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第39話 一方その頃……ってやつ


 時は僅かに遡り────



 首都アランテル。

 第三区画軍用地。



 BOOOOOOOOOOO



 木のうろとしか思えぬ口から、さも無念そうに断末魔を吐き出し粒子となって消えゆくエリアキーパー【フォレストガンマ】の巨体。


 取り巻くプレイヤーたちは、未だ油断なく身構えていた。

 しかしそれも、一人の頭上に【MVP】の文字が浮かぶと緊張が解け始める。



「良し。戦闘止め!」

「……思ったよりも……時間がかかってしまったわね……」

「このフォレストガンマってぇ~、無駄にタフすぎるんだよぉ~。ザコの癖にさぁ~」

「突発的なゲリライベントゆえ、人数をあまり集められなかったのが災いしたのだ。最前線にも団員を残さねばならないのでな……各員! ドロップアイテムを回収せよ!」


 廃人で構成された冒険者集団『ハンティングオブグローリー』の団長、『幻魔ゲンマ』の一声で団員たちが速やかに動き出す。

 彼は広範囲に散らばったドロップアイテムを俊敏に拾い集める団員たちを満足そうに腕組みで見つめる。


 かつて、幻魔は別のMMORPGにおいてもこのハンティングオブグローリーを率いていた。

 勿論、【OSO】は限られたプレイヤーしか参加できぬゆえに、以前とは構成員が様変わりしている。


 それでも彼は最高効率を求め、廃人となり得る者をスカウトして鍛え上げ、今では【OSO】においてもトップ団となるまで のし上がったのである。


 トイレに行く寸暇も惜しんでプレイした甲斐があったと言うものだ、と彼は思う。


 ボス戦中に催しても断固たる意志で戦闘を続け、その結果ズボンや下着を幾度台無しにしたか数えきれない。

 そして、団がここまで来られたのも、初期メンバーたる『聖ラ』と『ぺろり~ぬ』がいてくれたからこそだ。

 奇妙な口調の二人だが、ゲームの才能は秀でていることを幻魔は知っていた。



 そしてもう一人。

 フォレストガンマの膨大なHPをほぼ単独で削り切り、ラストアタックをも決めて、見事【MVP】を獲得した強者が────



「どこへゆくのだ『ツナ』よ」


 無言で立ち去ろうとする禍々しい鎧の背中に声をかける幻魔。


「一応、他の区画も見て回ろうかと」


 立ち止まった赤黒い鎧姿のプレイヤーはきちんと身体ごと振り返ると、涼やかな声でそう返した。


「ほう。それは他に出現したボスに、お前の狙うドロップアイテムがある。と言う認識でよいのか?」

「……多少の齟齬はありますが、概ねそのような感じです」


 この『ツナの缶詰』と言う名のプレイヤーが、本格的にゲームをやるのは【OSO】が初めてだと幻魔は聞いていた。

 しかし、騎士のロールプレイに徹するツナの缶詰に非凡な才能を見せつけられた幻魔は、他の団に入られてしまうよりはマシだと、ハンティングオブグローリーへの入団を勧めたのである。


 入団後、ツナの缶詰はメキメキと頭角を現し、みるみるうちに強くなっていった。

 それもトッププレイヤーと遜色がないほどの。

 いや、【OSO】の頂点に立っていると言っても過言ではない。


 幻魔は彼女の才格を激しく羨むと同時に、凄まじいまでの恐怖を覚えた。

 なぜならば、ツナの缶詰無しに最前線の攻略はままならぬからである。


 今はまだ己が強くなることに夢中なツナの缶詰も、いずれはそれに飽きてハンティングオブグローリーを退団してしまうのではないかと危惧し、恐れたのだ。


 現状ですら我々はツナの缶詰に頼るところが大きい。

 ハンティングオブグローリーの全体的な戦力における底上げが急務であると幻魔は思い悩む。

 そして、このなにを考えているかもわからず御しきれない鎧騎士は、自分の手に余るとも。


 礼儀正しいが底知れぬなにかを、幻魔は彼女の立ち居振る舞いから感じ取っていたのだった。



「ツナよ、我々は前線に帰る。お前も早めに戻るがよい」

「状況に寄りますが善処いたします。可愛いものが私を呼んでいる気がしますので」

「……それのどこが『多少の齟齬』なのだ……?」


 出た、と幻魔は心の中で頭を抱える。

 ツナの缶詰の致命的な弱点が発露したのだ。


 それは可愛いものと小動物に無類の弱さ(・・)を誇ること。


 ボス戦のさなかであろうがそれらを目にした彼女は一目散に向かって行くのだ。

 ほったらかしにされたボスのほうがポカンとしてしまうほどに。


 そんな彼女のポンコツ性癖を何度も思い知らされた幻魔は、溜息をつきながらツナの缶詰の背中を見送ることしかできなかったのである。







「こっち、ですね」


 ガッシャガッシャと赤黒い鎧を鳴らしながら走るツナの缶詰。

 彼女に搭載された『可愛いものセンサー』が脳内で方角を告げていた。

 無論、【OSO】にそんな機能は無く、彼女の自称にすぎない。

 しかし、この勘が外れたことなど今まで一度もない。

 もうすぐ可愛いものに相まみえると言う高揚感を抑えつけ、彼女はひた走る。


 どんな可愛いものが待っているのでしょう。


 油断するとワクワク感に飲み込まれそうだった。


 幻魔さんたちには少々悪いことをしてしまったでしょうか。


 心優しいツナの缶詰は、ハンティングオブグローリーの面々を気遣う。

 しかし、可愛いものが近くにあるのなら、すぐにでも駆け付けねばならない。

 出会いとは一期一会の奇跡なのだから。


「……どうやら目的地は噴水大広場のようです」


 街を駆け抜け、近付くほどに闘いの激しい音が大きくなっていく。


 確かあそこにはビートエイプを放置してあるはず。

 ハングロメンバーの誰かが引っ張って行ったのを見ましたので。

 と言うことは他の皆さんも頑張っておられるのですね。

 ですが、あの場に可愛いものなんてありましたでしょうか……


 ツナの缶詰がそんな風に思いを巡らせた時。



「いいえ。アキきゅんが行くなら私も行きます。どうせなら二人で無理心中しましょう」

「物騒だよ!?」



 二人の少女が交わす会話を耳にした。


 ツナの缶詰の胸に衝撃が走る。


 絶対に忘れはしない声と姿。


 あまりにも愛らしい金髪碧眼の幼き少女。

 そしてエリア3で邂逅したあの時の思い出が鮮やかに脳裏へ蘇った。


 『アキ』さんと言う名のちっちゃくて可愛い女の子!

 見た目は似ても似つかないですが、私の大切な人に近い名前の!

 今は居ないようですけど、あの時は青い猫ちゃんを抱いていましたね!


 ああ!

 今すぐ抱きしめたいです!



 現実リアルならば抑えきれない激情も、【OSO】でならなんとか我慢できた。

 普通は逆であろうとも考えるが、今の彼女は【騎士】なのだ。


 落ち着きなさい、私。

 騎士はそんなことをしません。


 ですが、ですが。

 騎士らしく格好良く助けるくらいならロールプレイの範疇です!


 話の流れからして、お二人はビートエイプへ特攻するつもりでしょうか?


 させません。

 ええ。

 あのような可愛らしい子に特攻などさせませんとも!



「おっしゃ、【大号令】で……」



 間に合いました!



 ザッッッ



「おや? これはアキさん、ヒナさん。またお目にかかりましたね。ご壮健そうでなによりです」




 呆気にとられる二人の少女へ、精一杯の格好をつけた声で言い放つツナの缶詰なのであった。




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