第31話 我が家では寝坊するとこうなります
「お兄ー! ねー、お兄ちゃーん! お兄ってばー! ……仕方ない、最終手段を行使します! 兄上お覚悟を! とうっ!」
「ふがっ!?」
腹に走る衝撃。
安らかだった精神にかかる過大な負荷。
HPの4割ほどを持っていかれた時に感じるような痛み。
自律神経が緊急時の危険を訴え、即座に覚醒させるために脳内物質を撒き散らす。
簡単に言えば、叩き起こされた。
「な、なんだ……?」
「なんだじゃないよ秋兄!」
「春乃かよ……もっと寝かせてくれ……兄ちゃんは死ぬほど眠いんだ…………くー」
「二度寝はダメぇ! もう起きて! せいぃっ!」
「ぐほぁ!」
いくらなんでも、腹の上で飛び跳ねられてはたまったものではない。
失せかかった意識が強引に現世へと引きずり戻された。
「ってか、お前、俺の腹の上でなにしてんの?」
「もー! 見てわかるでしょ! 起こしにきたんだよぅ!」
ポニーテールを揺らしながら、なんだかヤバい位置にまたがっている妹。
朝なんでその……色々とアレがソレになってるわけじゃん?
ソコに刺激を与えてはいけませんよ。
俺とて健康な男子なんですから、ええ。
「いつまで寝てる気なの! もうお昼もすぎてるよ!」
「えぇ!? そんな時間!?」
俺の上にまたがったまま腕組みをしてプンスカする春乃。
ここのところ寝不足だったのも災いし、惰眠を貪り尽くしてしまったようだ。
「言っとくけど、お姉、泣いてたからね」
「はぁ!? なんでよ!?」
「朝ご飯の時、『秋乃くんが何をしても起きないの~!』って泣いてて、さっきも『チャレンジしたけどダメだった~! もしかしたら変な病気にかかっちゃったのかも! わ~ん!』て、また泣いちゃって大変だったんだよ!」
「…………す、すまねぇ……」
「とにかく、早く着替えてお昼食べよう!」
「あ、あぁ、すぐ行くよ」
妹が部屋を出てから着替えようとした時、とんでもない事実に気付いた。
俺のジャージとトランクスが半ばまでずり下ろされてるじゃないか!
幸か不幸かギリギリで我が息子が顔を出さないあたりまで!
なにされたの俺!?
うわぁ!
上半身もほぼ半裸だぁ!
マジでなにしてくれてんだあのアホ姉は!?
頭の中は混乱し切ったままだが、いそいそと着替えを済ませて階下へ降りた。
一言言ってやろうとダイニングへ飛び込むなり、夏乃姉の出迎え攻撃をくらう。
「秋乃くん! やっと起きてくれた~! 全然起きないから変な病気かと思って心配したよ~!」
まさしく完璧なカウンターである。
涙を散らしながら俺に抱き着いて愛おしむように後頭部をポンポンと撫でられては言葉も出ない。
同時に押し付けられるポヨンポヨンと豊かで柔らかいモノがそれに拍車をかけた。
テーブルに着いた春乃の顔に、渇いた半笑いが浮かんでいたのは印象的だ。
この様子だと春乃も朝寝坊して同じ攻撃をいただいたのかもしれない。
身長差からして、妹の顔は思い切り姉の双丘に挟まれたことだろう。
うらやまけしからん……じゃなくて。
「ごめんよ夏姉、最近寝不足で……」
「お姉ちゃん、だよ」
「……夏乃姉ちゃん、ごめんよ。いつのまにか目覚ましを止めてたみたい」
「ううん、秋乃くんが無事ならそれでいいんだよー。小さいときは身体が弱かったから心配しちゃった」
「何年前の話ですかねぇ……ところで、なんで俺は脱がされそうになってたわけ?」
「!! ……あ、あははは……秋乃くんの寝汗がすごかったから着替えさせてお洗濯しようかなって思ったんだけど……と、途中でなんだか恥ずかしくなっちゃって……」
やだもうこの人ったら!
自分でやっておいて恥ずかしがらないで!
俺まで恥ずかしくなってくるじゃん!
そんなこんなで遅めの昼食を終え、きっと首を長くしているであろう、愛しの恋人ヒナへメールを送ってからベッドへ横たわる。
ヘッドセットを被る前に返信があり、『遅いです~!;;』と半泣きのヒナが容易に思い浮かぶメールが届いた。
愛いヤツめ。
すぐに行くからな。
と言うわけで、電脳世界へログイ~ン。
すたすたすたすた。
とてとてとてとて、とててて。
すたすたすたすた。
とてとてとてててて、とてとて。
くそぁ!!
普通に歩くヒナの歩幅について行けないだとぉ!?
いちいち小走りで追いかけなくちゃならねぇとか、不便だなぁ幼女ってのはよぉ!
……もしかして、ヒナもリアルで俺と歩く時はこんな思いをしてたんかな?
俺もそれほど大きい方ではないけど、ヒナも結構小さいからなぁ。
うーむ、今度から気を付けよう。
「ん? アキきゅん、歩くの早かったですか?」
「んにゃ。気にしなくていいよ」
「そうはいきませんよ。あ、じゃあ、こうしましょう」
「きゃー! 見て見て! 魔導士の女の子が小さい子を抱っこしてるー!」
「ちっちゃな子は猫を抱いてるわよ! 可愛い~!」
「……なにあれ……尊い……」
「ハァハァハァようじょハァハァハァ」
「少女、幼女、猫って……絵面がもう、既にすげぇ破壊力なんだけど……!」
「ピンクツインテの子、超可愛くね?」
「小さな子、お人形みたーい!」
「ぬこ……ぬこぉぉぉぉお!」
「くそっ! 動けオレの身体よ! ……露店中は動けねぇのが難点だな……」
「あっ、あっ、幼女行っちゃう幼女。カムバーーーック」
商人プレイヤーたちの視線を一身に受ける俺とヒナ、それにニャル。
待って。
ヒナさんや、これは晒し者というんじゃないですかね?
俺としてはなるべく目立たないようにしたいんですけど。
これ、逆に目立ってませんかね?
俺の後頭部にあなたの控えめなアレが当たって最高ですけどね?
くそう。
キンさんがいれば彼を痴漢かなにかにでっち上げてる間に逃亡できるんだが……
なんちゃって、やらないよそんなこと。
……ヤラナイヨ? ホントダヨ?
とは言ってもその生贄は仕事中だしなぁ。
「ニャル、西大門からでいいんだっけ?」
「ニャル~」
賢いニャルは、余計な言葉を発することなく俺の腕の中でコクンと頷いた。
何度も忠告しただけあって人前では決して話さないのだ。
「西大門から出て北西の方角に向かって欲しいニャル!」
「お、おい。あの青い猫、喋ってんぞ」
「私も聞こえた!」
「あんなテイムアニマルはいないはずだ」
「ユニーク、か?」
「ああ、ユニーク臭いな」
バッ、バカー!
褒めた途端になにしてんのー!
取り敢えず逃げよう!
「ヘイ! マイハニー! スピードアッププリーズ! ハリーハリー!」
「ラジャー! ボス!」
ヒナはノリよく返答し、スチャチャチャチャと早足になる。
普通に走れよ。
それでも露店中の商人たちがその場を離れることはなく、俺たちはなんとか目抜き通りからの脱出に成功した。




