第151話 神の贈り物
「それでは、詳しい話は後程にいたしましょう。ここから別の者がご案内いたしますゆえ」
そう言い残して初老の新宰相は宮殿内へ去った。
門番の男も南門へ戻ったため、宮殿の玄関前にポツンと残されたのは俺とヒナ、そしてシーナさんだけである。
救国の英雄などと褒め讃えておいてこの扱い。なかなかにぞんざいである。
ま、国民的RPGの勇者も似たようなもんだしな……と思った時。
ヒョイン
ログイン音と共に、ヘラヘラ顔の栗毛サングラスがのほほんと現れた。
「お、やぁやぁきみたち。遅れてしまってすまない。勿論メールは見たんだがね。『ゲームが大変なんです』と説明してもクソ上司が帰らせてくれなくて……」
当り前である。
そんな理由で帰らせる上司が、どこの世界にいるのか。
もしそれで帰れるとしたら、きっと解雇された場合だけだ。
そしてこんなキンさんを未だクビにしないのだから、その上司は余程寛容なのだろう。
ま、仕事で遅れるのは仕方ない。リアルが最優先と決めたんだしな。
だがしっかりと煽らせてもらうぜ。
俺はチラリとヒナやシーナさんに目配せ。
「あー、遅いなー。あと一時間早く来て欲しかったなー。眷属見せたかったなー」
「すっごいイベントだったんですけどねー」
「栗毛サングラス野郎は本当に肝心なとき役に立たないのでございますね」
「そんなに面白かったのかい!? くーっ、やはり上司を殴ってでも帰宅を……っていきなり口が汚すぎるよシーナさん!」
曲解! 俺の目配せの意味が全然伝わってなかった! でも痛快!
よくやったぞシーナさん。
俺もヒナもこう見えて年上のキンさんには意外と気を使ってるからな!
「……だけど美人に罵られるのも悪くないね……! 何かが目覚めそうになったよ」
「ド、ドM!」
「変態です!」
「ハゲ」
「!? 僕はハゲてない! 額の面積が少し広いだけじゃああああ!!」
流石にハゲ散らかす……じゃなかった、キレ散らかすキンさん。
これはいくらなんでも言い過ぎである。
「ちょっとシーナさん、それはキンさんが可哀想だよ」
「ですね。そこまで言わなくても……」
「いえ。この男は先程からアキお嬢さまとヒナさまのお身体を舐めるように眺めまわしておりましたので」
「なっ!? マジ!?」
「……私ばかりか、アキきゅんをそんな目で……?」
「ちっ、違う違う! きみたちに怪我がないか確認してただけなんだ! 眷属と闘うってメールに書いてあったから心配しただけなんだぁぁ!」
などとコントを繰り広げていると。
「あ、あのう、御歓談中失礼いたします。皆さまのご案内を仰せつかったのですが……」
「あぁ、ごめんなさい。よろしくお願いします」
「は、はぁ。では参りましょう」
おずおずとした感じな女官らしき人の後をついていく。
彼女もさぞや声をかけにくかったであろう。
俺たちが救国の英雄に見えるとは、とてもじゃないが思えなかった。
「そうだ。アキくん、ヒナさん。ちょっと相談があるんだ」
「キンさんが相談? 珍しいね」
「なんです?」
「うむ。実はね……」
「皆さま、こちらへどうぞ」
キンさんの相談事を聞く前に目的地へ到着したようだ。
ま、急ぎでもなさそうだし、後で聞くとしよう。
そんな俺たちが通されたのは昨夜の貴賓室ではなく────
「女王さまのおなーりー!」
薄緑色のドレスを纏ったクレオが静々と現れ、玉座にフワリと腰かけた。
仕草のせいか、ドレスのせいか、はたまたメイクのせいか、ちょっとだけ大人っぽく見える。
そう、ここはいわゆる謁見の間だったのだ。
クレオは俺と目が合うやニコッと微笑み、すぐさまキリッとした顔へ戻る。
重臣らの前でもあるし、威厳ある女王たらんとしているのであろう。
涙ぐましい努力である。可愛らしさが先に立ってしまっているのは残念だが。
「まずは私から英雄の皆さまへ厚く御礼を申し上げる。邪神の眷属をその武勇を以て討ち果たし、女王陛下を救出せし偉業は比類なきものである!」
先程会った初老の宰相がクレオの脇に進み出て高らかに宣言した。
居並ぶ重臣たちから拍手喝采の嵐が巻き起こる。
「なんだか改めて言われると照れますね」
「うむうむ。全くだね」
「えぇー、キンさんはなにもしてないじゃん。頑張って倒したのわたしたちだし」
「僕だって仕事中も胸を痛めつつ心から応援していたよ!? 魂はきみたちと共にあったさ!」
「アキお嬢さま。この男をつまみ出してもよろしいでございましょうか?」
「ぅおっほん! そして、眷属の暴虐により壊滅的被害を蒙りし国土を、神の御業にて復興なされたケプリ神にも大いなる感謝を捧げたい!」
「はぁああ!?」
「えぇぇー! あのケプリ神が降臨したんですか!?」
「む? 僕にはよくわからんのだが」
「私もでございます」
「あー、えーとですね……」
キンさんとシーナさんへの説明はヒナに任せよう。
しかしこりゃ驚いた。
ケプリ神っつったら、太陽神ラーの別形態だぞ?
エジプト神話ではホルス神に並ぶメジャーな神さまじゃねぇか。
でもまぁ、邪神アポピスとケプリ神は敵対関係にあるって言うし、納得は出来るか。
ってか運営め。本当に街が直ったのを神さまのせいにしちゃったよ。発想が俺と同じレベルなんだが、それでいいのか?
「そのケプリ神から英雄殿に神具を授けよと神託があった! では、女王陛下」
「うむ。英雄アキよ! 前へ!」
「え、あ、ハハァ!」
いきなり呼ばれて焦ったが、それっぽく返事してクレオの前に跪いた。
ここはロールプレイに徹さないとクレオに恥をかかせてしまう。
「神より賜りし神具を英雄のそなたに託す」
「有り難く」
もう夜だと言うのに窓から光が差し込み、俺とクレオを神々しく照らし出した。
その光景を見た重臣たちは涙と溜め息を同時に漏らし、その後すさまじい歓声へ変わった。
何故かヒナとキンさん、シーナさんまで泣きながら拍手をしているのが面白い。
【スカラベバッジ 1個獲得】
アイテムは黄金色に輝くタマオシコガネを模したバッジであった。
なるほど。ケプリ神は顔の部分がタマオシコガネで描かれることが多いのだ。
そして邪神と敵対する神が、ただの記念アイテムをくれるとも思えない。
つまりこれは重要なものであると見た。
多分、邪神アポピスとの闘いで決定打となるような……なってくれるといいなぁ。
俺はそんな期待を込めてバッジをインベントリ内の『大事なもの』欄にしまい込んだ。
「これにて授与の儀を終了とする! さぁ、宴へ移行しようではないか!」
クレオがそう言うと更なる歓声が沸き、女官たちが手早く準備に取り掛かる。
あっと言う間にテーブルと椅子、様々な料理や酒が並べられ、その手際に驚くばかりであった。
クレオのすぐ近くに座らされた俺たちは飲み食いしながら楽しくおしゃべり。
この時ばかりはクレオもいつもの調子に戻っていた。
なんにせよ全てが丸く収まったようで良かった良かった。
「むむ、これは上等なお酒だね。VR世界なのに酔ってしまいそうだよ」
「キンさん、二日酔いはまずいんじゃないの? 明日の仕事が……あ、明日は土曜か」
「そうだそうだ。アキくん、ヒナさん、先程の相談なんだが」
「ああ、そういや言いかけてたね。なに?」
「実は明日、急な出張が入って関東へ行くことになってね」
「へぇ」
「そうなんですか? お休みの日に大変ですね」
「きみたちは訛りもないし、関東在住なんだろう? そこでだ、僕の案内役を引き受けてくれないかね?」




