第42話 姉の機嫌が何故か良い
ガッシャガッシャと力強い足音。
兜のせいか、良くは聞こえないがくぐもった鼻歌のようなハミングのようなものが俺の耳に届く。
「……」
「……」
無言でうつむいているのは俺とヒナ。
やれやれ、と言った風にその後ろをついてくるのはキンさん。
周囲のプレイヤーから俺たちに注がれる好奇や奇異に満ちた視線。
それが堪らなく恥ずかしい。
原因はひとつ────
「お、おい。あれ見ろよ」
「……なんだありゃ?」
「えーと……三位一体?」
「いや、3身合体じゃね?」
「ブハハッ! メガ〇ンの悪魔合体じゃねーんだからやめたれ」
「見て見てあれ!」
「きゃー! かわいい~!」
「……幼女を抱っこした少女を抱っこした騎士……?」
「なに言ってんのかわかんねぇ」
「オレもさっぱりだ」
────いいや、それで合ってる。
そう、露店中の商人たちが言った通りなのだ。
つまり、俺を抱き上げたヒナが、更にツナの缶詰さんの腕の中へ収まっているってこと。
そしてそのツナ姉さんは意気揚々と俺たちの借りた宿屋へ向かっているところなのだ。
抵抗することを諦め、撫でられ疲れた俺はまさしくお人形のように死んだ目でヒナに抱っこされていたのである。
執拗、と言う言葉がぴったりなほど全力で愛でられ続けられたら俺でなくともこうなるだろう。
ヒナも光を失った瞳でツナの缶詰さんのなすがままとなっていた。
そんな状態でも俺の身体をしっかりと抱きしめていてくれるヒナが愛おしい。
どうしてこのような状況に陥ったのか。
その答えは単純明快である。
ゲリライベントも終了し、噴水大広場に集ったプレイヤーたちも解散したころ。
俺たちはビートエイプ討伐に大きな貢献を果たしてくれたツナの缶詰さんへの報酬で悩んでいた。
なにせ彼女は廃人集団、ハンティングオブグローリーのメンバー。
生半可なものを贈ったのでは納得してくれまいと考えたわけだ。
ところがどっこい、ツナの缶詰さんは何もいらないと言う。
流石にそれは悪いと伝えたところ、彼女はこんなことを切り出した。
「そうですね……ならば、報酬のかわりと言ってはなんですけれど、しばらくのあいだ皆さんと一緒に冒険をしたいと思っているのですが、ご迷惑でしょうか?」
とんでもない提案に目を剥く俺たち。
すかさず円陣を組んで吟味に移る。
「キンさん。最年長者の意見からどうぞ」
「うん。僕は願ってもない話だと思うよ。この先、強敵とまみえる可能性も高いだろうからね」
「ああ。その点は俺も認めてる。あの人は本気で強い」
「私もアキきゅんに同意です。ビートエイプとの殴り合いは目を見張りましたよ」
「なんだい、満場一致じゃないか。なら相談の必要もなかったね」
「……いや、待って欲しい。確かに強い、強いんだけど……」
「……このままでは私たちの生命に危険が及びます……」
「あー、確かにね。彼女はどうやら可愛いものをこよなく愛しているようだから」
「そこが一番の難点なんだけどな……」
「ですよね……」
「ん? 女性が多いと華やぐからなんの問題もないだろう? 僕は全然困らないしね。ツナの缶詰さん! その話、お受けしますよ!」
「あああああ! この野郎! 戦力増強と引き換えに俺たちを生贄に差し出しやがった!」
「キンさんの裏切り者ぉ~!」
キンさんの言葉を聞き付けたツナ姉さんの表情は兜で窺えないものの、パッと雰囲気が明るくなったような気がする。
まるでキラキラしたエフェクトが全身を覆っているようだ。
禍々しい鎧とのギャップがすごい。
「本当ですか!? わーい! ……コホン。いえ、とてもとても嬉しいです。皆さん、今後ともよろしくお願いいたします!」
こうしてキンさんの手により半ば強引に同行を決められてしまったわけだ。
仲間となった以上、親睦を深めなければ今後の冒険に差し障る。
などとキンさんに諭された俺とヒナは、今の状況に叩き落とされたのだった。
なんか色々ミスったような気がするぞ……
先行き不安!
「!!!! 青猫ちゃん~~~!!」
「な、なんですニャル~!? ふぎゃーーー! ご主人さま! この人はなんなんですニャル!? みぎゃーーー!」
「新しい仲間でツナの缶詰さんと言うんだ。ニャル、仲良くしてあげるん……のよ?」
宿屋の一室へ帰り着くなり、早速ツナ姉さんの餌食となった可哀想なニャル。
うむ。
いい生贄がここにもいたようだ。
南無南無、いやアーメン、か?
とにかく、しばらくは地獄の抱擁から解放されそうだぞ。
ニャル、ツナ姉さんの相手は頼んだぜ。
めでたしめでたし。
そんなニャルのことなどお構いなしに椅子で寛ぐ鬼畜なキンさんが、泣いてるのか笑っているのかよくわからない顔で言う。
「みんな、今日はそろそろ寝ないかい? これ以上遅くなると明日の仕事が……はたらきたくない……はたらきたくないよぉ……」
泣き言だ!
「ヒナ、今何時だっけ」
「午前1時半くらいですね」
「そっか。確かにいい時間かな」
「そうですねぇ。朝起きられないと叱られちゃうんですよ」
「あー、山科さん、だっけ?」
「はい、その山科さんにです」
山科さんとはヒナの家、つまり松宮家のメイドさん、と言うかお手伝いさんだ。
サラッとメイドさんが家にいるあたり、金持ちはこれだから困る。
一度だけ目撃したけど、若くて綺麗な人だったよ。
まさか親父さんの妾とか愛人じゃないだろうな……?
「俺……私も姉に泣かれるから寝ようかなぁ……ツナお姉さんはどうするの?」
「もっふもふぅぅうう! ……はい? あ、私もそろそろ寝ます。とてもとても名残惜しいですが……」
「ご主人さま~!」
「はぁぁぁん! 幼い子と猫ちゃんの組み合わせは至高です! しかもぺたんこ座り! 超高得点です!」
ようやく解放され、泣きついてくるニャルの頭を撫でる俺。
その光景にまたもや顔は見えぬものの、明らかに萌え萌えな表情をしているような気配のツナ姉さん。
いったいなんの得点なのか気になる。
「ツナの缶詰さんの意見には激しく同意だね」
「全くです」
大きく頷き蕩け顔のキンさんとヒナ。
あんたたちまで萌えんな。
「じゃ、落ちまーす。また明日ね」
「お疲れさん」
「アキきゅんおつでーす」
「お疲れ様でした」
このままではグダグダになりそうなので、手を振りながら先陣を切ってログアウトする。
現実へ戻った俺は、ムクリと起き上がって歯磨きのために部屋を出た。
その洗面所へ向かう途中。
「ふんふ~ん、ふんふん~」
珍しく夜更かししていたのか、夏乃姉が機嫌も良さそうに鼻歌、いやハミング? を歌いながらパタパタと同じく洗面所へ向かうところであった。
「あれ? 夏姉もまだ起きてたの?」
「お姉ちゃん、だよ秋乃くん」
「……夏姉ちゃんにしては夜更かしなんて珍しいね」
「そう~? ふふふっ」
「なんだか機嫌がよさそうだけど、なにかあった?」
「うん。とっても可愛らしいものに囲まれてたからね~」
「ふーん」
テレビでも見ていたのだろうか。
ともあれ俺と夏姉は洗面台の鏡を見ながら二人並んで歯磨きをする。
ジャージの俺、可愛らしい花柄のパジャマを着た姉。
その姉は、鏡の中の俺をやたらじっくりと見つめている。
無性に気恥ずかしくなった俺は尋ねずには居れなかった。
「な、なに? ジロジロ見てるけど」
「ううん。やっぱり秋乃くんが一番可愛いかなって」
「ぶほっ! げほっ!」
「いやー! 汚いー! もう! 歯磨き粉の汚れって意外と落ちにくいんだよ! めっ!」
思わずむせった俺の口を甲斐甲斐しく拭ってくれる夏姉。
叱りながらも優しいのは相変わらずだ。
その怒った顔も2秒ほどで崩れ、『全くもー、いつまで経っても子供なんだからー』などと嬉しそうに俺の顔を拭いまくっていた。
俺のツラはそんなに汚れてるの!?
……ま、夏姉の機嫌がいいならいいか。
そんな風にして夜は更けていく。




