第150話 更迭
「えぇぇえ!? 嘘でしょ!?」
「なんですこれ!?」
「……吃驚でございます……」
眷属を倒し、日が落ちて冷えはじめた砂漠をえっちらおっちらと街に帰還した俺たちの第一声がこれである。
「一番驚いてるのは私よ! なんなのよこれぇ!」
ふんぎゃあと俺の背中で喚くクレオ。
腰が抜けている割に、赤ちゃんより駄々っ子だ。
しかし、さもあらん。
「どうしてあんなに壊れちゃった街がもう直ってるのよ!!」
そうなのだ。
あれほど眷属に蹂躙され、破壊の限りを尽くされた街並みや宮殿までもが、何事もなかったかのように立ち並んでいたのである。
しかも、のん気に夕餉の炊煙まで昇っているではないか。
古いゲームではそれなりに見かける現象だが、ご都合主義すぎて色々台無しとなるのは否めない。
この数十年は先を行くと言われた【OSO】でそれを目撃するとは、まさかまさかの体験であった。
「イベントが終わったからって、何もすぐオブジェクトを直さなくてもいいよね……そのまま復興イベントにつなげるとか、いくらでもやり方はあると思うんだけど」
「全くです。もうちょっとイベント後の余韻とか情緒とか欲しいですよ」
「たぶん、ストーリーを作るのが面倒になって端折ったんじゃない?」
「あー、あり得ますね。これ、中間を抜いた結果だけっぽいですもん」
「以前のMMORPGにもあったよねこう言うの。魔王に破壊された街が何日かしたらいきなりもっとデカい街になっててさ」
「ありましたねー。あのイベントは参加してなかったから、何が起こったのかわからなくてびっくりでしたよ」
「あそこの運営も色々と雑だったもんね」
ヒナと二人でうんうん頷く。
何のことやらわからぬ様子のシーナさんはともかく、当事者のクレオは悠長でいられない。
「いべんと!? おぶじぇくと!? それは海の向こうの言葉なの!? アキは何か知っているの!?」
「あー、いや、うん、落ち着きなよクレオ」
「だって! こんなのおかしいじゃない! 私は夢でも見てたの!?」
まぁ、これが普通の反応だよなぁ。
ここがゲーム世界だと知らない者には、目に見えているこれこそが現実なのだから。
さて、どう答えたもんかね。
いっそ神さまのせいってことにしちゃおうか?
ヴァルキリーさんなら某ゲームソフトで創世神になったりしてたし、いけるんじゃね?
あとで美味しいお菓子でも持って謝りにいけば、ヴァルキリーさんも許してくれるだろ。たぶん。
ん、いや、その前に街内部の状況だけでも確認しておいたほうがいいかもしれんな。
「じゃあ取り敢えず宮殿に戻ろう。きっとみんなクレオを心配してるよ。無事だって知らせなきゃ」
「……う、うん、わかったわ。アキがそう言うなら……」
クレオが躊躇するのもなんとなくわかる。
あのクソ宰相はクレオを眷属の生贄に差し出したも同然なのだ。
あれが、もし宰相の独断ではなく、国全体の総意だったとしたら?
クレオはきっとそれを恐れているのだ。
自分はもう、いらない子なのではないかと。
そういうクソみたいな思考の連中しかいないのであれば、この国はとっとと滅んだほうがいい。
今後は眷属に襲われようが邪神が襲来しようが助けてなどやらん。
クレオは俺たちで保護し、それこそヴァルキリー神殿にでも匿ってもらおう。
だがそんな俺の憤りにも似た心配は杞憂に終わった。
「じょ、女王さま! よ、よくぞ……!」
「ご無事でしたか! よかった! よかった……うっうっ」
南門前に立っていた二人の門番がクレオを視認するや、いきなり号泣したのである。
ひとしきり泣いた彼らは、一人が宮殿へ知らせに走り、残ったほうが俺たちを先導すると言う。
おい、門の番はどうするんだ? とは思ったが、門番たちが心からクレオを心配していた様子に俺は安堵した。
やはりクレオは民から愛される女王なのだろう。
どうやらこの国のクソ野郎は宰相だけのようだ。
おっと、案内ついでに先導役の門番からそのあたりのことを聞いてみよう。
「ねぇ、宮殿内は大丈夫なの?」
「ええ。急激な再編成が進み、もう少しすれば女王捜索隊が出発する手筈となっておりました」
んん?
なんだか話が噛み合ってないような……
「ちょっと待って。クレオ……女王がいない間になにかあったの?」
「はい。ですが、そのぅ……」
門番は振り返ってチラチラとクレオの顔を窺っている。
つまりこれは女王の前では憚られる話題なのだろう。
それを察せないほど俺もガキではない。
クレオは突如再建された街並みをキョロキョロ眺めていて、気付きもしなかったようだが。
「ん。変なこと聞いてごめんね」
「いえ……」
パチンとウィンクして『深くは聞かないよ』と合図を送った。
しかし門番は何故か顔を赤らめて正面を向く。
第二大陸では通じない文化なのだろうか。
「アキきゅんは罪作りですねぇ」
「なにが?」
「その自覚の無さがですよ」
「???」
ヒナが何を言っているのかわからない。
あ、今わかった。って、そんなつもり全然ねーし!
うっ、これが無自覚ってことか!
そ、そうか。幼女姿なら大丈夫だろうって考えがそもそもいけないわけね……
………………めんどくせぇな女子!
あと、単純だな男子!
などと一人漫才をしているうちに宮殿へ到着……するやいなや。
「うぉおおお! 女王さまぁぁ!」
「よくぞご無事でぇぇぇ!」
「女王さま! お怪我などなされていませんかぁぁ!」
「きゃあああああ!」
重臣、兵士、侍女らが大挙して駆けつけ、まるで人さらいのようにクレオを連れ去っていった。
残されたのは俺たち一行と先導役の門番、そして身なりの良い初老の男だけ。
その男が何の含みもない笑顔でこう言った。
「では、ここから私が案内いたしましょう。女王を救いし英雄殿。心よりその御尽力に感謝しておりますぞ」
「は、はぁ。あの、あなたは?」
「私は宰相です」
「え? 宰相ってあの憎たらしい爺さんでしょ? まさか二宰相制なの?」
「はははっ、あの老害ならば既に更迭しましたのでご安心くだされ」
「ええぇぇ!? 更迭!?」




