあるまい?」
「あ、うん……いいなぁその鎧……」
鎧に見惚れて半ば聞いていなかったが取り敢えず頷いておく。
おー、腰には剣を佩いてるよ。
武器も同時に召喚されんのか。
くそー、かっけぇなぁ。
勝ったら剥ぎ取れないかなぁ!
「ではゆくぞ!」
「待ったぁ!」
俺の制止にズベンと盛大にコケるヴァルキリーさん。
意気込みすぎて止まれなかったのだろう。
「ど、どうしたのいうのだ」
「武器のことなんだけど、わたしはこれで戦わなきゃいけないの?」
「無論だ」
うわ。
余地なしですか。
短剣でどうしろと。
くそー、スキルでどうにかするしかないぞこりゃ。
「よいな? 今度こそ行くぞ? よいな? よいのだな?」
また止められるのではないかと何度も確認するヴァルキリーさん。
某三人組の芸人さんみたいだ。
『どうぞどうぞ』といってあげたくなる。
「うん。あ、アイテムの確認だけさせ……てっ!」
「ぬぅっ!?」
ウィンドウを開く振りをしながら床を蹴り、一気に間合いを詰める。
短剣で戦うには近づかなければお話にもならない。
「うわっ、アキきゅんは初手から狡い手を使っていきましたね」
「相手を油断させるのはPvPにおいての基本です。しかし、ここまであからさまなのはあまり見かけません」
ほっとけ!
ヒナもツナ姉さんも辛辣すぎない!?
せめて戦術といってくれ戦術と!
ガインッ
鎧の隙間を狙った攻撃は、ヴァルキリーさんの長剣によって防がれた。
そして俺を引き離すように押し返してくる。
く、切り返しが早いな。
距離を取るのもリーチ差を活かすためだろ?
なら、こうだ!
俺は身を出来るだけ低くし、ヴァルキリーさんの足元を狙う。
いや、正確には足首を、だ。
よし!
ここ!
「【スラッシュ】!」
刃のある武器でならどれでも発動できる剣士系スキル【スラッシュ】をアキレス腱目がけて放つ。
切れ味が増し、2倍の物理ダメージを与えるのだが…………
「あれっ!? 発動しない!? なんで!? ぐはっ!」
「アキきゅん!」
「アキさん!」
狼狽したところを思い切り蹴り上げられた。
まともに腹を直撃し、かなりの勢いで吹き飛ばされる。
舐めんな!
俺は宙で身を捻って一回転すると、どうにか足から着地した。
「ほう。よい動きをするではないか」
ヴァルキリーさんの褒め言葉も耳には入らない。
何故、という文字が脳内をグルグル巡っているからだ。
もしかしてSP不足!?
……いやいや満タンだし。
マジ、なんで!?
「ふふふ……うろたえているな? 仕方あるまい、教えてやろう。装備欄をよーく見るがいい」
薄笑いを浮かべるヴァルキリーさんにヒントをもらうのは業腹だが、このままでは埒が明かない。
素直にウィンドウを開き、武器の欄を見るが、無い。
慌ててスクロールさせると、あるにはあった。
ただし、防具の欄に。
しかも、盾のアイコンが付いて。
「えぇぇぇ!? これって短剣じゃなくて、盾だったの!?」




