第154話 移転会議
オフ会翌日の夜────
第二大陸遠征隊前線駐屯地。
いまだ未完成であるが、近くここから撤収することが決定していた。
理由は明白。
俺たち斥候隊が上陸地点から、邪神アポピスの封印されていた『黄泉の神殿』周辺、及び、女王クレオの国『エジプティア』までその版図を一気に大きく広げたためである。
この地域では確認できる限りにおいて、邪神の影響は少ないと思われた。
そして、影響がないなら前線自体を押し上げるべきである、と【翰林院】や【OSO University】の連中がうるさいことこの上ない。
なので、拠点建造責任者のたがねさんに散々嫌味を言われながらも、前線駐屯地移設に踏み切ったのである。
今はその打ち合わせ会議の真っ最中だ。
「じゃあ、『エジプティア』に拠点を移すってことでいいのねェ?」
「うん。女王クレオの許可は取ってあるよ(むしろものすごく喜んでたし)」
「あァん! 流石アキちゃんだわァ! 仕事が早くて助かるわよォ」
「ちぇーっ! いい感じに施設が出来上がってきてたのにさー! でもアキちゃんのお願いなら許ーす! だから抱っこさせなさーい! ふへへへへへ」
抱きしめようとするハカセを自慢の回避力で躱し、隙をついて後ろから捕まえようとするたがねさんを軽くいなす。
我ながらこの二人への対処は達人級だと思う。
ただ、男のハカセは俺に対する下心がなく、女のたがねさんに下心がありまくるのは全く解せぬ。
普通、逆ではなかろうか。
有能な連中が揃いも揃って妙な性癖持ちなのだから困りものだ。
同盟を組んだのは失敗だったかなぁ……
でもこの人たちの助力無しでは邪神アポピスを倒して第三大陸に渡るのは難しいだろうなぁ……
などと考えていると浮遊感。
我が女神ヒナが俺を抱え上げたのだ。
「よいしょっと。移設は明日からですよね? 私たちは学校があるので手伝えるのは午後になっちゃいますけど」
「出たね、ヒナバリアー!」
「あァん! ヒナバリアーはズルいわよォ!」
「ヒナバリアー!? なんですかそれは!」
説明しよう!
ヒナバリアーとは、ヒナが俺を守るために発動させるガードモードである!
つまり、俺を抱っこして何者にも触れさせまいと言う、無意識の防衛本能なのだ!
「あれが出ちゃったらアタシたちはもうアキちゃんに手が出せないわ……!」
「ヒナちゃんてば、見かけによらずワイルドだものねェ。問答無用で大魔法を撃ち込もうとするしィ」
「そっ、それはたがねさんとハカセさんがアキきゅんにちょっかい出すからですよっ!」
「だってアキちゃん可愛いんだもーん。お嫁さんにしたいくらい」
「あらァ、たがねちゃんはそこまでアキちゃんを愛してたのねェ。まっ、あたしにはキンちゃんがいるけどォ」
「……あんた、マジ? 彼はやめといたほうがいいって。あれは間違いなくすぐ浮気するタイプよ」
「そんな男をあたしの虜にするのが楽しいんじゃないのォ」
「あっそ。忠告はしたからね。言っとくけど、アタシに泣きついてこないでよ?」
ぷっくくくく。
なんつー会話してんだよ。
たがねさんとハカセは変態同士で意外と気が合ってるのかもね。
どれ、リアルのキンさんがどんなだったか話してやるか。
「わたしたち、昨日キンさんに会ったよ」
「えェ? キンちゃん昨日はログインしてなかったじゃないのォ」
「ま、まさか……アキちゃん、ヒナちゃん……キンさんとリアルで会ったわけ!?」
「ぬァんですってェェェ!?」
あ、あれっ?
なんか思ってた反応と違うぞ。
見上げればヒナも『あちゃー』みたいな顔してるし。
「いくらヒナちゃんと一緒でも、ちっちゃな子が男と直接会うなんてダメよ! そもそも女の子だけで男と会うのがダメ!」
「そうよォ! 男なんてみんな狼なんだからァ!」
あ、あぁ~!
なるほど、そう言う意味ね!
この人たちは俺をガチの幼女だと思ってるらしいしな。
まぁ俺も、キンさんだからいいか、なんて軽い気持ちでオフ会したけど、もしもヒナが単独でキンさんと会うとか言い出したらやっぱり止めるもんなぁ。
ヒナや夏姉にもよく『女の子としての自覚が足りない』って言われるしさ……
そりゃ当り前だよね……だって俺、心は男だもん……
でも最近、その境界線があやふやになってきているような気がして怖いんだよ……
「聞いてるのアキちゃん! 何事もなかったからいいけど、今後は気を付けなよ?」
「あ、う、うん。そうするね」
「ヒナちゃんはきちんとアキちゃんを守ること、わかった?」
「あ、は、はい。肝に銘じます」
なんで説教されてるのかわからないが、ギザ歯剥き出しのたがねさんは恐ろしすぎる。
ヒナも同様だったらしく、兎にも角にも頷いた。
色々な意味で食べられては堪らない。
そういや、渦中の人、キンさんがまだ来てないな。
出張の残務処理でもしてんのかね?
あ~あ、社畜も大変だなぁ。
俺も上手く大学に入って卒業すれば、あと数年であんな風になっちゃうのかぁ……
毎日やだやだ言いながら出勤せにゃならんとか、生き地獄じゃね?
せめて情熱を持てるような職業を見つけたいわー。…
ヒョイン
「やぁ、こんばんは。みんなお揃いのようだね」
とか考えてるうちに、噂のキンさんがログインしてき……た?
……なんだこれ!?
「どうしちゃったのそれ!?」
「なにがあったんです!?」
「誰よ……って、あんたがキンさん!?」
「ダーリン!? 本当にダーリンなのォ!?」
「何を言っているんだいきみたち。どこから見ても僕じゃないか」
「嘘だぁ!」
「嘘です!」
「嘘ね!」
「嘘よォ!」
全員が仰天するのも無理はない。
なぜなら、キンさんの顔が有り得ぬほど腫れ上がっているからだ!
この【OSO】はログインの際、全身をスキャン後、トレースしたデータがアバターに反映される。
つまり、この腫れ顔は現在のキンさんで間違いないのだ。
だが全く信じられない俺たちは口々に否定した。
待って、昨日会った時は普通だったよね……?
じゃあ、今日何か起こったってこと?
まさか事故にでも……!?
それともチンピラかヤンキーに!?
「なにかあったのなら説明してよキンさん!」
「いやぁ、それが僕にもよくわからないんだ」
「そんなわけないでしょ! どう見ても重傷だよそれ!」
「いやいや、本当なんだ。昨日、きみたちと会った……と思うんだが、あれは現実かい?」
「はぁ!?」
「僕は気付いたら宿泊先のホテルのロビーにいたんだ。どうやらホテルマンに起こされるまで眠っていたらしい。その時はもうこの顔だったそうだよ」
な、なにを言ってるんだろうこの人……
打ちどころが悪くて記憶を失ったとか?
俺の気分はポルナレフだよ。いや、それはキンさんの方か。
「取り敢えず病院にも行ったが、痛みと顔の腫れ以外は正常だったよ。脳波にも問題はなかったんで安心しておくれ」
「そ、そうなんだ? ならいいけど……(でも、あの怪我……誰かにブン殴られたとしか……)」
「ところで、メールに書いてあった通り、今は移転についての会議中だろう? 僕も加わるよ(これでも一応【The Princess Order】の団長なんで)」
「あ、うん……(おいおい、フラフラしてるけど大丈夫か……? あんだけ腫れ上がってたら相当熱を持ってるはずだぞ)」
誰もが釈然としないまま、会議は続行されたのだが────
ふと思い出し、俺はクレオから受けたもうひとつの提案を発議した。
「あのさ、クレオが移転前にここへ遊びに来たいっているんだけど、いい?」




