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第29話 彼女VS姉 (嘘)


 首都アランテル。

 南大門より徒歩10秒にある宿屋の一室。


 そのたいして広くもなく3人分のベッドが置かれた室内は、非常に重い空気が漂っていた。

 空気はおりとなって床に淀んでいる。

 そして淀みは沈黙へ形を変えて俺たちを包み込んだ。



「…………」

「………………」




「ご主人さま、元気がないですニャル~!」

「……アキくん。ヒナさんが随分お冠のようだけど、どうしたんだい……?」


 重力が倍と化したような沈黙に耐えられなくなったものか、ニャルとキンさんが口を開いた。

 ニャルは努めておどけた口調。

 キンさんは大人であるがゆえに慮った口調で。



「聞いてくださいよキンさん! アキきゅんが、アキきゅんがぁ!」

「まさか、きみはヒナさんになにかひどいことをしたのかね?」

「してない!」

「しました!」

「理不尽! 俺は(・・)なんにもしてないぞ!」

「私がいるのにお姉さんとあんなベタベタしておいてですか!? チュッチュしそうな勢いでしたけど!?」

「うぐっ」

「きみは本当にお姉さんと淫らな関係だったのか……羨望、いや失望したよ」

「違うぅぅぅ!」


 これはとてもじゃないが『実はたまにチュッチュされるんだ(ほっぺに)』などとは言い出せない。


 俺は精神にクリティカルヒットを受けた。

 だが不屈の魂は何度でも甦る。

 身内の恥を晒すようで心苦しいが、ここは夏姉に犠牲となってもらうしかない。

 下手人も夏姉だし。

 多少のイメージダウンは覚悟してもらおう。


「うちの姉は……えーっと、その、なんだ、少しばかり家族への愛情表現がアメリカンで激しいだけなんだ。超ブラコンなんでな」

「……それにしてはくっつきすぎじゃないですか? 彼女である私のほうがなんだかいたたまれない気持ちになりましたよ。前にお会いした時はあそこまでひどくなかったと思うんですけど」

「それはマジでごめん。今年に入ってから顕著になってきたんだ。俺と妹でどうしたもんかと相談するくらいに」

「せっかくの楽しかったデートも台無しです!」


「……ああ……きみたちはちゃっかり本当にデートしてきたのか……くそぁ!」


 キンさんがブツブツとなにか言ってるが、取り敢えず放置。

 今はヒナの誤解を最優先で解くべきだ。

 たとえどんなに汚い手を使ってでも!


「ヒナ、嫌な思いをさせちゃってごめんな。だけどこれだけは信じて欲しい。俺が愛してる女の子はヒナだけだ」

「……アキきゅん……! ううん! いいんです! そう言ってくれてとっても嬉しいです! 考えてみればお姉さんもアキきゅんを可愛がってるだけですもんね! 私、お姉さんのラブラブしたい気持ちわかりますよ!」


 くっくっく。

 作戦通り!

 でも俺の言葉自体は徹頭徹尾、本気も本気だけどね。


「うわ……幼女が少女を口説き落としてる……しかもヒナさんはあんな安っぽいセリフで喜んでるよ……いくらなんでもチョロすぎじゃないかい……?」


 やめろキンさん。

 まとまりかけてんだから余計なこと言うな。


「そう言えばきみたちは今日がリアルでの初デートだったんだっけ。もうキスとかしたのかい?」


 ぶっ!

 そんなプライベートなことを『今日の天気は?』みたいな軽いノリで聞くなよキンさん……


「しましたよ」


 ぶほぁっ!

 ヒナも『晴れてますよ』みたいにケロッとした顔で返すんじゃない!

 明け透けすぎるだろが!

 いや、キスはしたけどもさぁ!


 ちょっ、ほら見ろ!

 キンさんが悲しみに打ち震えて泣きそうになってる!

 ああ、サングラスの下から一筋の清らかな落涙が……!

 どうすんのこれ!

 お前が原因だぞヒナ!


「アキきゅ~ん、好き好き~」

「ニャッニャル~!?」


 って、無視かい!

 変なスイッチ入ってんのか!

 ニャルまで巻き込んで頬ずりすんな!


「だー! もう! 今日中に転職するんだろ!? キンさんも明日は仕事だからとっとと転職して寝るんだって言ってたよね? もう21時だぞ」

「ハッ!? そうでした!」

「働きたくない……はたらきたくない……はたら……」

「現実逃避!?」


 うだうだ言い始めたキンさんを連れて俺たちは宿屋から出る。

 この広大な首都アランテルならば家を買うこともできるらしいが、俺たちにそんな資金力はない。

 なので安普請の宿屋暮らしを余儀なくされた。


 ぶっちゃけその行為そのものに意味はなかったりする。


 そこら辺のフィールドだろうがダンジョン内だろうが問答無用でログアウトできるのだから。


 しかし、俺はちょっとばかり事情が違う。

 なんせこの金髪碧眼幼女姫騎士姿は悪目立ちしすぎるのだ。

 そしてそれに輪をかけたようなユニークNPCニャルの存在もある。


 笑って誤魔化すのにも限度ってもんがあらぁ。


 ならばゆっくりと話せる空間が必要となってくるだろう。

 と言うわけでこの宿屋の一室を借りたのであった。

 宿屋の良いところは、部屋の借主とそのパーティーメンバー以外は入室出来ないことだ。

 ちなみに一泊1000ゼニル。


 首都だけあって、ここはとにかくプレイヤー人口が多い。

 そしてプレイヤーとは常にユニーク情報には目を光らせているもの。

 そんな連中から質問攻めを回避できるならこの程度の出費は痛くない。

 ベッドへ横になれば一瞬でHPとSPが全回復するのも二重丸だ。


 まぁ、鬼王のドロップ品が異様な高値で売れたからってのもあるんだけどね。

 全部で800Kゼニルくらいになったかな。

 あ、『K』って単位は1000を表してるんだ。

 つまり800Kなら80万ってこと。

 ちなみに『M』って単位もあって、こっちは100万を表している。

 1Mなら100万ね。

 完全なネトゲ用語なんで覚える必要は全くないけど。

 つい癖で言っちゃうんだよなぁ。



「らっしゃい、らっしゃーい!」

「0時までセールしてまーす!」

「見るだけ見てってー!」

「レア物あるよー!」

「余ってる素材買い取りまーす!」


 目抜き通りに響く威勢のいい呼び込みの声。

 かなりの人数だが、彼らはNPCではない。

 これら全ては商人のプレイヤーが出した露店である。

 露店とは言っても店構えがあるわけではなく、パーティー募集と同じ要領で、頭上に売り物を書いた看板を出すのだ。

 後は売買専用のウィンドウを介して取引するわけ。


 いやー活気があるねぇ。

 てか、この人たちはいつ寝てるんだろ……

 みんながみんな俺とヒナみたいに夏休みってわけでもないだろうし……

 以前やってたゲームでも感じたんだよ。

 年中同じ場所に同じ人がいたりね。

 普段はなにをやってる人なのか謎だったなぁ。

 MMORPG最大のミステリーだと思う。



「……はたらきたくない……」

「まだ言ってんの!? ほれ、さっさと行くよ!」

「大人になるって大変なんですね……」



 トボトボ歩くキンさんを叱咤しながら大聖堂へと向かう俺たちなのであった。



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