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第47話 白蓮の森


「ぐっ! なんだこの森は! モンスターがめっちゃ強くね!?」

「ギリギリ倒せなくもないあたりがホントいやらしいですよね!」

「ご主人さま! 右から新手ニャル!」


 ヒナとニャルを庇うように右手へ回る。

 大斧を正面に構えた時、樹木の陰から怪物が姿を現した。


 ニャルのスキル【センスエネミー】は便利だなぁ、っと!


 突っ込んでくるハリセンボンみたいな猪、『ニードルボア』をいなしながらそんなことを考える。

 そしてすれ違いざまにヤツの足へ斧を叩き込んだ。


 こちとら背の低い幼女なもんで、丁度いい位置に足がくるんだよなぁ!


 クルクルと回転し放物線を描く二本の足。

 両前脚を失い、急停止することも出来ず頭から大木に激突する針猪。


 そこへヒナの火炎魔法が炸裂!


 黒焦げになったニードルボアがドロップしたアイテムは【トゲだらけの豚足】だった。


 豚だったのこれ!?

 ボアなのに!?

 しかも不味そうな豚足!






 俺たちは今、【戦乙女の神殿】から北方にある森の中にいた。


 ユニークシナリオ・オルタナティブ【戦乙女の試練】を開始し、ヴァルキリーさんの指示に従った結果がこれだ。

 敗因は、シナリオ受注の際、『難易度【極】』という文言を見逃したせいである。

 その推奨レベルは、なんと90以上!


 俺もヒナも、確かにもうすぐ90に到達するところまで来てはいる。

 しかし、適正レベルに達していないということは、それだけ苦戦するということでもあるのだ。


 お陰でこの【白蓮の森】に足を踏み入れた瞬間からひどい目に遭わされたんですが!


 しょっぱなは軍隊蜂に追われ、どうにか撃退したものの、明らかに中ボス然とした真っ赤な巨大女王蜂がお出ましになった。

 ヒーラーたる神職不在のパーティーでそんなもんを相手にするのは厳しいだろうと、倒すのは諦めて逃げたところに、今度は『キラーインコ』とかいう極彩色の猛禽類みたいなインコの群れに襲われた。


 こいつらがまたしつこくてな。

 しかも俺たちよりニャルを狙うもんだから苦労したぞ。

 ありゃ完全に餌を見る目付きだったし、【OSO】内にも食物連鎖があるのかも。


 そしてインコをどうにか蹴散らしたと思ったら、お次はさっきのニードルボアだよ。

 この猪がまた、獣の癖に組織立った波状攻撃を仕掛けてくるというめんどくせーヤツ。

 それも複数できたり、単独できたりと緩急までつけやがる。

 ザコモンスターに余計な知恵を仕込むなっての。


 ってか、この森広い!

 逃げ回ってたせいで帰り道もあやふやになってきたんですけど!

 それでもまぁ、密林だの樹海だのとは違ってまだ歩きやすいぶんマシだが。


 あとさぁ、このクソみたいなエンカウント率とアクティブモンスターばっかりなのは勘弁してくれ。

 いや、他のゲームにはもっとひどいのがいくらでもあるよ?

 あるにはあるが、この全身を使うVRゲーでこれってのは運動が苦手じゃない俺でも……正直きっつい。

 まぁ、高レベル帯のパーティーならレベル上げにはぴったりの場所かもしれないがね。


「だいたい、ヴァルキリーさんの指示も適当すぎるんだよなぁ」

「すっごくシンプルな説明でしたもんね」

「シンプルっつーか一言だったぞ、『森の泉へ行け』ってな」

「地名すら教えないのも試練の一部なんでしょうね。『己の力で見つけよ!』的な」

「いやいや、それはあの人を買い被りすぎだろ。ありゃたぶん、この場所の名前を忘れただけなんじゃないのか?」

「あははは、まさかぁ……」


 それきり黙ってしまう俺たち。

 疑念と不信感と、あの人ならやらかしそうだという確信めいたものが脳に渦巻く。


 だがここで足を止めるわけにはいかない。

 せっかくのユニークシナリオだ。

 どんな結末であれ、見届けてやらぁ。


 そこからはニャルに敵探知スキルを使ってもらいつつ慎重に足を運んだ。

 それが功を奏したのかは知る術もないが、あれほど俺たちを悩ませたモンスターは急に鳴りを潜め、至極順調に探索は進むのであった。


 いくらなんでもこれはおかしい。

 モンスターはどこへ消えたんだ?


 ……待てよ。

 こうは考えられないかな。


 『正解のルートを通っていればエンカウントはしない』、と。


 前にそんなギミックのRPGをやったことがあるんでな。

 もしこの仮定が合っているのなら、とんでもない偶然かラッキーだぞ。

 ようやく幸運の女神が振り向いてくれたか?

 それともやっぱりニャルが幸運の青い鳥ならぬ青い猫なのか?

 よしよし、なら後で高級な肉か魚でも買ってやらないとね。


 などと考えつつ、小一時間も歩いただろうか。

 突然ニャルが俺の肩に飛び乗って、まるで木々の彼方を見通すかのように目を細めた。

 だが、肩では高さが足りなかったのか、今度は頭の上へと移動する。

 俺たちには察知できぬなにかを五感で感じ取っているかのようだ。


 そしてネコパンチを俺の額に浴びせながら言った。


「ご主人さま! あっちから水の音がするですニャル!」


 この有能猫ちゃんめ!


 ニャルの示す先へ急ぐと、そこだけがまるで別世界のようだった。

 森の中にぽっかりと開けた地。

 その一面が色とりどりの花々に覆われていたのだ。

 中央にはまさしく清廉な泉があり、水面には森の名の由来となったであろう白蓮が咲き誇っている。

 開けている故か、天空からは陽光が降り注ぎ、それら全てを温かく柔らかに照らしていた。


「わぁ~! 素敵な場所~! 幻想的ですねぇ~!」

「こりゃすごいな。来るのは大変かもしれんが、デートスポットで人気が出そうだ」

「いいですね! アキきゅんにしてはロマンチックです!」


 俺にしてはってひどいな。

 ヒナだってデート場所にゲーセンを選ぶようなヤツのくせに……


 ……ん?


「おい、見ろよ。泉の縁になにかいるぞ」

「え? ……本当ですね。白いものが横たわっています」


 白いものが気になった俺たちは、何の気なしに花園へ一歩踏み込んだ。


 ブルルッ


 途端にその白き物体は嘶きと共に起き上がった。


「おいおい……」

「あれって……」


 清らかな純白の四肢。

 美しいとさえ言える肢体。

 つぶらな瞳に長い睫毛。

 ああ、たてがみさえも真っ白だ。


 そして最大の特徴は、額から伸びた象牙のような質感の長い角。



 そう、これは────



「ユニコーン!?」




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