第32話 食われました
「……ニャル、もしかしてお前の言う『経験値のおいしい敵』ってのはこいつか?」
「はいニャル! 『ラフレシア・プラチナム』ですニャル~!」
「へぇ~、こいつがねぇ」
「うわっ、臭っ! 臭いモンスターですー!」
俺たちはニャルの案内でジョブレベルを上げるべく、首都より西の方向にある樹海へとやって来ていた。
ここはエリアで言えば10。
あれほど苦労して倒したフォレストガンマがいたエリアは3。
この【OSO】ではエリアの数が多いほど高難度とされている。
つまり、エリア10は俺たちにとって強敵揃いのモンスターが出没する魔境なのだ。
ちなみに、ゲームストーリー的に向かうべきエリアは当然3の次の4だ。
首都の北大門から出た場所がそのエリア4だと言う。
なるほど、そりゃあ本筋から離れたかなり先のエリアにいるモンスターであれば莫大な経験値を持っていたところで不思議はない。
問題はそんなモンスターを倒せるのかどうかって話だよ。
鬱蒼と生い茂ったジャングルを掻き分けてこんなところまで来たんだから手ぶらじゃ帰れねぇぞ。
レベルのひとつも上げておかにゃキンさんに笑われらぁ。
「しかし、こいつ、ラフレシアだっけ? 全然動かねぇけどホントにモンスターか?」
俺は異臭を放つどぎつい模様と色をした巨大な花に近付く。
全長1.5メートルはありそうな巨体だが、茎はなく、地べたから直接生えているらしい。
大木の根元に咲いているラフレシアは、もしかしたらこの木の栄養を吸い取っているのかもしれない。
ま、動かねぇならこんなの楽勝だろ。
どれ、鬼神滅砕斧を取り出して、と。
「ご主人さま! 不用意に近付いちゃ危ないですニャル!」
「へ?」
振り返った俺の目にニャルとヒナが映る、しかしそれはすぐさま闇に閉ざされた。
「なっなんだ!? なにがどうした!? うっ! くっ、臭ぇぇぇ!」
「アキきゅん! 花が地面から急に伸びてアキきゅんの頭からかぶりついてますよ!」
「えぇぇぇ!?」
「ラフレシア・プラチナムは範囲内に入った動物なら全て食べちゃうのですニャル~!」
「食虫植物かよ! それを先に言って欲しかったぞ! ぐっ、取れない!」
どれほど力を込めても剥がれそうにない花弁。
単純なSTR不足などではなく、これはベースレベルの差によるものだ。
システムの一環である以上、捕食された場合は外部から救助してもらうしかない可能性もある。
「うおっ!? なんだ!? なんかネトネトした汁が出てきたぞ!?」
「アキきゅんもとうとう『粘液幼女』デビューなんですね」
「古い話を! まだ根に持ってたのかよ!?」
ん?
この粘液……妙にシューシュー言ってない?
ちょっ、嘘だろ!?
俺の頭が溶けてる!?
まさか!?
「ぎゃーーー! 消化液だこれえええ! 早く取って! 取ってぇぇぇ!」
「ヒナさん! ラフレシア・プラチナムは火炎系が弱点ニャル~!」
「わかりました! アキきゅん! 大丈夫ですか!? 今、魔法を撃ちますから!」
「あっ、あっ、あーーーっ!」
ぺっ!
ラフレシア・プラチナムは俺を吐き出した。
ドチャッとボロ雑巾のように地面へ投げ出される俺。
当然だが、既に死体である。
ものすごい勢いで俺の頭部は消化吸収され、あっと言う間にHPが尽きたのだ。
なんちゅう理不尽な強さだよ。
「アキきゅーーーん! ……うわっ……グロッ……」
「ご主人さま~! ……臭いニャル……」
おい。
死者に対しての反応がそれだけか?
自分じゃ見えないから、俺がどんな惨状になってるかもわかんねぇけど、ヒナの口ぶりからすれば見るも無残なことになってそうだ。
「アキきゅん、どうしましょうか……蘇生アイテムなんて持ってないですし」
そりゃそうだ。
蘇生アイテムはそこらのショップでも売ってはいるけど、目の玉が飛び出しそうな値段だったもんな。
そもそも、プレイヤーの死体がその場に残るってのは【OSO】の良い点でもあり、悪い点でもあるがね。
死んだ瞬間にセーブポイントまで戻されないのは良い点と言える。
なぜなら、仲間が蘇生アイテムや蘇生魔法を所持していれば、すぐさま生き返って戦線への復帰が容易だからだ。
遠い街でセーブしてた場合なんかは非常に助かることだろう。
それに、死亡扱いでもなんでか会話はできるので指示なども可能だったりする。
まぁ、いつでも任意でセーブポイントに戻れるんだけどね。
悪い点は果てしなくみっともないこと。
そして、今のヒナがしてるみたいに好き放題見られてしまうこと。
わざわざ死体の前から離れず、じっくり目に焼き付ける変態プレイヤーもいるくらいなのだ。
「へー、【姫騎士】って、スカートの中まで作り込みがしっかりしてるんですねー。うわ、白タイツもよく見たら模様が入ってる! 細かーい! ……ハッ!? これは……アキきゅん、アキきゅん、大発見! ちゃんとタイツの下に白いパンツ穿いてましたよ! 良かったですね! しかもピンクのリボン付き! 可愛い~!」
「どこ見てんの!? ヒナのエッチ!」
人のスカートをめくり上げて頭を突っ込むんじゃありません!
いくらアバターでも恥ずかしいんですよ!?
とは言え、死んでいてはなにも始まらない。
一度戻るしかなかろう。
「ヒナとニャルはここで待っててくれよ。どうせセーブ地点は首都だし、ひとっ走り戻ってくるからさ」
「はいニャル!」
「えー、でもアキきゅん小さいから時間かかるんじゃないんですか? そもそも一人で大丈夫です? 人さらいとか危ないですよ? あー心配です。道に迷ったりしません?」
「子供扱いはやめて!?」
なんて漫才をしていた時。
「起きますか?」
まるで天使の鳴らす鐘のような、なんとも優しい声が俺を包んだ。
『起きますか?』とはネトゲ用語で言えば『蘇生しましょうか?』の意だ。
ゲームによっては時折優しいプレイヤーが狩場で無差別に辻蘇生や辻支援を行うことがある。
きっと声の主は蘇生魔法を使える司祭さんなのだろう。
それも今ごろは嫌々働いているであろう栗毛サングラスとは大違いの高レベルな。
「すみませんがお願いしてもいいですか?」
「はい。では…………身罷りし御魂よ、現世からの呼び声に耳を傾け、待ち人の元へ還らんことを!【死者蘇生】!」
パアアッと温かな光に包まれる俺の身体。
その輝きが消えた時、俺はもう起き上がっていた。
なんとHPも全快しているではないか。
本当に高レベルの司祭なんだなこの……お姉……お兄さん?
ちょっと待って。
あの天使みたいな声の持ち主がこの人?
……フォレストガンマとサシでタイマンできそうなほどガチムチなんですけど……
もしかしてボディービルダーかなにか?
一応髪形も、長い茶髪のポニーテールではあるんだが……
「あぁ~ん! なにこの子~!? ちっちゃーい! かわいい~~~!」
「ぐえっ!」
叫ぶなり俺を思い切り抱きしめる司祭さん。
どう聞いても声は女性のものだ。
それもやたらと可愛らしい声。
しかしその筋力!
荒縄を捩り上げて作ったような剛腕が俺の身体を苛む。
「ちょっと! 私のアキきゅんになにをするんですか! 幼い女の子はもっと優しく扱ってください!」
ヒナよ。
論点はそこなのか……?
「あっ、ご、ごめんなさい……あまりのかわいらしさについ我を忘れてしまって……」
そっと俺を解放する司祭さん。
雄々しく立ち上がったその姿はきっとリアルの俺よりも身長が高いだろう。
そしてなにより、くるぶしまである長いシスター服の横に深く刻まれたスリットから覗く茶色の網タイツ。
この人は間違いなく女性司祭であった。
システムが性別やら姿形やらを判別しているのだから、これは疑いようもない事実なのだ。
……服が筋肉でパッツパツになってるけどな……
ケ〇シロウみたいに怒ったら服が飛び散るんじゃないのかこれ。
ま、助けられた側はこっちだから礼くらいはいっとこう。
「いやぁ、助かったよ……」
「アキきゅん、ロールプレイ」
すかさずヒナが小声で忠告しつつ脇腹を小突く。
おっといけねぇ。
ナイスアシスト。
さすが俺の嫁。
「こほん。助けてくれてありがとう。初めてここに来たから戦いかたがわからなかったの」
「あらあら、そうなのー。小さいのにちゃんとお礼が言えて偉いですねー」
「お姉ちゃん……? は一人なの?」
「大丈夫、こんな外見だけどお姉ちゃんで合ってますよ。うん、私はソロプレイ中なの」
へぇー。
失礼だけど見るからに強そうだもんな。
しかし、ホント、見た目と話しかたのギャップがすごい人だねぇ。
「ここは初めてって言ってたけど、良かったら戦いかたを教えましょうか?」




