第33話 あまり有難味のないユニーク情報
「はーっはっはっはぁ! どうしたどうしたラフレシアァ! もう頭から齧りついてこねぇのかぁ!?」
「……あらあらまぁまぁ……」
「あはは……アキきゅんは気が昂ると性格が男の子みたいに豹変しちゃうんですよー(と言うことにしておきましょう)」
「その気持ちはなんとなくわかるかもしれません。ハンドルを握ると変わる人もいますから(私のことですが)」
「あ、それ私もです(レースゲームですけど)」
蘇生させてくれた女司祭さんから、対ラフレシア・プラチナムの攻略法を教わった俺は、鬼神滅砕斧を大いに振るって絶賛無双中だった。
その攻略法とは単純明快。
まず前衛たる俺がラフレシアの攻撃範囲ギリギリまで接近する。
そして後衛のヒナが魔法攻撃。
ダメージを受けアクティブ化したラフレシアは手近な俺へと襲い掛かるが範囲外にいるので届かない。
ビターンと顔面(?)を地面に打ち付けたラフレシアに、今度は俺が飛びかかるって寸法だ。
しかも俺の武器は斧。
斧は植物系のモンスターに対して特効を持つ。
さらにヒナには火炎魔法がある。
こちらも植物に特効を与えられるのだ。
こうなりゃもう、微塵斬り、いや野菜炒めにするしかないでしょうよ。
作業的になりつつあるとはいえ、俺を喰らい殺したクソ花に復讐するのはなんとも爽快だ。
しかも自分より高レベルが相手となれば格別ってもんよ。
それとニャルの情報通り、経験値が美味いのなんの。
こりゃ、栗毛サングラスの人が仕事を終え、クタクタになって帰ってくるころには、俺たちが雲の上の存在になってるかもねぇ。
正直かなり誇張したけど美味いのは間違いない。
「オラッ! オラッ! ……っふぅー。大体倒したかな」
樹海をぐるりと見回し、目に見える範囲にラフレシアがいないか確認する。
うん、あらかた片付いたようだ。
俺は巨大な斧を担いでヒナたちのところへ戻った。
獲物がいなくなった以上、再湧きを待つしかない。
「聖ラお姉ちゃんのお陰でたくさんレベル上がったよー」
「まあ、それは良かったですねー」
ワッシワッシとごっつい手で俺の頭を撫でるガチムチ女司祭さん。
『聖ラ』と言うのが彼女のプレイヤー名である。
しかし、これほど名は体を表していない例も稀有ではなかろうか。
清楚な人っぽい名前なのにね……
「お二人とも飲み込みが早いから教えた甲斐もありますね」
「私はアキきゅんの後ろで魔法を撃つだけですから楽ですよ」
「ヒナは……げほん。ヒナお姉ちゃんの魔ほ」
「なんて!? 今なんて言いました!? アキきゅん、もう一回言ってください!」
「ヒナお姉ちゃん……」
「もう一回!」
「……えぇ…………ヒナお姉ちゃん」
「はぁはぁ……いけませんねこれは……すごい破壊力です」
いけないのはお前の頭だよ……
せめて涎は拭け。
「一人っ子の私には毒ですね……はぁはぁ」
「あら? お二人は姉妹だと思っていましたが……違うのですか?」
ほら見ろ。
余計なことを言うもんだから聖ラさんが訝しそうじゃんよ。
「いいえ、アキきゅんは私のとても大切な人です」
「そ、そうなんですか……(……もしかしたらこの二人は女の子同士でいけない関係なのかしら……)愛の形は人それぞれですものね」
な、なんか聖ラさんは明らかに誤解してるような……
どう説明する気なんだヒナのやつめ。
んっ?
「あら? あらあら?」
突然、聖ラさんの身体から水蒸気のようなエフェクトが噴き出した。
それはシューシューと勢いを増し、彼女の190センチメートルはあろうかと言う巨躯を包み込んで……
みるみるうちに縮んでいくではないか!
幾本もの荒縄をねじり込んで作り上げたかのような筋肉まみれの剛腕はほっそりとし、鋼のようにカチカチだった大腿筋が柔らかな丸みを帯びていく。
身長も大幅に小さくなって、身体全体が────
「まあ、どうしましょう……時間切れになってしまいました」
────エロい……いや、グラマラスな美女へと変化したのだ!
「えぇぇぇ!? 同じ人ォ!?」
「嘘ォ!? 本当に聖ラさんなんですか!?」
あまりの変貌ぶりに驚愕するしかない俺とヒナ。
真・聖ラさんとでも言うべき女司祭さんは腰をくねらせ頬に手を当てながら困り顔。
やべぇ、エロい……
なんだあのおっぱ……
いででで!
つねるなよヒナ!
それにしてもここまで姿形が変わる魔法なんてあるのか……?
……そうか、たぶんこれは……
「もしかして……ユニーク?」
「……やっぱり……バレちゃいますよね……」
コツンと自分の頭を叩いて舌を出す聖ラさん。
とてもチャーミングだ。
てか、絶対変身前のほうが美人だろ。
「これは私が偶然見つけた特殊スキルで【フィジカルマキシマイザー】と言うものです」
えっ!?
そんなにあっさり明かしちゃうの!?
必死に隠してきた俺の立場は!?
「効果は任意のステータスをひとつだけ飛躍的に向上させる、と言った感じなのですが、見ての通り時間制限もある上、副作用で外見が大変なことになってしまうんです」
確かにアレはひどかった。
初見で鬼王かと思ったもん。
しかしまぁ、【フィジカルマキシマイザー】とやらも、その効果からして相当なスキルだとは思うが、いかんせん悪目立ちすること間違いなしなんだよなぁ。
いちいちあんな姿に変身してたらバレバレじゃん。
……もしや【OSO】の運営チームはユニークこそ目立つべき! とか思ってるじゃあるまいな……
ありそうで怖いぞ。
「でもでも、私はINT極振りの完全な支援回復型司祭なので、ソロ狩りにはとっても重宝してるんですよ!」
「そうみたいね。見た目はともかく、わたしの【雲身】くらい汎用性も高そうだもん」
「……【雲身】、ですか?」
はい、やらかしたぁ!
勢いで口が滑ったァ!
おいヒナ。
そんなにジトーっとした目で見ないで!
俺がバカだってのは自覚してるんだからさぁ!
くそぅ。
こうなったら仕方あるまい。
聖ラさんからユニーク情報をもらっちまったことだし、こっちも説明しないわけにいかないだろうよ。
「なるほど……それはとっても便利なスキルですね。確定でバックアタックとクリティカルを取れるのは人型のボス戦で必須と言ってもいいくらいですから。アタッカーならば喉から手が出るほど欲しがるでしょう」
スキル説明を終えた俺に、うんうんと大きく頷いて感心する聖ラさん。
高レベルプレイヤーだけあって理解が早い上、このスキルの重要性にもすぐ気づいたらしい。
「なんだかすみません。流れでこのような特殊スキルの情報を聞くことになってしまって……」
「ううん、いいの。聖ラお姉ちゃんも話してくれたんだもん。おあいこー」
「ふふっ。アキちゃんはとっても優しい子ですね」
「ええ。私のアキきゅんは最高なんですよ」
そう言いつつ後ろから俺を抱え上げるヒナ。
まるで『私のモノですから、あなたにはあげません』と宣言しているかのようだ。
おもちゃか俺は。
……でもちょっと嬉しい。
「あらあら、もうこんな時間。そろそろみんなのところへ戻らないと叱られちゃいます」
にこにこ笑って俺たちを見守っていた聖ラさんはそう言って立ち上がる。
確かに夏とはいえもう夕刻だ。
だが俺には、その何気ない言葉が何故か少し唐突に思えた。
まるで聞くだけ聞いたからもう用はないとでも言った風な。
色々と教えてもらった身だけに、そんなことはおくびにも出さないけど。
「では、またお会いする時はよろしくお願いしますね」
「あ、うん。聖ラお姉ちゃんありがとー!」
「聖ラさん、とっても助かりました。ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそー」
俺たちへ何度も振りかえって手と乳を振る聖ラさん。
すぐに樹海の木々に紛れて見えなくなってしまう。
「うーん……」
「? どうしたんですアキきゅん」
「やっちまったかもしれねぇなぁ」
「はい?」
「ご苦労だったな、聖ラ」
「おっかえりぃ~」
「……ただいま……ああ……普通に話すのって……疲れるわ……」
「あんたはリアルでもその話しかたがデフォなのぉ!?」
「……悪い……?」
「バカ話は後にせよ。それで、首尾はどうなのだ?」
「……ええ……やはり特殊スキル所持者だったわ……」
「うむ、上々。良くやった」
「……ただ……こちらのスキルも流れで明かしてしまったけれど……」
「よい。必要経費と割り切るだけだ」
「……あなたって……口調は変だけれど……結構太っ腹よね……」
「ぐむっ」
「やめてあげなよぉ。褒められ慣れてないんだからさぁ。見なよぉ、すごぉく照れちゃってるしぃ」
「ぐぬぬぬ。それよりも会議だ!」
「ぷぷぷぷ、ゴツい癖にぃ可愛いところあるよねぇ」
「……意外だったわ……」
「うぬら、さっさと来ぬかぁ!」
アキたちの知らないところでこんな会話が繰り広げられていたのである。




