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第34話 幼女、ゲリライベントに挑む


「っつーわけで、最後は一斉に湧いたラフレシア・プラチナムにみんな食われて首都に帰ってきたんだよ」

「あれはびっくりしましたね。気付いたら私、下半身が溶けてましたもん」

「はははは、ヒナはまだいいよ。俺なんて丸飲みだぞ? もがく間もなく死んでたわ」

「ニャルだけ無事でしたニャル! エッヘン!」

「あははは、ニャルちゃんがまさか【ハイディング】を覚えるとは驚きましたよ」

「マジか! これからはニャルに索敵を頼めるじゃん!」


「……へぇ……さぞや楽しかったんだろうねきみたちは……」


 例の宿屋にて昼間の出来事を聞き終えたキンさんのリアクションがこれである。

 きっと仕事中に嫌なことでもあったのだろう。

 暗い表情で唇だけを歪めて笑う栗毛サングラスの人。

 その哀愁に満ちた悲し気な笑顔は、彼を一気に老けさせてしまった印象さえ受ける。


「レベルもがっつり上がったしなぁ。そろそろ先へ進んでもいいんじゃね?」

「そうですねー。アキきゅんとならどこへ行っても楽しいですし」

「おっ、可愛いことを言ってくれるねマイハニー」

「えへへー」

「ニャルもだいぶ成長しましたニャル~」


「……僕の……は……?」


「なんなら一気に最前線まで行っちまおうか?」

「そう言えば小耳に挟んだんですけど、実装された新エリアは砂漠なんだそうですよ」

「ほぉー、ってことはエジプト神話がモチーフなのかな?」

「あ、そうかもしれませんね。ここが北欧神話ベースみたいですから」

「面白そうだなぁ」

「なんでも、大きな乗り物に乗って新エリアに行くらしいですよ」

「帆船とか?」

「飛行船だったり?」

「いいねぇ飛行船」

「船もいいですねぇ」


「…………僕のレベル上げを手伝ってくれるって話はどうなっとるんじゃあああああああ!」


 あ、とうとうキンさんがキレた。

 うーむ、いつ見てもキレのあるキレ芸だなぁ。

 プッツンぶりが堂に入ってる。


「安心してくれよ。一応ちゃんと覚えてるって」

「そうですよ。私たちがキンさんのことを忘れたりするはずがないじゃないですか」

「……本当かい?」

「ああ」

「ええ」

「……アキくんはゲスだが、ヒナさんは女神だ……!」

「失敬なんですけど!?」


 この男は何気に毒を吐きやがるな。

 ま、わかっててわざと話を逸らしてた俺も俺だからおあいこか。


「ほんじゃ、ラフレシア狩りに行こうかぁ。あ、みんな晩メシ食った?」

「食べましたよ」

「僕も食べた。スーパーで半額だったお寿司だけど」

「ニャルもさっきご主人様からお魚をもらったニャル~!」

「俺も姉ちゃんの手料理を食べた(ドヤァ)。あ、ヒナ。SPポーションも買っといたほうがいいぞ。キンさんも」

「そうですねー。攻撃魔法でタゲ取ってるとかなり消耗しますから」

「(ぐぬぬぬぬ! 可愛い姉が作った手料理だと!?)ほう、なるほど。じゃあ僕も仕入れておこう」


 などとやり取りしながら狩りへ向かう準備をしていた時。



『こんばんは。【オーディンズスピア・オンライン】運営チームです』



「おや、黄ばみだ。珍しいな」

「なにか不具合でもあったんですかね?」

「いや、これはもしかすると……」


 前にも言ったが、『黄ばみ』とは運営からのお知らせが黄色いログで表示されることから名付けられたものである。

 別名に『天の声』などもあるが、俺は響きの面白さから『黄ばみ』派だ。



『憂鬱な月曜日を乗り切ったプレイヤーのみなさんへささやかなおきゅり……失礼いたしました。贈り物です』


「噛んだ」

「噛みましたね」

「この女性GM(ゲームマスター)は毎度噛んでないかい?」

「『噛み噛みちゃん』と命名したくなるな」

「あっははは、いいですね噛み噛みちゃん」


 文字だけのお知らせにしとけば噛んだりしないのに、音声なんて使うから……

 ……いや、誤字る場合もあるか。



『先日には正式版実装もありましたのでそれを記念し、【ゲリライベント】を開催いたします! 日頃の鬱憤を是非【OSO】で解消してください!』



「ゲリライベント?」

「なんですそれ?」

「ああ、きみたちは知らないか。β版では何度か開催されたんだけどね。まぁ、簡単に言えばお祭りみた」


『只今より首都アランテルにおいて、街中へモンスターを放流いたしますので、プレイヤーの皆さまは振るってご参加、ご討伐を願います! それでは、スタート!!』


 キンさんのセリフに被せた『噛み噛みちゃん』がそう告げた途端。



 GOAAAAAAAAAAAA


 MOOOOOOOOOOOOO



「モンスターだわ!」

「ちょっ、おいおい、こんな時間に本気か!?」

「待て待て待て! 急すぎるっての!」


 宿屋の隣室や屋外からプレイヤーの慌てた声。

 そして、明らかにモンスターが放つ怒号。


 俺も慌てて窓へ走り寄り開け放つ。


「っぎゃああああ!」

「おいぃぃ! 露店中の商人は動けねぇんだぞぶっ!」

「いやあああ! せめて露店を閉じるまで待ってええええばっ!」


 夜の目抜き通りに響き渡る阿鼻叫喚。

 大量のモンスターがどこからともなく次々に現れ、無辜の商人たちを片っ端からなぎ倒していく。


「うわぁ、これはひどい」

「むごいですね……」

「はっはっは。でもね、普段は戦えないようなモンスターと闘え(やれ)るチャンスでもあるんだよ。勿論普通にアイテムドロップもするから人気イベントのひとつなのさ。わざわざ遠いダンジョンなんかに行かずともレアアイテムを狙えるわけだからね」

「なるほど、そういうことか。面白そうだ」

「それにだね……」



「うわああああ! フォレストガンマだあああああ!!」

「マジかよふざけんなびゅっ!」

「商人とタンクを呼ぶばぶっ!」



「こんな風にエリアボスなんかも出るからボスドロも狙えるんだ」

「うひー、こりゃあ確かに祭りだ。ただし血祭り(ブラッディカーニバル)だけどな! よっしゃ、燃えてきた! やってやろうぜヒナ、キンさん!」



「あのー……悲鳴しか聞こえないんですけど、これホントに好評なイベントなんですか……? ゲリラというよりもテロとしか思えませんよ……」



 ヒナの呟きはごもっともな意見でした!



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