第25話 禍々しいのに常識人でした
「あーっと、えっと……」
うまい言い訳が思いつかず言いあぐねている俺に、キンさんがスッと何かを差し出した。
見れば中ほどにふたつの穴が開いた、ただの紙袋である。
……まさか、被れと?
取り敢えず被ってみる。
「あの……その紙袋がなにか?」
至極冷静に返答する相手プレイヤー。
どうやら隠蔽工作は残念ながら失敗に終わったらしい。
当り前だっ!
栗毛サングラスめ!
俺が恥をかいただけじゃねぇか!
ペシーンと紙袋を地面に叩きつけてやる。
『ああっ! 貴重な面白装備品を!』とか言いながら、あたふたとそれを拾うキンさん。
ネタ装備も大概にせい!
それにしてもどうしたものか。
このままコントを続けたところで言い逃れはできそうもない。
この明らかに俺たちよりも強そうな全身鎧の女性騎士…………女性だよな?
ガッチガチのスーツアーマーに面頬付きの兜まで被られていては、顔どころか性別もまるでわからない。
ただ、発した声はくぐもっていたものの、どうやら女性のものだろうと言う推測はできた。
しかもなんだこの鎧。
意匠を凝らした立派な造りではあるんだが、異様に禍々しさを感じるぞ。
呪われてんのかな?
色も黒紫っぽくてなんかすごい。
背中にはこれまた真っ黒な長剣を×印みたいに二本差してるよ。
もしかして二刀流なのかねぇ。
見られていることに気付いたのか、女性騎士は少しだけモジモジしている。
意外と照れ屋さんなのだろうか。
「アキきゅん、アキきゅん」
そこへススッとヒナがすり寄り、耳打ちしてきた。
秀才のヒナならばなにか妙案を出してくれるだろうと思い、俺も小声で返す。
「なんだ?」
「ロールプレイですよロールプレイ。小さな女の子になり切ればこの場を切り抜けられますよ」
「……それな……はぁ……やっぱりそれしかないのか……やだなぁ」
俺も考えてはいたが実行する気になれない作戦を提示するヒナ。
なんで俺がそんな小っ恥ずかしいことをせにゃならんのか……
しかし、背に腹はかえられまい。
それほどまでにユニーク関連の情報とは貴重なものなのだ。
俺は溜息をひとつついて覚悟を決め、満面の笑みを浮かべる。
万が一にも奪われぬよう、ニャルを胸に抱きかかえるのも忘れない。
ついでに、『絶対に喋るんじゃないぞ』とニャルにアイコンタクトを送るが、果たして通じたのかどうか。
えぇい、ままよ。
「おねえちゃんだあれ?」
「えっ? あ、ああ、こちらから尋ねておいて失礼いたしました。わたしは『ツナの缶詰』と申します。ツナ缶とでも呼んでください」
ツナ缶て……
いや、確かに名前からして猫好きなのかもしれんが。
「ふうん。わたしになにか用なの?」
「ええ。その猫ちゃんが可愛いなぁと思いまして。できればどこでテイムできるのか教えていただきたいのです」
くっ、幼女相手なのにきっちりとした女性だな。
もしかしたらこの人も騎士としてのロールプレイに徹しているのかもしれん。
お陰であんまり隙が見出せないのは困りものだ。
それよりヒナさん?
なんでそんなに目をハートにして俺を見てるんですか?
「それに、とても可愛らしいあなたのことも気になります。え……と、『アキ』さん、ですか。こんなに小さな女の子が【OSO】をプレイしてるなんて驚きました。おいくつなのでしょう?」
「おっと、リアルを詮索するのはマナー違反と言うものですよ」
「あぁ、確かに保護者のかたのおっしゃる通りですね。不躾で失礼いたしましたアキさん」
「ほ、保護者……」
ペコペコと頭を下げる黒い騎士。
どうやら中の人は節度と礼儀を持っている常識人らしい。
ナイスだキンさん。
たまには役に立つね!
よっ! 保護者!
「あのね、わたしもよくわからないの。歩いてたら猫さんを見つけただけなの」
「ふむ……なるほど……ならばランダムエンカウントの可能性も……」
よし。
嘘は言ってない。
俺にも条件はわかっていないんだからな。
この程度の情報くらいは出してもよかろう。
黒い騎士さんはいい人っぽいし、あんまり無下にするのも悪いもんね。
って、おい! キンさん!
手をワキワキしながら鼻息も荒く近付いてくんな!
変質者一歩手前だぞ!
ヒナも抱きしめたそうな顔をするんじゃない!
……後でなら……いいよ?
「ありがとうございます。大変参考になりました」
「うん!」
こりゃ上手くごまかせたっぽいな。
へっへっへ、やるじゃねぇか俺の演技もよぉ。
「ですが、その衣装。見たことがない職業のものとお見受けします。もしやとは思いますがユニークジョブなのでは……」
ドキィッ!
そりゃそうだ。
こんなエプロンドレスの上から鎧を装着したような衣装の職業なんて姫騎士だけだろうし。
ハイレベルプレイヤーなら実装済みのジョブくらい全て知ってるはずだもんな。
ぬかったわ!
「いえ、それも詮索するのは野暮と言うものですね。ではこれにて失礼します。機会があればまたどこかでお会いしましょう…………その時は是非ともあなたを抱っこさせていただけると光栄の至りです」
背骨がヘシ折られそうなのでお断りします。
そう言い残して去りゆく黒騎士の背中を眺める。
木々に紛れ、姿が見えなくなってから俺たちは深々と溜息をついた。
「ぶはぁ~……なんだったんだあの人は」
「もうダメかと思いましたよ~。でもアキきゅんがとっても可愛かったので良しとします」
「アキくん、ヒナさん。あのプレイヤーのエンブレム……きみたちも見たかい?」
「ああ。嫌でも目に入ったよ」
「はい、【OSO】内で見るのは初めてですけど」
「うむ。彼らは他のゲームでも廃人の集まりとして有名だからね」
下向きにした剣を挟むように吠え立てる二頭の猟犬。
そのエンブレムを持つ集団こそ、『ハンティングオブグローリー』だ。
略してハングロ。
彼らはMMORPGプレイヤーにとって有名であると同時に、ある種の憧れでもある。
廃人の巣窟だと噂されるだけあって、どのゲームにおいてもトップギルドだったりトップクランだったりと、その名の通り数々の栄光をほしいままにしていたからだ。
ただし、やり口は色々とえげつない。
む、この言い方は語弊があるか。
別に他プレイヤーへ迷惑行為とかそう言うことをしてるわけじゃないんだ。
えげつないのはプレイヤーの生きざま。
なんせプレイ中は、食事、休憩、睡眠、トイレの一切をしないと言われるほど。
実際、食事はどうとでもなるが、最大の問題はトイレだろう。
AFKができないとするとどうすればいいか?
答えは簡単。
ペットボトルを何本も用意して、そこへ用を足すのだ。
更なる上級者(?)ともなれば、なんと年中オムツを装着していると言う徹底ぶり。
そこまでしてゲームをする姿勢が彼らを廃人たらしめる要因なのである。
そんな連中がこの【OSO】でものさばっているとはね。
つっても、完全無作為抽選でテスターが決まるっぽい【OSO】に、ハングロ構成員の全てが集合しているとは考えにくいよな。
てことは新たな廃人を養成でもしてるのかもね。
ま、あんまり接点も無いからどうでもいいけどさ。
「さて、俺たちも首都へ向かわないとな。ヒナとキンさんも転職して戦力アップしたいだろ?」
「はい、切実に。アキきゅんを守るためには強くならないと」
「そうだねぇ。基本職のままじゃ出来ることが限られてるからね」
ヒナは俺を守る気だったのか……
そっくりそのまま返してやりたいが、見た目では俺のほうが かよわくみえる幼女だもんな……
……悔しいですっ!
「だけど、このエリア3からのボスがねぇ……」
珍しく不安気な表情を見せるキンさん。
「そんな強敵なのか?」
「僕もカフェで小耳にはさんだだけだからなんとも言えないが」
「?」
「ここからはレイドボス戦になるそうだよ」
 




