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第50話 初めての迷宮


 ヴァルキリーさんから受注したユニークシナリオ・オルタナティブ。

 その第二試練とやらを開始する前に、俺たちは一度ログアウトして昼食を摂ることにした。


 去り際にヴァルキリーさんが『お、おい、ユニコーンをここに置いて行く気か!?』とうろたえていたのがなんだか可笑しくて思わず吹き出す。


 いくら戦乙女としてのキャラを取り繕っても、根はおっとりのんびりお姉さんなんだもんなぁ。

 ぶっちゃけ、地のほうがプレイヤーに人気が出そうだぞ。


 さーて。

 メシメシ。

 おっと、その前にトイレトイレ。


 用を足し終え、疲弊した脳を活性化させるために顔を洗った。


 スッキリしたところでダイニングへ向かうと────



「待ってたよーお兄ちゃーん!」

「うぐふっ! ……ボディに頭突きとはなかなか手荒い歓迎だなマイシスター……」


 春乃の攻撃でうずくまる俺。

 当たった場所がもうちょい下だったら今ごろ絶叫と共に悶絶していただろう。

 とはいっても小学生女子の力ゆえに、それほどの痛みではない。

 ちと大げさに反応してやるのが円滑なコミュニケーションへの第一歩なのだ。


「あれ? 夏姉は?」

「むっ! 秋兄はわたしより夏姉のほうが好きなの!?」

「なんの話だよ。いやメシどうすんのかなーと思ってな。自分で作れって?」

「ううん。なんかねー、大学のけんきゅーしつから連絡がきたんだって。それでちょっとお部屋に篭るねーって」

「へぇ、珍しいな」

「夕方くらいまでかかるかもっていってたよ」

「ふーん。んじゃメシは俺が作るしかないか」


 めんどくせぇなぁ。

 食うのやめよかな。

 あ、固形食買ってあったよな。

 でも春乃にはそんなもんを食わせるわけにいかないもんなぁ。


 なんて考えてた時、フンスフンスと鼻息も荒くドヤ顔の春乃が目に入った。


「お兄ちゃん。気付かない?」

「あん? なにが?」

「この美味しそうな匂いだよ」

「くんかくんか……確かにいい香りがするな」

「でしょー?」

「ああそうか、夏姉が引き篭もる前に作ってったのか。さすが夏姉だ」

「ちーがーうーのー! わたしが作ったのー! お兄ちゃんのためにー!」

「おい、耳元で叫ぶなよ。鼓膜が……って、春乃が?」

「うん!」

「……それ、食えるのか?」

「失礼だよ!?」


 うーむ。

 年々春乃のツッコミが俺に似てきている気がする。

 血は争えないってことか……


「わかったわかった。んで、なにを作ったんだよ」

「じゃーん! 愛情たっぷりのカレーでーす!」

「ほー」


 春乃が蓋を開けるとスパイスの香りが漂った。

 具材を切って煮るだけのカレーなら小学生にも作りやすいのは間違いない。

 そして味付けもカレールゥがあるわけだし、失敗の確率も低いだろう。


「おっ、美味そうじゃないか。成長したな妹よ」

「兄者に食べてもらいたい一心からでございまする」


 ノリまで俺に似てきやがった。


「夏姉が先に食べたから味は保証するよ」

「お毒見役は夏姉か。それなら安心だ」

「なんだとー!」


 二人で皿にご飯をよそい、カレーを盛って席に着く。

 そしてパンと手を合わせて。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 ぱっくんちょ。

 もぐもぐごくん。


「おっ、美味いよ春乃」

「ほんと!? わーい! やったー!」


 おーおー、無邪気に喜んじゃって。

 愛いヤツめ。

 ま、具材の切りかたは不揃いだけど、実際美味いからな。


 ちなみに我が家では昔からポークカレーが定番となっている。

 時々はシーフードカレーなんてのも食べてみたいのだが。


「お兄、おかわりする?」

「ん? おう、もらおうかな」

「うん! よそってあげるね!」


 心底嬉しそうにいそいそと動き出す春乃。

 世話焼きな夏姉の性格にも似てきているな。

 姉も妹も尽くすタイプっぽいし、将来はいいお嫁さんになるだろう。


「ごちそうさん」

「ごちそうさまー!」


 夏姉に任せきりもなんなので、食器を洗ってから二階へ上がる。


 自室に入り際、夏姉の部屋のドアが目に入った。

 やけに静かだがなにをしているのだろう。


 研究室から連絡があったとか言ってたよな。

 そもそも夏姉はなんの研究してるんだっけ。

 理系大学だってことくらいしか知らないぞ。


 あのポヤンとしてる姉が、白衣なんか着て実験とかしてる姿は甚だ想像しにくい。

 いや、それよりも『理系』と聞いてすぐさま白衣を連想する想像力のなさに絶望した。


 俺はクリエイター向きじゃないんだろうなぁ……


 そんな哀愁に満ちながら【OSO】にログインする。


「ご主人さまお帰りなさいニャル」

(主さま。お帰りなさいませ)

「あらあら~お帰り~……ではなかった、アキよ、よくぞ戻った」


 ニャルとニコ、それにヴァルキリーさんが出迎えてくれた。

 あまりにも多種多様な面々に思わず笑ってしまう。


 猫と馬と戦乙女だぜ?

 どうやったらこんな組み合わせになるんだよ。

 なにかのギャグか?


 などと思った時。


『メッセージを受信しました』


 視界の隅にログが走る。

 ウィンドウを開いて確認すると、ツナの缶詰さんからのフレンドメールだった。


『今はどこにいるのですか? よければご一緒したいと思いまして』


 おっと、狩りのお誘いかな?

 こりゃナイスタイミングだ。

 白蓮の森じゃだいぶ苦労したしな。

 第二の試練ってのをやるなら火力は是非とも欲しいところだ。


『首都から東にある戦乙女の神殿にいます。ツナ姉さんにも来て欲しいです』

『万難を排して今すぐ向かいます』


 返信してから数秒以内に返事が来た。

 なんちゅう打ち込み速度だ。

 しかも言い回しがやたらと硬い。

 どこまで真面目なんだあの女性ひとは。


「アキきゅんー! お待たせですー!」


 ウィンドウを閉じた時、ヒナがログインしてきた。

 そしてすぐさま俺に抱き着く。


「あぁ~、アキきゅんはお日様の匂いがしますねぇ~」

「ヒナ、あのさ、ツナ姉さんも巻き込んだけど、いいか?」

「そうですねぇ。白蓮の森のことを考えると、第二の試練も厳しそうですもんね。一人でも人数が欲しいところです」


 やはりヒナもゲーマー。

 発想が俺と同じだった。


「では、第二の試練を受けてもらう。しかしその前に条件がひとつあるのだ。これから挑む場に、眷属は連れて行けない。よいな?」

「えっ!? じゃあ、ニャルとニコはここに置いていけってこと?」

「ま、まぁ、私としても不本意ながらそういうことになる……」


 がっくりと肩を落とすヴァルキリーさん。

 ニャルやニコに見られていては、だらけることも出来ないからであろう。

 ご愁傷様……


 俺とヒナは、ヴァルキリーさんを伴って部屋の外、つまり回廊でツナの缶詰さんの到着を待った。

 俺たちがこの神殿に来た時は首都から2時間近くかかったものだ。

 走ってきたとしてもあと1時間くらいは……


「アキさーん、ヒナさーん、はぁ、はぁ、お待たせいたしました」

「えぇ!? もう!?」

「早すぎません!?」


 息を切らせたツナの缶詰さんが回廊を駆けてきたのだ。

 って、この人、鎧を着たまま走ってきたの!?


「ふむ、汝は『ツナの缶詰』という名か」

「は、はい。あの、こちらのかたは?」


 キョトンとするツナの缶詰さん。


「私は戦乙女ヴァルキリーだ」

「こ、これは失礼いたしました。女神であるとは露知らず。お許しください」


 騎士のロールプレイに徹するツナの缶詰さんは即座に跪いた。

 それを見て『ほう』と感心するヴァルキリーさん。

 初めてきちんと女神扱いされて嬉しそうだ。


 いやぁ、ツナの缶詰さんも普段の油断し切ったヴァルキリーさんをみたらがっかりすると思うよ……


「うむ。汝も清らかな乙女であるようだな。よかろう、アキたちに同行することを許可する」

「はっ、ありがたく」


 ……それってツナの缶詰さんも処女……いや、なにも言うまい。


「さぁ、こちらへ来るがよい。第二の試練の入口はここだ」


 ヴァルキリーさんがなにもない壁を叩くと扉が現れ、触れてもいないのに開いてゆく。

 そこは広い庭園、いや、これは神殿の中庭だろうか?

 その真ん中に電話ボックスサイズの建物がある。


 ヴァルキリーさんは迷わずそこへ行くと親指で示した。


「この中だ」

「中ったって……げ、階段がある」


 そう、ボックスの扉を開けると下へ向かう階段があったのだ。


「先に言っておくがこの中は迷宮だ。心して進むがよい」


 迷宮!?

 ダンジョンじゃなくてラビリンス!?



「アキきゅん!」

「うん、燃えてきちゃった!」

「腕が鳴ります」



 これから訪れる迷宮に、思いを馳せる俺たちなのであった。




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