第46話 ユニークシナリオ・オルタナティブ
「さぁさ、お茶でも飲みながらお座りになってお待ちくださいね~! わたくしはすぐに着替えてまいりますので~!」
「は、はぁ」
「はい……」
ニコニコと柔和な笑顔で椅子を勧めるヴァルキリー(?)さん。
戸惑いつつ勧められるがままに座る。
うわ。
よく見たらソファのまわりは本とお菓子だらけだ。
さては寝転がって本を読みながら菓子を食べまくっていたんだな?
なんて油断しすぎな女神だよ。
あーあー、床には金属製の青い鎧が脱ぎっぱなしにされてるよ。
どんだけだらけてんの。
ほほほ、と笑って誤魔化しながら、そそくさと鎧を拾い集めるヴァルキリー。
それらを抱えて隣室へ消えていく。
「……おい、あれで本当に女神なのか?」
「さぁ……? 少なくとも私のイメージとは全然違いますけど……」
「間違いなくヴァルキリーさまですニャル」
「なにっ? ニャルは彼女と会ったことがあるのか?」
「ないですニャル」
「ないんかーい!」
きっぱりと言うニャルにツッコミながらズッコケる俺とヒナ。
見事な予定調和だ。
「ただ、豊猫玉姫命さまと同じく神気を感じますニャル。神気を発することが出来るのは神族のみですニャル~」
「なるほど……神気、ねぇ」
「わかるようなわからないような……」
確かにヴァルキリーさんも見た目は神々しいと言えば神々しい雰囲気がある。
絵に描いたような美人だし。
でもなぁ。
あまりにも即物的すぎるような気が……
だいたい、ヴァルキリーつったら高潔で毅然とした態度と声の────
「お待たせして申し訳ない。私が【魂の選定者】にして【戦乙女】ヴァルキリーだ」
そうそう、こんな感じ、の……
って、誰!?
「冒険者たちよ、歓迎する。よくぞこの神殿を訪れてくれた」
青く輝く鎧と兜を身に纏ったプラチナブロンドの女性がキリリとした表情と姿勢で俺たちの前に現れた。
だがどう見ても先程の女性が着替えただけである。
うわぁ、モロバレなのに今更ネコ被ったよこの人!
あっ違う違う。ネコったって、ニャル、お前のことじゃないから。
フレーメン反応した時みたいな顔するなって。
面白すぎんぞ。
「すごい変わり身の早さですね……」
「ああ……でもきっと、さっきのふやけた姉ちゃんのほうが本性なんだろうな」
「でしょうね……」
「あそこまで強引に居直られるとむしろ好感が持てるぞ」
「ある意味すっごいロールプレイですもんね」
そんな感想を漏らす俺たちなどはどこ吹く風でドヤ顔を披露する自称ヴァルキリーさん。
どうにかして威厳を醸し出そうとしているのだろうが、あのだらけ切った姿を見た後では効果も薄い。
そんな空気を察したのか、ヴァルキリーさんは腰から剣を抜いて俺たちに突きつけた。
物騒だなおい。
そんなことをしても威厳は戻らんぞ。
「汝ら……アキとヒナと申すのだな? そこの天津猫人に感謝するがいい。その猫がおらねばこの部屋を見つけることは出来なかったであろう。私が意図的に扉を隠蔽していた故にな」
ムフーと鼻息も荒く言い放つヴァルキリーさんを無視してニャルに尋ねる。
「天津猫人?」
「はいニャル。天猫津国に住む猫たちを総称して天津猫人と言うんですニャル~」
ふーん。
ややこし。
「まぁ、高位の探知スキルであれば、この部屋を見つけられぬこともないが…………こっ、こら、私を無視するな!」
「あ、ご、ごめんなさい……わたしこの子の飼い主だから……気になっちゃって……」
無視されてプンスカするヴァルキリーさんへ、ペコンと殊勝に頭を下げる俺。
ちゃんとロールプレイを忘れていない俺に向け、ヒナが親指を上げてグッジョブと伝えてくる。
おう、任せろ。
もうだいぶ慣れてきたんでな。
「…………コホン。よい、許す。汝はその……とても愛くるしい故な」
ヴァルキリーさんは、なぜか頬を染めて咳払いしている。
それも俺の顔をチラチラと窺いながら。
すごいな幼女パワーは。
女神の怒りも封じるのかよ。
「そ、その、不躾な頼みを言うのは女神としてどうかとも思うのだが、き、聞いてはもらえぬだろうか?」
突然の申し出に思わずヒナと顔を見合わせる。
おっとぉ?
こりゃあ、なにかすごいことのような予感がするぞ。
ククク。
「あの、わたしなんかでいいんですか……?」
内心では嬉々としながら控えめに言ってみた。
そして少し顔を俯かせ、上目遣いでヴァルキリーさんを見つめる。
両手を握り胸に当て、足は少し内股で謙虚さや可愛らしさを表現した。
「クッッ!!」
「~~~!!」
それを見たヴァルキリーさんは真っ赤な顔を両手で覆い隠してしゃがみ込んでしまった。
よく観察すれば、まるで何かを耐えるようにブルブルと震えている。
ヒナはと言えば、ツヤッツヤの笑顔で涙を流しながらダブルサムズアップしていた。
そこまで効果あったの!?
チョロすぎるだろ!
……ん?
しゃがんだまま手招きするヴァルキリーさんのそばへ、トコトコと近付くと────
「もう辛抱堪りませ~~~ん!! 抱っこさせてくださ~~~~~い!!」
「ぎゃーーーー!」
ヴァルキリーさんはロールプレイ忘れたように、なりふり構わず俺を全力全開で抱きしめた。
全身を貫くこの痛み!
ツナの缶詰さんに抱かれた時よりもひどい!
さすが戦乙女!
すさまじい戦闘力だ!
おい、ヒナ!
光を失った目と半笑いで見守るのはやめろ!
せめて助ける努力はしろよ!
その拷問じみた抱擁は俺の願いも虚しくしばらくのあいだ続いたのである。
「……取り乱して済まなかった。あまりの愛くるしさに、つい」
椅子に腰かけ、ようやく落ち着きを取り戻したヴァルキリーさんは深々と頭を下げた。
俺はヒナに膝枕をされてぐったりと横たわったままだったりする。
『つい』、じゃねーよ……
荒ぶりすぎだろ。
HPがなくなりそうだったぞ。
「おや? アキよ。よく見れば汝は【姫騎士】なのだな」
む?
未実装ジョブの姫騎士に反応した?
ってことは、もしや俺の読み通りに……
「なるほど。冒険者の中にとうとう姫騎士が誕生したか」
すいません。
偶然なっただけです。
「ならば、アキには更なる高みを目指してもらわねばならぬな」
は?
「姫騎士となった者は私の試練を受けるのだ」
はぁ?
『ユニークシナリオ・オルタナティブ:【戦乙女の試練】を開始しますか?』
来たぁぁあああ!




