第2話 キャラクタークリエイト……?
『ようこそ【オーディンズスピア・オンラインβテスト版】へ!』
『ここではまず、あなたの分身となるアバターの作成を行います』
音声とログで表示されるのか。
ふむ、キャラクタークリエイトってことだな。
MMORPGでは、大体この手順を踏むもんな。
いくらVRでもそこらへんは同じか。
直線だけで描画された部屋の中に、アバターらしき人影が大の字でクルクルと横に回っている。
あれが俺の分身となるキャラクターなのだろう。
短い黒髪に黒目。
中肉中背。
典型的で平均的などこにでもいる日本人スタイルだった。
……って、おいおい!
既にクリエイト済みなのかよ!
あれ……?
なぁ、ちょっと待ってくれ……
よく見たら顔とか身体つきとか、完全に俺のまんまじゃねーか!
口元の小さいホクロまで再現しやがって!
無駄にリアルでなんか怖いよ!
ちょっ、やめろ!
勝手に変なポーズさせんな!
俺は『アイーン』なんてしない!
くそー、自分で自分を客観的に見るとこんなに薄気味悪いもんなのか……
『まずは髪の色などを変えてみましょう。きっとあなたのお気に入りがあるはずです』
変えてみましょう、じゃねぇっての。
そもそも髪の色以外の項目が見当たらないんですけど?
目の色だの髪形だのはどこ行った!?
ってか、まず顔をイケメンに変えさせてくれよ!
……全くもう、さすがβ版だよ。
未実装が多すぎるのは黎明期の宿命だよなぁ。
仕方なく髪の色だけでも気分を出そうとカラーをスクロールさせた。
凄まじい数のヘアカラー。
中には虹色のグラデーションがかかっているものまであった。
誰が選ぶんだろう、これ。
こんな髪色の変態が歩いてたら、少なくとも俺は絶対声をかけないぞ。
でもまぁ、せっかくだから、普段じゃ有り得ない髪の色にするのもありかな。
取り敢えず俺は青い髪を選び、一度アバターにセットしてみる。
思っていたよりも似合っていてちょっとふきだしてしまった。
よしよし、面白い。
これでいこう。
『ヘアカラーをこの色に決定します』
OKっと。
即座にブブーと鳴り響く効果音。
『この機能は未実装です』
じゃあなんで選ばせたッ!!
結局なにひとつクリエイト出来てないじゃないか!
『キャラクタークリエイトを終了し、チュートリアルへ移行しますか?』
あー、もういいよ。
さっさと始めたほうが精神衛生上よさそうだよね。
『Welcome to World!』
ウェルカムじゃねぇよ。
ゲーマーを舐めてんのか。
このまま『サーバーからキャンセルされました。』とか出るんじゃあるまいな。
だが、視界はきちんと暗転し、右下のほうに『Loading』の文字が現れた。
俺は少しだけホッとしたが、なんでか青い兎のようなキャラクターが文字の横で玉乗りしてるのはいただけない。
こんなファンシーな世界観だったっけ?
しかしまぁ、これほど先行き不安なゲームは、接近ゲーとか呼ばれてたあのゲーム以来かもしれない。
名誉のために名は出さないが、そう言ったゲームも過去にはあったんだよ。
ジャーン! ジャジャジャーン!
突然鳴り響くフルオーケストラで無駄に壮大な音楽。
心臓に悪すぎる。
『星は黄昏を迎えつつあった────』
『全ての神々は憂いに満ち────』
あぁー、なるほど、わかった。
プロローグ的なものか。
しかも、下から文章が流れてくるあたり、某宇宙戦争映画の丸パクリにしか見えないんだけど。
まぁいいや。
スキップしちゃえ。
俺はプレイしながらストーリーや考察をするタイプなんでね。
そこからの暗転は数秒で済んだ。
思っていたよりも遥かに読み込みが早い。
視界が開けると、どうやら俺は大きな建物へ付随する庭に立っているようだった。
しかもかなり広い。
高い壁に囲まれた庭ではあるが、その広さ故に圧迫感はなかった。
「うおお……こりゃすげぇ……」
俺は手足を動かしてみた。
現実世界と何ら遜色がないほど思い通りに動く。
革の服の手触りや草花の香りまで見事に再現されているようだ。
天を仰げば青い空、白い雲、そして肌に感じる暖かな陽光。
ごめんなさい。
俺、このゲーム舐めてました。
運営チーム……と言うか開発者は天才としか言いようがないぞ。
ネットの噂で言われていた通り、間違いなく数十年は先を行っているゲームだ。
これほどの再現率を現在の技術で果たせるとは。
「初めまして。ここからは私、マスコットAIの『ラビ』がご案内いたします」
「おわっ」
いつの間にか俺の足元に名前通り青色のぬいぐるみみたいな兎が立っていた。
立っていたんだよ。
二本足で。
なんと言うメルヘン。
あっ、こいつってさっきのローディング画面にいた兎か?
マスコットキャラだったのかよ……
「はじめに、利用規約の確認をお願いいたします」
「このタイミングで!? 普通はログイン前にするもんじゃね!?」
「まぁ、そこはほら、事後承諾みたいなもんでして……」
なんだか聞き覚えのある女性声優みたいな声で、割と問題あり気なことを無表情に告げる『ラビ』と言うAI。
俺の目の間にポンと現れたA4サイズの半透明な画面につらつらと規約の文面が現れた。
それを何となく目で追っていたのだが、気になる一文が。
そこには、『【オーディンズスピア・オンライン】におけるβテストの内容を口外することを禁止致します』と言った内容だった。
「このゲームの話って友達とかにしちゃいけないわけ?」
「はい。ゲーム外、つまり現実世界での口外は固く禁じられております。もし規約違反があった場合……」
「……場合……?」
俺はゴクリと生唾を飲んだ。
「色々消えますよ?」
「なにが!?」
「まぁいいじゃないですか。かわりにゲーム内ではプレイヤー同士で活発な情報交換も行われてますから。納得したところでさっさと同意してください」
「納得してねぇよ!?」
なんなんだこのAIは。
ものすごく適当すぎるだろ。
やたらと急かすラビの猛攻に、俺は渋々ながら『同意する』ボタンを押すしかなかった。
「はい、オッケーでーす、確認しましたよ。ほんじゃまぁ、次はあなたのプレイヤーネームを教えてくださいね」
「今頃!? それってキャラクリの時にやるもんだろ!」
ぴょこんと俺の前にシンプルな一行だけの名前入力画面が出る。
それにしてもこのラビとか言うAI、口調がだんだん馴れ馴れしくなってないか?
しかし、名前、かぁ……
俺の本名『火神秋乃』は、はっきり言ってコンプレックスだ。
昔からこの名前のせいで女みたいだとからかわれてきた。
そう言った連中には落とし穴にハメてやったり、女子トイレに閉じ込めて変態扱いさせたりと復讐を果たしてきたわけだ。
お互い様だからそいつらを別に恨んじゃいない。
だけど、やっぱりこの名前は好きになれなかった。
親父にあのふざけた由来を聞いてからは余計にだ。
「お決まりになれないのであれば、ユーザー名である『火神秋乃』をそのままプレイヤーネームに使用しますか?」
「それはやめてくれ……」
AIだけに意外と残酷なことを平気で言う。
まぁ、俺の事情を知らないのだから無理もないが。
うーん。
俺はゲームを始めるたびに、この名前付けでいつも悩むんだよね。
友人連中はだいたい面倒だから自分の名前そのままで始めるって言うんだけど、俺は絶対お断りだし。
そこらへんのゲームやアニメキャラから名前を取るってのも、なんだか味気ない。
「まだですかー? もうこちらで勝手に決めちゃいますよー。5秒以内に考えてくださーい。ごー、よーん、さーん」
なんてひどいことを言うんだこのAIは。
可愛らしい兎の外見とは裏腹に、中身は鬼としか思えない。
……ほんとにAIか?
実はゲームマスターが手動でやってんじゃないの?
ええい!
俺は名前欄の下に出ているキーボードで素早く打ち込んだ。
「やっと決まりましたか、のんびり屋さんですね。えーっと、『アキ』さんでよろしいですか? よろしいですね? 問答無用でけってーい!」
「あぁぁぁ……」
自分で入力しておきながら少し後悔する俺。
『アキ』も結局、男女どっちつかずな名前だと気付いてしまったからだ。
「ではでは、アキさん! ここからはいよいよチュートリアルに入りますよー!」
「……もう好きにしてくれ……」
何もかも諦めた時、ピピピと電子音が鳴った。
これは俺が事前にセットしておいたタイマーの音だった。
つまり、夕飯の時刻だ。
早く戻らないと母親が怒り狂う。
「ごめんなラビ、いったんログアウトするよ。メシの時間なんだ」
「そうですか。わかりましたー! お疲れ様でした! ログアウトを実行しますねー! またのお越しをお待ちしておりまーす!」
一方的にそう言って、ラビは勝手に強制ログアウトをかますのであった。
つくづくふざけたAIだよね。
でも、ようやくチュートリアル突入か。
戦闘に冒険!
なんだかんだ言っても楽しみだ!