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第45話 戦乙女の神殿にて


 美麗極まる白亜の建築。


 魂すら吹き込まれたかのような彫刻群。


 磨き込まれた大理石の床。


 張り詰めた中にも優しさを秘める神聖な空気。


 荘厳なパイプオルガンの音色。



 その見事さを形容したくとも、俺の語彙ではこれが限界だった。



「ふわ~! すっげぇな~」

「これが戦乙女の神殿ですかぁ、素敵~!」


 俺もヒナもお上りさんよろしく、あちこちをキョロキョロしながら神殿内を散策する。

 VRの良い点は、架空の存在も現実となんら遜色がないと感じられるところに尽きるだろう。

 ただ、悪い点も明白で、現実リアルとの乖離が進むところだ。


 乱用したらどっちが現実だかわからなくなっちまうような連中も出てきそうだもんな。

 現に俺ですら『あれ? 今は幼女だっけ? 男だっけ?』と混乱するくらいだし。

 ま、なんでもそうだけど、のめり込みすぎるとロクな目に遭わないってこと。


 ……ゲーマーの俺が言ってもあんまり説得力がないか……


 それにしてもこの神殿の作り込みは凄まじいな。

 花壇や花瓶に活けられた花の花弁すらきっちりと再現されてら。

 うわ、香りまでちゃんとあるし。

 なに考えてんだ開発者は。

 とんでもねぇところにリソース割いてやがる。

 なんでもかんでもリアルにすればいいってもんじゃねぇだろうに。


 カツンカツンと靴音も広い神殿によく響いた。

 俺の靴、と言うか具足グリーブは金属製だから硬い大理石の床と相まって余計に響く。


「しかし長い廊下ですね。どこまで続くんでしょう?」

「だなぁ。これじゃ廊下ってより回廊だ」


 一本道な癖に何度も折れ曲がる廊下。

 感覚からすると、どうやら神殿内を一周しそうな勢いだった。


 いや、わからんぞ?

 ゲームでは建物のサイズと内部構造の広さが一致しない、なんてのはよくあることだからな。

 古いゲームなんかじゃ、1キャラ分の大きさしかない建物なのに、内部が広すぎて2時間ほど彷徨った経験もある。

 ここも、もしかしたらそう言う造りになってるかもしれん。

 一応覚悟だけはしておこう。


「でも、モンスターが出ないだけマシか」

「ですね。この長さでいちいちエンカウントしてたら身が持ちません」

「俺と思考回路が同じすぎる。さすがゲーム狂のヒナさんだ」

「ゲーム狂じゃなーい!」

「しかし、ダンジョンってわけでもなさそうだし、その割には立派すぎるよな。なんなんだろここ」

「単に運営が技術を見せびらかしたいだけの観光名所、とか……?」

「うわ、やめろヒナ。段々本当にそんな気がしてくるだろ!」



 だが、俺の心配は杞憂に終わった。


 歩き疲れて俺の頭にへばりついていたニャルに、肉球(ネコパンチ)でペシペシと額を叩かれたのだ。


 そのぷにぷにな前脚で示す先は彫刻と彫刻の隙間。

 そこには、まるで隠されているかのようにひとつの扉があるではないか。


「なんだこりゃ? すげぇ場所に扉をつけたもんだな」

「普通に歩いてたら絶対見逃してますよね」

「同じような風景ばっかりだったしなぁ。しかも丁度その風景にも飽きてきた頃だもん。これ絶対わざとだろ。ま、とにかくお手柄だぞニャル。後で新鮮な魚をプレゼントだ」

「わーいニャル~!」


 俺とヒナは喜ぶニャルを尻目に慎重な足取りで扉へと近付いた。

 このドアがどこと繋がっているかわからない以上、慎重にならざるを得ない。


 もしも罠だとすれば、入った途端大量のモンスターに囲まれる可能性だってあるのだ。

 別ゲーでも所謂モンスターハウス、通称モンハウに何度殺されたことか。


 とは言え、俺もヒナも罠感知スキルなんてものは持っていない。

 出来ることと言えば、せいぜい扉へ聞き耳を立てるくらいだ。


「……なにも聞こえませんね」

「ああ。パイプオルガンの音が邪魔でな」

「どうします?」

「へっへっへ」

「……聞くだけ無駄でした。この状況でアキきゅんが引き下がるはずないですよね」

「わかってるじゃないかぁ」


 打つ手がないなら真正面から堂々と乗り込むのみ。

 俺は『たのもう!』と言いたくなるのを堪えながらガッチャと扉を開け放った。

 これで鍵でもかかっていたらただのギャグになるのだが、そんなこともなくすんなりと開く。



 そして飛び込んできた光景に────


「へぁ?」


 ────妙な声が出た。



 なぜなら、極々普通ーーーの部屋だったからだ。


 ベージュ色で統一された室内。

 大きな窓からは明るい陽光が差し込み、レースのカーテンがそよ風に揺れている。


 部屋の中央には丸い絨毯が敷かれ、大きなソファとテーブル、椅子が数脚置かれていた。


 壁際には本棚や茶棚、そしてそこだけはファンタジーっぽい大きな暖炉。



「誰の部屋だよ!?」

「別な意味で驚きましたね」

「ゲームマスターが寛ぐためのデバックルームとかじゃあるまいな」

「あははは、まさかぁ」

「だよな、ははは」


 毒気を抜かれてなんだか笑ってしまう俺とヒナ。



 しかし、住人は存在したのだ。




「あらあらまぁまぁ~! お客さま~!? すっかり油断していました~! どうしましょう~~!?」



 背もたれしか見えなかったソファの向こうから、なんとも間延びした声が聞こえた。


 そしてひょっこりと顔を出したのはプラチナブロンドの麗しき女性。

 しかも、シルク製と思われる薄布一枚のお姿だった。




「いらっしゃませ~! こんなはしたない格好で失礼いたします~! わたくしが【戦乙女の神殿】を預かる【ヴァルキリー】です~!」




 ……はい?



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