第149話 記憶力に難あり
「っっふぅ~! 流石に5連携ともなるとすっごい威力! だけど今のはビビったー……まさか突進系のスキルだったとは……あれでとどめを刺せなかったら普通に食われて死んでたよね……おっと。クレオ、大丈夫?」
かつて眷属だった微細な粒子がキラキラと舞う中、自動モーションのお陰で華麗に着地した俺は、背中のクレオに声をかけた。
クレオのブルブル震える振動がずっと伝わっていたのだ。
首だけひねって見ると、彼女はギュッと目をつむり、泣きそうな顔で俺にしがみついている。可愛い。
よほど怖かったのだろう。普段は気丈に……いや、ツンデレに振る舞っているが、まだ幼い少女なのだ。
俺も焦ったくらいだし、お姫さまのクレオには刺激が強すぎたか。
「……お、終わったの……?」
「うん。眷属はわたしが(ククク……ヒナとシーナさんのコンボにちゃっかり便乗して)倒したよ。だからもう平気」
「……うわぁぁぁん! アキー! 怖かったよー!」
「ん。よしよし」
大粒の涙が俺の小さな背を濡らす。
クレオはきっと、先程の突撃に恐怖したのではなく、国のためとは言え自らを生贄に差し出すのが恐ろしかったのだ。当たり前である。あんな大蛇に生きたまま丸飲みされるなんて想像するのもおぞましい。
俺以外のプレイヤー次第ではそう言った結末もあったかもしれぬ。
開発者はこんな幼い女の子に何て重い試練と役目を与えたのだろうか。
もしこのイベントを作ったヤツに直接会えるなら、問答無用でブン殴ってやる。アバラの5~6本は覚悟してもらおう。
無機質なNPCならともかく、高度なAIを積んだ子にこんなことさせんなよ。
いや、所詮はプログラムとわかっちゃいるけど、なんかこう……なんかさぁ!
自分でもよくわからぬ憤り。
当然、己の矛盾にも気付いているが理屈では割り切れない。
あまりにも人間と遜色がないキャラクターと言うのは、もはや魂が宿っているのではなかろうか。
ならば肉体の枷を離れて【OSO】世界にログイン中の俺と、魂を持つクレオのどこに違いがあるのだろう。
などと哲学的な思考に陥りそうだった時。
「アキきゅーん! かっこよかったですよー!」
「アキお嬢さま!」
眷属のドロップアイテムを拾い集めていたヒナとシーンさんがこちらへやってきた。
ああ……ヒナの笑顔はいつも俺を癒してくれる。
凝り固まった脳みそがとろけていくようだ。
勿論、シーナさんは……黒いカラスマスクな上にすごく無表情。
もしかしたら勝手に俺がコンボに割り込んだうえ、とどめまで刺したので怒ってるのかもしれない。
どう言い繕おうかと思ったが。
「すごい! すごいでございます! こんなに小さなアキお嬢さまが、私の特殊スキル『コンボアーツ』へ更に上乗せをなさいますなんて!」
「もぎゅううう」
「みぎゅううう」
そう感嘆しながら俺と背中のクレオごと抱きしめるシーナさん。
思わず潰れそうな声が漏れる。
えぇ!? あれは喜んでた顔だったの!?
全然わかんねぇ~!
あと、小さいは余計だし。
「コンボアーツ?」
「はい。何やら自分が習得したスキルを特定の順番で特定のタイミングに限り繋げられるようになるようでございます」
やはりシーナさんが使ったのは一人連携を可能にするスキルらしい。
しかも特定の順番とタイミングでだと?
「それってかなりとんでもないスキルですよ!?」
「だよね」
「よくわかりませんが、そうなのでございますか?」
ヒナを肯定する俺。ゲームに疎いシーナさんはキョトンとしているが、実際とんでもないスキルである。
RPGで格ゲーのように闘えると言えばわかりやすいだろうか。
待てよ。
……そのコンボアーツを第二大陸遠征プレイヤーの全員が習得したら……?
邪神アポピスを延々とスキルコンボでボッコボコにできるんじゃないのか?
そして最後に俺のドッキングスキルコンビネーションで締めれば……あれはスキルの攻撃倍率を大幅に上げる効果があるから……天文学的なダメージを出せる……!!
ピコーン! 閃いた!
「シーナさん! そのコンボアーツってどこで覚えられるの!? ユニーク情報を聞くのはタブーかもしれないけど、何でもするから教えて欲しいの!」
「!? 今、『何でも』とおっしゃいましたか!?」
シーナさんの瞳がギラリと怪しい輝きを放つ。
あの目は俺にいかがわしいことをする気の目だ。
迂闊な提案をした自分を呪ったが後の祭りである。
しかし、俺一人が我慢すれば邪神攻略に目処が立つかもしれないのだ。
ならば涙を飲んで耐えよう。
「う、うん。なんでも!」
「アキきゅん……(うぅ……アキきゅんが自ら犠牲に……『何といういたわりと友愛じゃ』……ですね! 大ババさま!)」
ヒナが俺の小さな金髪頭を撫でる。
だがその表情は、くだらないことを考えている時によくする顔であった。
そしてそのくだらない内容も大体見当がつく。
確かに蒼き衣を纏っちゃいるけど、俺はナウ○カじゃねーぞ。
それに他人のためじゃなく、これは自分のための犠牲だ。
「非常に魅力的でッ……素晴らしいご提案にございますがッ……! わ、私にも、どこでこのような特殊スキルを習得したのか全く記憶にございませんッッ!」
ばちゅーーーん!
俺の頭の上に輝いた閃きの電球は、音を立てて粉々に砕け散った。
「そ、そうなの? それなら仕方ないね……って、えぇぇぇ!? 血涙!?」
「だ、大丈夫ですかシーナさん!」
ガクリと膝をつき、マスク越しであるが、思い切り歯を食いしばったような顔つきで血の涙を流すシーナさん。
余程俺にいかがわしいことをしたかったのだろうか。
……きっとそうなのだろう。
しかし、知らぬ間にあんなにすごいスキルを習得しているシーナさんも、全くもって訳の分からない人であった。
ゲームに疎い弊害としか言いようがない。
俺ならばそんなもんを発見したら即座にマル秘ノートへ書き残す勢いなのだが。
物の価値を知らぬと言うのは、げに恐ろしきなり。
「取り敢えず眷属は倒したし、街に戻ろうか」
「そうですね」
「か、かしこまりました……くっ……私の錆びた脳よ、今すぐ活性化するのでございます! ……思い出さねばせっかくの機会を棒に……!」
膝をガクガクさせながらどうにか立ち上がるシーナさん。
まるで生まれたての子馬だ。
尋常ではない悔しがりかたに、俺は彼女がゲームに疎くて良かった気がした。
なにをされるかわかったものではない。最低でも全身をペロペロされそうで怖い。
「クレオもそれでいい? もし帰りたくないなら……」
「ううん、平気。私はこれでも女王だから! ……あっ!」
自ら女王であると宣言してしまい、慌てて口を塞ぐクレオ。
「大丈夫。みんな知ってるよ。女王でもなんでもクレオはクレオだよ。わたしの大事な友達の、ね」
「!!……うん! ありがとうアキ! 大好きよ! ……あ、ひとつお願いしてもいい?」
「ん? なに?」
「あのね。腰が抜けて歩けそうにないから、このままおんぶしてくれる?」
「(可愛い!)もちろんだよ」
俺たちは大いに笑い合いながら帰途に就くのであった。




