第36話 彼女の放つ大魔法
「その『ビートエイプ』は噴水塔の上にいるあの大きいヤツよね?」
「はい。ガチ勢がここまで引っ張ってきたのはいいんですが、あいつらすぐフォレストガンマのほうへ行ってしまって、ご覧の通り、あっと言う間に死体の山です」
変態さん……いや、えーと名前なんだっけ?
まぁいいか変態さんで。
実際、罵られて快感を得るような変態さんだし。
プレイヤーネームを見ればいいだけなんだけど、あんまり直視したくないんだよね。
だってさぁ、頭にウ〇コみたいな形の帽子を被ってんだぞ?
なに考えてんだろこの人。
そんなもんを実装する運営もアレだが。
いかに凄い効果を持っていたとしても俺は御免だね。
幼女にウンコは似合わない。
あ、伏字するの忘れた。
ともかく、広場の惨状を見れば確かにひどい。
あのゴリラと闘るならそれ相応の覚悟をしなくてはなるまい。
広場のあちこちでは未だに生き残ったプレイヤーとミニゴリラの戦闘が繰り広げられている。
中にはゾンビアタックの如く、死んではリスポーンして突撃を繰り返すプレイヤーまでいた。
デカいほうのビートゴリラ……じゃなくてビートエイプは、ミニゴリラたちをまるで子を見守る親のような眼差しで睥睨しているだけだった。
モンスターにも感情があるとか、相変わらずすげぇAIだなぁ。
「みんなが戦ってる小さいほうのゴリラはなんなの?」
「あれはビートエイプの眷属です。あんなんでも一匹一匹がかなり強いんですよ」
「へぇ……ゾクゾクしてきたぜ。それでこそだよな」
「えっ?」
「あっ、ううん。なんでもないの」
ゴリラと言やぁ、森の人とか森の王とか呼ばれる存在だもんな。
そして王と来れば弱いはずがない。
ましてやエリア10のボスってんなら余計にな。
へっへっへ。
「うわ、あの顔見てください。アキきゅんのゲーマー魂に火が点いたみたいですよ」
「うーむ。幼女が不敵な笑みをすると背徳感が増すねぇ」
そりゃどういう意味だよキンさん。
ロリビッチみたいだってことか?
「あの、ツンデレ幼女さま、フォレストガンマの時みたいに我々を指揮してくださるんで?」
「まだわかんないよ。状況次第、ってところかな」
「えぇ、そんなぁ……」
泣きそうな顔すんなよ変態さん。
せっかくのゲリライベントなんだから楽しくやろうぜ。
インベントリからガラリと鬼神滅砕斧を取り出し、肩に担いだ。
「な、なんだあれ……幼女がバカデカい大斧を……」
「おいおいおい、あんなもんを振り回すってのか……? あの可愛い子ちゃんが……?」
「小さな子が大きな武器を持つのってロマンがあるわね……」
「同意せざるを得ない……」
「鬼萌えぇぇぇぇ!!」
死体のみなさんが口々に何か言ってるが、俺の耳にはもう入って来ない。
既に脳がモンスターをどうやってブチのめそうかとフル回転中なのだ。
「キンさん。アキきゅんに支援魔法をお願いします。たぶんなにも聞こえてないと思いますから」
「……わかったよ。きみたちは本当にお互いをわかり合ってるんだね」
「あはは、そんなことないですよ。ただ、私の目がずっとアキきゅんを追いかけてるだけなんです。目が離せないんですねきっと」
「はっははは、確かに。アキくんは無邪気で無謀な子供みたいなところもあるからねぇ」
「いえ、単に私がアキきゅんを好きすぎるだけですけど?」
「ムキーーーーッ!」
「キンさん。それより、私たちもアキきゅんを援護しますよ! ほらほら」
「ぬぬぬぬ……」
俺に【ブレッシング】と【速度増加】がかけられたのを視界の端に浮かぶログで確認する。
きっと気を利かせたのはヒナだろう。
キンさんに支援魔法を頼んだに違いあるまい。
助かるよヒナ。
俺のことを一番よくわかってるのはお前さ。
……やべ。
今、なんでか知らんが『秋乃くんを一番よくわかってるのはお姉ちゃんだもん!』と夏姉の悲痛な声が聞こえた気がする。
ええい、無念無想だ。
俺は雑念を振り切るように走り出し、今まさに殴られる寸前の司祭さんとミニゴリラの間に割って入る。
ミニとは言っても、ビートエイプ本体に比べればの話であって、体長は大人の人間並みだ。
その剛腕から繰り出されるパンチをパリィで跳ね上げ、タゲが司祭さんから俺へ移ったのを確認後、すかさず特殊スキル【雲身】を発動。
ニュルリと後ろへ回った俺に、ミニゴリラは状況を判断できず慌てふためく。
おっと、ミニのほうはあんまり高級なAIではないらしいな。
なら遠慮なくいただきまーす!
無防備な背中へ思い切り斧を振り下ろす。
バックアタックとクリティカルのエフェクトが華麗に舞い、ミニゴリラは一撃で爆散した。
うむ、レベルの上がった今の俺なら充分に通用するらしい。
無意識にドロップアイテムをインベントリへ突っ込みつつ。
「司祭さん、大丈夫?」
と、腰を抜かしていた女性プレイヤーへ声をかけた。
「え、ええ、ありがとう助かったわ。あなた、小さいのにすごいのね……」
小さいは余計だよ。
「無事なら他の人たちを助けてあげてほしいの」
「わかったわ。こんなに幼い子が頑張っているんだものね。私もうかうかしていられないわ」
幼い子も余計ですよ、お姉さん。
司祭さんを残し、俺は次の獲物目がけて駆け出す。
二人の騎士が相手をしていた3頭のゴリラを粉砕し、足を止めることなく時計回りに広場を駆ける。
いいぞ。
だいぶ身体も温まった。
そこへ突然、屋台の陰にいたゴリラが俺の右から現れ、躊躇なく飛びかかってきた。
しかし、そいつは空中で幾本もの氷の刃によって全身を串刺しにされ粒子と化す。
ヒューッ!
こりゃヒナの魔法だな?
愛してるぜマイハニー!
俺も負けじと2頭を一閃。
「お、おい、あの幼女ちゃんすごいぞ……!」
「オレたちも寝てる場合じゃねぇ!」
「リスポンすんぞ!」
「おお!」
「あの子のためなら死んだってかまいやしねぇ!」
「オレらも行くべ行くべ!」
「待ってろよ幼女ちゃん!」
続々とリスポーンし、冒険者ギルド前に復活するプレイヤー。
そこへ待機していたキンさんを含む司祭たちが、彼らへ回復と支援を施す様が見て取れた。
よし、これはいい流れだ。
ボス戦ではプレイヤーの士気がものを言うからな。
どれ、俺ももうちょっとミニゴリラの数を減らして────
UHHOOOOOOO
広場中に突如響き渡る凄まじい咆哮。
どうやら噴水塔に陣取ったビートエイプが、胸をドラミングしながら思い切り雄叫びを上げたらしい。
な、なるほど、ビートエイプの由来はこれか。
ドラミングが8ビートだ!
そう認識した途端に揺さぶられる俺の心。
それもただの揺さぶりではなかった。
眼前に現れたミニゴリラが、より恐ろしい魔獣に思えてきたのだ。
真っ黒なオーラを放ち、赤い瞳で牙を剥く。
その禍々しさに足が竦みそうだ。
まさか、これは状態異常【恐怖】か?
くそ、そんなスキルをもってやがるとは……
道理でプレイヤーが殺られまくってるわけだよ。
だがな、エテ公風情がいつまでも調子に乗ってるんじゃねぇぞ。
「戦女神よ……【姫騎士】たる我に魔を討つ力強き意思を授け給え……【勇猛果敢】!」
詠唱完了と同時に、ゴォッと俺の身体が炎のようなエフェクトに包まれた。
【勇猛果敢】はパーティーメンバーにのみ効果を発揮する【姫騎士】スキルだ。
状態異常を完全無効化し、尚且つ【高揚】状態を付与する。
高揚状態となった者は、物理と魔法、両方の攻撃力と防御力に補正がかかるのだ。
そして更に、大火力を伴うスキルの発動ゲージが高速で蓄積されると言う効果もある。
それはつまり────
「万象の根源なるマナよ、我が身に集え! ルーンの導きに従いて来たりしは氷雪の女王! 紡ぎし魔素を輝きに変えて凍滅させんと欲すなり!」
ヒナの大魔法が発動できると言うことだ!
「氷葬に抱かれ果てよ! 【絶対零度】!!」




