第145話 火刑or生贄
『アキきゅん! クレオちゃんが大変なんです! すぐに来てください!』
ヒナからのメールを視認したと同時に俺の身体は駆け出していた。
それもかなり切羽詰まった風に。
我ながら驚きである。
クレオは所詮ゲームキャラ、なのになぜ俺は必死で走るのかと。
頭の中の冷静な俺は、冷ややかにこう告げている。
『キャラに感情移入するとか、いつもの俺らしくねーぞ。たかがNPCだ。どうなろうと知ったことじゃねぇだろ? イベントさえ進行するならなんでもいいさ』と。
その通りだ。今もそう思っている。思っているはずなんだ。
クソァ!
情が移っちまったってか!?
懐いた猫みたいだもんなクレオは。
こりゃ、『可哀想だし可愛いから』なんて理由で犬猫をバンバン拾ってくる夏姉をバカにできないや!
あっはっはーだ!
半ばヤケクソ気味に矛盾した己を笑い飛ばし、瓦礫も火の粉もお構いなしに突っ走った。
几帳面なヒナのメールには、慌てた文面でもきちんと場所が明記されている。そこを目指して一直線。
逃げ惑う連中なんざ、持ち前の高AGIで躱しまくりだ。
進むごとに人口密度が上がっていく。
つまり目的地である南広場はもうすぐだ。
今度は高STRを活かし、人波を力尽くで掻き分ける。
そして視界が開けた時、広場の真ん中に積み上げられた瓦礫、その上に立てられた木製の……十字架、そして磔にされたクレオの姿が!
しかも良い身なりのおっさんが松明を持ってクレオの前に佇んでいるではないか。
聞かずとも状況を察した俺は、目の前が真っ赤に染まる。
途方もない怒りでだ。
一も二もなく飛び込もうと────
「アキきゅん!」
「お待ちくださいアキお嬢さま」
────したのだが、ヒナとシーナさんにひっ捕らえられた。
背筋がゾワッとしたのはシーナさんが俺をまさぐったからだ。
だが、そのお陰(?)で少し頭が冷えた気がする。
「ヒナ、シーナさん! クレオが火刑になっちゃう! 助けなきゃ!」
「え? いえいえ、あれは火刑ではなく……」
「邪神への生贄でございます」
ダメじゃん!
どっちみち最悪の状況じゃん!
「でも、そこでイベントの進行が止まっちゃってるんですよ」
「へっ?」
「何度話しかけてもあの松明を持った男性は同じことを繰り返すばかりなのでございます」
「ええぇ!?」
選択をプレイヤーにゆだねるあたりはちゃんとゲームっぽいのかよ!
勝手に街を崩壊させといてこれ!?
親切なんだか不親切なんだかわかんねぇな!
「たぶんですけど、アキきゅん待ちですよ」
「なんで? ……あー、パーティーリーダーがわたしだから?」
「ですです」
なるほど。
ヒナの推察は正解かもしれん。
実際、松明のおっさんは身じろぎもせずジッと立ったままだし、磔にされたクレオもうなだれたままだ。
お陰でじっくりと考える時間はあるらしい……と思ったが、ふとクレオが顔を上げて俺を見つめた。
なんとも悲しそうな瞳で何かを訴えかけている。そして無理に微笑んだ。まるで『これは運命なのよ。だからどうなっても気にしないで』とでも言いたげな儚さで。
「……ねぇ、二人とも。なんかこう……違和感があると思わない?」
「どういうことですアキきゅん?」
「はて?」
「あのおっさんや野次馬はいかにもなゲームキャラって感じなのに……」
「……クレオちゃんだけ反応が違うってことですか?」
「言われてみれば確かにその通りでございますね」
「うん。ヒナ、思い出してみてよ。ヴィヴィアンさんとかマーリンさんとか……」
「モードレッドちゃんとかヴァルキリーさんですね?」
「そう。彼女らはNPCなのにNPCらしくないっていうか」
「アキきゅんのいいたいことはわかります。まるで自我を持ったような行動をしてますもんね」
「うんうん! 流石ヒナ! だからもしかするとさ、本当に高級なAIを搭載してるのって、名前のあるNPCだけなんじゃない?」
「……あり得ますね。通常のNPCにまで高性能AIを積んでいてはリソース的に無駄ですし」
「そーそー。全てのNPCが好き勝手やってたら、イベントなんてひとつも進まないもん」
「???」
ゲーム脳全開の俺とヒナに、全くついてこれないシーナさん。
無表情なのに混乱してる様子が面白い。
ま、興味のない人にとっては『だからなんだ?』って話だもんな。
こう言うのは、興味津々なハカセにでも教えてあげればすっごく喜ぶだろうよ。
NPCについても調べてるって言ってたし。
って、それよりも。
「ヒナ、現状を教えてよ。わたしはまたジャンヌダルクよろしく、クレオが火あぶりにでもされるのかと思ってたんだけど、違うんでしょ?」
「シナリオ的には割とよくあるパターンですよ。街が邪神の眷属に襲われたから、それを鎮めるためにクレオちゃんを生贄に差し出そうって感じのです」
「あ~……典型的なステレオタイプのシナリオじゃん……」
「そうなのでございますか? 私はこう言ったものに疎いので、お二人の洞察力に驚きを隠せません」
全く驚いていないような顔で言うシーナさん。お陰でちっとも褒められた気がしない。
言い分からしても、彼女はあまりゲームなどすることがないようだ。
……そんな人がなぜ【OSO】をプレイしているのかは謎である。
「で、あのおじさんは何て?」
「彼はこの国の宰相だそうです。国の滅亡を免れるには女王自ら生贄となって邪神の眷属を鎮めるしかないと。しかし幼い王女を贄とするのは忍びないので……」
「ああ、はいはい。代わりの生贄か邪神の眷属を倒せって選択待ちなのね」
「ですです」
「!! なぜアキお嬢さまはそれがお判りに!?」
「うーん。経験則、かな」
今度は本当に驚いたようで、少し目を剥くシーナさん。
なんとも爽快な気分だ。
ただ、今は幼女なので『長年の』とは口に出せなかったが。
「そんな選択肢、考えるまでもないよね」
俺の顔を見たヒナも同じ表情となる。ニッと笑ったのだ。
シーナさんはキョトンとしているが、俺は構わずこう言った。
「またとないチャンスだと思わない? 邪神との前哨戦にはさ」




