第21話 ついでに鬼退治も開始!
「ここですニャル! この奥に姫さまが!」
チョイチョイと前脚で支道のひとつを指し示す青猫NPCのニャル。
俺たちは即座に武器をインベントリから取り出し、警戒を強めた。
武器ったって、ギターですけど。
なんせユニークシナリオのボスと戦うのは初めてだ。
しかも、最初から相手が俺たちよりも格上だとわかっている。
推奨レベルが80以上であるからして、少なくともレベル差は30近い。
うーん。
ゾクゾクするね。
ジャイアントキリングはRPGの華であり、醍醐味でもあるもんな。
わざわざレベル縛りして挑むやり込み派の猛者もいるくらいだし。
この【OSO】はそれが最も顕著に出るような気がする。
これほどプレイヤーの腕、プレイヤースキルが問われるゲームも無いからな。
しかし、猫の姫を狙うモンスターってどんなんだよ。
猫科なら虎とかライオンかねぇ。
せめて人型なら【雲身】も使いやすいんだけど……
支道の壁に張り付いてジリジリと進む俺たち。
ニャルは主人である俺の金髪頭に乗っていた。
おかげで頭がほのかにあたたかい。
ヒナの羨ましそうな視線が突き刺さる。
く。
ヒナを見おろしていたはずの俺が、今や見おろされているなんてなぁ。
ああ、無常。
「見えてきましたニャル」
ニャルはひそひそ声で言う。
TPOすらわきまえているなんて、なんと高級なAIなのか。
やはり【OSO】の開発陣は天才だ。
……運営陣はノーコメントで。
幼女にされたし……
お問い合わせメールを送ったのに返事もないし。
ん。
これは……
急に視界が開け、天井すら見えない巨大な空間が現れた。
奥には立派としか形容しようがない、神社、もしくは何かを祀る社がドドンと鎮座していた。
だが、本来なら社殿の入口と思われる場所だけが、注連縄を張った岩塊のように見える。
あれが岩屋戸だろうか。
「どうやらここは女神さまを祀ってるらしいな」
「へ? なんでわかるんです?」
「屋根を見ればいいんだよ。あそこにV字型の板があるだろ?」
「ありますね」
「あれの先っぽが水平になってたら女神、垂直になってたら男神なんだってさ」
「へぇー! アキきゅんすごいですね! 賢~い!」
「……学年1位のヒナに言われてもあんまり喜べねぇな……」
「なんでですか! 素直に喜んでくださいよー! 私のアキきゅんは最高なんですから!」
「そ、そうか?」
「そうですよ!」
「へへっ」
「えへへ」
「……ニャルさん。そろそろ僕の鈍器が火を噴いてもいいころだとは思わないかい?」
「それだと栗毛サングラスの人が馬に蹴られて死んでしまいますニャル」
「なんで僕に跳ね返ってくるんだい!? ぐおお! 神も仏もいないのか!」
かたやイチャコラしてる俺とヒナ。
かたや人の恋路を邪魔しようとして苦悶するキンさんとそれを諫めるニャル。
キンさん……あんた神職だろ……?
祝福しないのかよ。
グォォオオオオオ!
うげ。
なんだかすさまじい吼え声がするんですけど。
ほら見ろ!
みんなで騒ぐからボスに気付かれちゃったじゃねぇか!
これで不意打ちする計画がパァだ!
……ごめん。
俺もその一因だった。
ともかく、ボスが出た以上やるしかあるまい。
見ればそれは社殿の上に座っていた。
そしてこちらを黄色い目でねめつけている。
その体躯たるや!
緑がかった褐色の巨躯。
荒縄をねじり合わせたように盛り上がった筋肉と、脈動を繰り返す無数の血管。
ギチギチと噛み合わさった牙の群れ。
ボサボサの黒髪は腰まで伸び放題。
なにかの皮で造られた腰蓑。
意外なことに、多数の宝飾品を身に着けていた。
「ぎにゃー! 出ましたニャル! 『鬼』ですニャルー!」
「いでででで」
俺の頭部で大騒ぎするニャルさん。
それはいいが、頭を引っ掻くなよ。
禿ちゃうだろ。
あ、それはキンさんか。
おでこ広いもんな。
「ってか、あれが鬼? どう見ても……」
「鬼と言うより……」
「オーガだね」
確かに短いけど角も左右に二本あるし、鬼っぽいっちゃ鬼っぽいけどな。
身体の色が赤か青だったら鬼と認めてたところだ。
「こいつはデケェな。しかも見ろよあのバトルアックス。あんなもん喰らったら一発退場だぞ」
「なんか4メートルくらいありません?」
「身なりといい、普通のオーガではなさそうだね」
ゲーム脳の俺たちは即座に見抜いた。
通常種のオーガなら設定的に2メートル前後のものが多いと。
ズズン
重々しい音と共に、オーガは地に降り立つ。
軽々と肩に両刃の大斧を担ぐあたり、思っている以上に膂力と身軽さを備えているようだ。
「オーガキングとかオーガチャンピオンとかそう言った種類かもな」
「はいニャル! あいつは『鬼王』と言いますニャル!」
やっぱりね。
さて、人型だったのはラッキーだとしてもだ、どう攻略するべきか。
ガァァァァアアアア!
空気も震わす咆哮。
やかましいったらありゃしない。
なんだこいつ。
いきなりイキってるよ。
「まぁ、負けて元々だ。やるだけやってみようぜ!」
「おー!」
「さ、行こうか」
キンさんがポキペキと拳の骨を鳴らす。
この人はなんで強キャラ感出してんだ?
「ヒナは後衛! キンさんは遊撃! 俺は前に出る! ニャルはヒナのそばにいてくれ!」
「はーい!」
「了解!」
「ご主人さま頑張ってニャル~!」
ザザッと駆け出す俺に、キンさんから支援魔法が飛んでくる。
祝福と速度上昇か、さんきゅー!
俺はオーガ……いや鬼王の目を引きつけつつ横に回り込んだ。
くぅぅ。
小さいから視界が低いぃぃ。
俺が放ったギターによる一撃は鬼王のくるぶしに命中!
だがヤツはそれを気にした風もなく、巨大な斧を振りかぶった。
うぉぉぉ!
おっかねぇぇぇ!
下から見上げるのは大迫力すぎるだろ!
だが絶好のチャンス!
「【雲身】!」
ニョロン
一瞬で鬼王の背後へ。
そしてジャンプ一番からの────
「【削岩撃】!」
鈍器系スキルの防御無視効果を備えた一撃が無防備な後頭部を撃つ。
赤と黄色のエフェクトが美しく舞った。
ゴガァ!
バックアタックとクリティカルを受け、ほんの少し怯みを見せた鬼王。
そこへすかさずヒナの放ったファイアボルトが喉元に炸裂。
流石スキルレベル10。
幾重もの炎が次々に多段ヒットした。
いいぞ!
流石俺のヒナ!
「【ホーリーライト】!」
キンさんの掌から眩き光弾が射出される。
あやまたず鬼王の胸板に命中するも、はじけて消えた。
鬼王も光弾の当たった辺りを長い爪でポリポリ掻いてる。
バ、バカー!
おいキンさん!
あんたINT1だろ!?
ホーリーライトはINT依存の魔法攻撃じゃねぇかよ!
なんでSPの無駄遣いしたん!?
あと、照れ臭そうに笑うな!
ドゴン
鬼王の振るった一撃は地面に大きく窪みを作る。
かろうじて避けたキンさんだったが、余波でもダメージを受けるらしい。
一発で全損はしなかったものの、HPを大きく削られていた。
「ぐっ、これは効くねぇ」
無駄口を叩く余裕はあるらしい。
さっさとヒールをかけるべきだと思うのだが。
なんてーのは油断大敵。
振り向きざまの斧攻撃が俺を襲った。
だが甘い!
ギターで受け止める俺。
パリィはパッシブでも確率で自動発動するのだ!
わっはっは!
「ぐえっ!?」
油断大敵その2。
あっさり膂力で負け、ヤツが斧を振り切ったために思い切り吹き飛ばされたのだ。
さっさと受け流せばよかった!
ゴロンゴロンと地面を転がる。
小さい幼女だけに、いつもより余計に転がっております!
咄嗟に受け身は取ったものの、目が回って敵わん。
さっさと立てよ俺。
火力担当のヒナに攻撃が行くのはまずい。
うげ、あんなんでも俺のHPが4割持っていかれたぞ。
なんつー紙装甲!
態勢を整えて駆け出すと、ヒナもニャルと共にこちらへ走って来ていた。
ナイス判断。
しかも走りながら詠唱をしているあたりが流石だ。
俺も負けじとポーションをガブ飲みしながら全力疾走。
なるべくキンさんのSPを節約せんとな。
はっはっはー!
燃えてきたぞ!