第53話 ひとつの剣(つるぎ)
パラパラと埃が顔に振りかかる。
その刺激のお陰か、徐々に意識が戻ってきた。
目を開けたはずだがやたらと薄暗い。
「……いっちちち……」
腹部に感じる重みは間違いなくヒナだ。
「……うぅん……」
もぞりと動いたところを見ると彼女も無事らしい。
咄嗟のこととはいえ、よくもまぁヒナを庇えたもんだ。
俺もヒナもHPが全損していないとわかって少しだけホッとした。
そして同時にこれまでの経緯も呼び起こされる。
……そうだよ!
俺たちは床が抜けて落っこちたんだ!
ガバリと身を起こした時、ついた手の感触でハッとなった。
この金属製の手触りは……鎧だ。
「ツナ姉さん!? 下敷きになってくれたのか……!」
確かに彼女は落下する際に、俺たちを守り通すといっていた。
見事な有言実行。
最期まで騎士道を貫いたのだ。
俺は感動し、ツナの缶詰さんが安らかに眠れるよう冥福を祈った。
貴女の勇敢な行動とその姿は決して忘れません。アーメン。
「ん……んん……?(はぁん!! アキさんが私の上にチョコンと座っています! かわゆ! かわゆですぅぅぅ!)……アキさん、ご無事でなによりです……はて、今、なにか祈っていたようですが?」
普通に生きてた!
まぁ、そりゃそうか。
ツナ姉さんはVIT極振りっていってたもんな。
どのくらい落ちたのかはわからんが、落下ダメージ程度じゃHP全損は有り得ない。
とにかく死んだと思ったなんていえないし、なにか言い訳しなきゃ。
「あー、えーと、そう! ツナ姉さんがわたしたちを守ってくれたことに感謝をしてたの」
「(ずきゅーん! いい子すぎますぅ!)いえ、それこそが騎士としての本懐ですゆえお気になさらず」
なぜ指をモジモジさせているのかは謎だが、取り敢えず納得してくれたらしい。
しかし、簡単に信じちゃうツナの缶詰さんに申し訳ないという罪悪感と、将来悪い男に騙されてしまうのではないかという不安感が湧いてくる。
なんだか、俺のほうがツナ姉さんを守ってやらなきゃならないような気がしてくるな……
「ん……あれ? アキきゅん……?」
「あ、ヒナも気が付いた? よかったよかった」
ダイブ型ゲーム内で気絶というのも不思議な感じはするが、高所から落ちる恐怖感や、疑似体験とは言っても死に対して心が受ける衝撃は己の意識を閉じさせてしまうのかもしれない。
ともあれ、俺が膝枕をして様子を見ていたヒナも目を覚ましたわけだ。
いつかと立場が逆だな。
そんな感慨に耽る。
「ちょっ、アキきゅん。遠くを見る目になってる場合じゃないですよ! ツナ缶さんの上からどいてあげないと!」
「うおっ、そうだった」
「えっ? もう降りちゃうのですか?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ!? ……いえ。なんでもありません」
名残惜しそうなツナの缶詰さんから降り、周囲を見回す。
ここには松明が設置されてないせいか、やたらと薄暗い。
システムの補正がなかったらきっと真っ暗闇だったであろう。
上を見ても抜けた床は塞がったらしく、かなりの高みに天井があるばかりであった。
うへ、あんな高さから落ちたのかよ。
どうやらここはドン詰まりの通路のようだった。
最初に通ってきた場所より数段狭い。
人同士がすれ違うのもやっと、といった程度だ。
つまりモンスターとのエンカウントは想定していないということだろうか。
どう見ても武器を振るうスペースがないことから俺はそう考えた。
「ま、進むしかないよね」
「でしょうねぇ……こう暗いとなんだかお化けが出そうな……」
「おや? ヒナさんはお化けが苦手なのですか?」
「ははっ、あれは苦手ってレベルだっけ?」
「大嫌いですっ!」
「(あふぅ! 女の子らしくてとっても萌えます!)大丈夫ですよ。怖くなったら私にしがみついてください(むしろ今からでもいいのですが!)」
「あ、はい。ありがとうございますツナ缶さん……」
それでも念のため、最初と同じ隊列を組んで歩き出す。
色んな意味でお堅いツナの缶詰さんが先頭。
『なんまんだぶなんまんだぶ』とお婆ちゃんみたいに念仏を唱えるヒナが真ん中。
前方を歩くヒナのお尻を眺めながら進む俺が殿。
だが、何度か曲がり角を過ぎたところで異変は起きた。
突如壁がボワッと淡く輝いたのである。
「ひっ!?」
同時にヒナの喉から漏れる奇声。
メキメキメキ。
俺の身体が奏でる異音。
「あががががが」
言うまでもない。
ヒナが恐怖のあまり俺にベアハッグを仕掛けたのだ。
さすがはスポーツ万能日菜子さん!
やけに力が強い!
「(怯えるヒナさんもまた良き哉、です!)……ふむ、どうやら先へ進むごとに壁が光る仕掛けのようですね」
一人冷静に分析するツナの缶詰さん。
これまたさすがは廃人集団のメンバーだ。
冷静沈着ツナ姉さん!
でもあれだな。
こういう仕掛けってRPGだとよく見かけるよね。
大抵はボス戦の前とか、超重要なキャラが出現する時なんかにさ。
「アキさん、ヒナさんあれを見てください」
「おっ? なになに? ……おおぉー!」
「ひぃっ!? お化けです!? お化けなんです!?」
「いてててて! 落ち着けよヒナ、よく見てみ」
全身を絞め上げられながら奥を指差す。
そこはかなり広い部屋。
そして中央付近だけがまるで真上からスポットライトで照らされたかのように明るい。
ピンと張り詰めた空気がこれまでとは違う雰囲気であることを物語っていた。
「あれは……台座、ですか……?」
「うん。わたしにもそう見える」
「私も同じ所見です」
圧倒的な神々しさに気圧されながら台座へ近付いた。
俺たちを待っていたかのように、台座の上のそれが煌めきを放つ。
それは、異様に幅が広く、寸の詰まった一振りの剣であった。




