第51話 試験的迷宮
「私が先頭を務めますので」
「了解。先頭はツナ姉さんに任せるね。じゃあヒナが真ん中で、殿はわたし」
「それだと私がアキきゅんを抱っこ出来ないじゃないですか!」
「なんの話!? ヒナはいつもしてるんだから少しくらい我慢しなさい!」
「ぶーぶー」
「(その手がありましたか!!)ではこうしましょう。私とヒナさんで交代しながらアキさんを抱っこするという方向で」
「それです!」
「どれです!? ちょっと待っ……!」
「ツナ缶さん、どちらが先ですか?(譲る気は毛頭ありませんが)」
「……ここは公正にジャンケンで決めましょう(絶対にアキさんを勝ち取ります!)」
「ねぇ、聞いて!?」
俺の抗議など耳に入らぬのか、ヒナとツナの缶詰さんはキャイキャイしていた。
ここは迷宮の入口。
背には戦乙女の神殿の中庭へ戻る階段。
前方には開けた石造りの通路。
かなり広めの通路には所々に松明が設けてあり、視界で困ることはなさそうだ。
ついでに高めの天井も硬い床も石材製らしく、いささか殺風景だが雰囲気もよろしい。
これぞザ・ラビリンスって臭いがプンプンするぜぇ。
でもなぁ、唯一納得できねぇことがある。
それはこの迷宮の名前だ。
だって、【試練の迷宮仮実装試験版_001】なんだぞ?
明らかにテスト段階じゃねーか!
せっかくの雰囲気も台無しだよ!
あ、試験版だからこんなにシンプルな通路なのかな?
装飾なんかのテクスチャは後から追加する気なのかも。
しかし、これってやっぱり、俺がバグかなにかで姫騎士なんてジョブを取得しちまったからなんだろうなぁ。
ツナ姉さんにも聞いたんだけど、戦乙女の神殿は現状でイベントどころかNPCもなにもなく、ただの観光地扱いなのが今までの認識だったらしいんだよ。
つまり、ヴァルキリーさんとの邂逅フラグが立ったのは俺のせいってことだろ?
戦乙女の試練というユニークシナリオもきっとそうだ。
……もしかしてこの一連のイベントって、運営が意図した本来の実装と公開はもっと先の話だったんじゃないのかな……
だとしたら、これを勝手に進めちゃっていいものなのかねぇ?
『バグ利用だ!』とかいわれていきなりBANされたりしないだろうな……?
てかね、俺だって何度も運営にメールは送ってるんだよ?
バグったようなのでロールバックでもいいですから元に戻してくれませんか、ってな。
だけど、なんでかいくら送っても梨の礫なのはなんなの?
アプリゲーによくある『糞運営』のレッテルを張られたいの?
あれ?
よく考えたらこれ、俺はなにも悪くないってことでいいんじゃないのか?
幼女になったのだって不慮の事故みたいなもんだし……
せっかくこっちから連絡してんのに全く対応してくれないし……
…………うん、いいか!
あとから文句でもいわれたら思い切り逆ギレしてやるべきだよな。
その時は『今更なにいってんだ! 俺が幼女になってどれだけ苦労したと思ってやがる!』とブチかましてやろう。
「ふんふん~ふふ~ん」
「ギギギギ……不覚です……あそこでチョキを出しておけば……」
「……」
妄想に耽っているうちに熾烈なジャンケン勝負は決着がついたらしく、俺はご機嫌で鼻歌まじりのツナの缶詰さんに抱っこされていた。
心底悔しそうなヒナの歯ぎしりが後ろから聞こえる。
いでいででで。
背中と頭がすごく痛い!
ツナ姉さん!
俺の頭に頬ずりするならせめて兜を取って!
まだ正面から抱きしめられてないだけマシだけどさぁ……
だが、そんな俺の苦痛はすぐに終わりを告げた。
「なにかが来ます」
通路の奥からガッシャガッシャと足音が聞こえてきたのである。
さすがは廃人団に所属するツナの缶詰さん、気付くのが早い。
すかさず俺を下ろして武器を抜き放った。
負けじと俺もインベントリから大斧を取り出す。
その間にモンスターも接近してきていた。
見たところ、鎧を着たスケルトンのようだが。
「これは……! アキさん、下がってください」
「冗談でしょ? スケルトン相手なのに?」
「いいえ、本気です。あれは【ヘル】の従者、『アーマードスカル』です。並みのスケルトンとは訳が違います」
「ヘルって、あの!?」
「ニブルヘイムに追放された女神ヘルですか!?」
「はい。そのヘルです」
驚愕する俺とヒナ。
ヘルといえば北欧神話における、死者の国を司る女神のことだ。
当然率いる軍勢も死んだ者たちである。
おいおい、やっとそれっぽいのが出てきたじゃねぇか。
うおおお!
俄然燃えてきたぁ!
「でも、ツナの缶詰さんはどこであんなのと遭遇したんです?」
「以前、【墓標、その向こうへ】というユニークシナリオに挑戦しまして。その時に」
「あ、ご、ごめんなさい。不用意に聞いてしまって……」
「いえ。仲間なのですから、ユニークシナリオを明かすくらいは当然です」
ヒナにジト目で視線を送る。
お前なぁ……
これじゃ俺もユニーク情報を開示しなくちゃならんだろうよ。
「構えを」
ツナの缶詰さんの声が引き締まる。
それに応じるかのように彼女の持つ二本の長剣がギラリと煌めいた。
「アーマードスカルの弱点は炎と打撃ですが、かなりの強敵なんです」
「ふーん、だったら尚更下がれないよ。強敵なんて聞いちゃったら、ね」
「私もですよ。火炎魔法なら得意です」
「し、しかし……幼い少女を戦線に立たせるなど騎士として……」
「あれ? 実力はビートエイプの時に見せたと思ったけど?」
「アキきゅんのいう通りですよ。私たち、三人とも【スペシャルアタッカー】の称号持ちじゃないですか」
「……確かにそうでしたね。では左側は私が」
「おっけー! 右は任された!」
「まず私が範囲魔法を撃ち込んで数を減らします!」
「頼んだよヒナ!」
ドゴォォオン
ヒナの放った火炎魔法が骨野郎どもの中央に炸裂する。
それを開戦の狼煙として、俺とツナの缶詰さんは群れの中へ突貫するのであった。




