第141話 懐かれました
「とにかく! この私があんたたちに助けられたのは間違いのない事実だわ! そうよねっ!? しかも狂暴な砂鮫を簡単にやっつけるなんて結構強いじゃないの!」
「は、はぁ、どうも」
ツンデレぶりを遺憾なく発揮しながら、ちっちゃい指でビシッと俺を差す自称クレオちゃん。
年齢も背格好も幼女と同じくらいなので、顔に真っ直ぐ指をさされた。自然と目が寄る。
よく見れば褐色と言うよりは赤銅色に近い肌に、緑色のビーズがふんだんにあしらわれたワンピースドレスのような衣服を身に纏っていた。
さながら砂漠のお姫さまと言った風情でよく似合っている。ぺったんこではあるが。
気の強そうな目鼻立ちだけれど、美少女と言って差し支えあるまい。
「だから、宮で……じゃなかった、私の家であんたたちを労わせなさい!」
「えぇ~……」
なにが『だから』なのかはさっぱりわからぬが、彼女は小さな手で俺の右手を握るとグイグイ引っ張り出した。
多分、なんらかのイベントが起動したのであろう。
きっかけは逃走の手助けか戦闘への介入で間違いあるまい。
それにしてもかなり強引だ。
しかも『宮で……』とは『宮殿』のことと推察できる。
こんな身なりで宮殿住まい、と来れば、それはもう王族としか思えない。
彼女の名前からしてあの人っぽい。なんでか隠したがっているようなのでツッコミはしないが。
ならば重要NPCなのは確定だろうし、ここは乗っておくのが手か。
その旨をみんなにパーティーチャットで送信すると、各々が確認後、口には出さず頷き返してくれた。
やはり全員ゲーマー。わかってらっしゃる。
どんなイベントも見逃すわけにはいかない。
ここにハカセがいたら、さぞや目をギラつかせたであろう。
これほどの美味しそうなネタはそうそうあるまい。新発見のイベントならば尚更だ。
「どうしたの。まさかこの私の招待を断るって言うの?」
「え、あ、ううん。お邪魔しても本当にいいのかなって思ったの。大勢で押しかけたら、ご両親のご迷惑になったりしない?」
「…………あんた、すっごくいい子なのね! 気に入ったわ、名前を聞かせなさい!」
「(えぇ~、自分から名乗りたくねぇ~)……アキ」
「アキね! 覚えておくわ! 心配しなくても大丈夫だから、安心してついてきなさい!」
「は、はぁ」
手を引かれるままラクダに乗せられる俺。しかもクレオの後ろだ。
よほど俺は気に入られたのだろうか、彼女は非常に上機嫌だった。
ラクダは俺たちの人数と同じ5頭。
パーティーメンバーそれぞれが一人ずつ乗り込んだ、と思いきや、意外や意外、キンさんはクレオちゃんと共にいた女性にラクダを譲っていたのだ。そして自分は他の3人いる男性と一緒に歩くつもりらしい。
やるじゃんキンさん。ちょっと見直したぜ。
思ったよりも快適に、そして颯爽とラクダは歩む。
足の裏が圧力を分散する構造になっており、砂に足を取られないとは聞いたことがある。
哺乳類なのに完全な瞬膜(目を砂埃や異物などから保護する)も備えており、二つのコブに溜めた脂肪で飢えや渇きにも強い、まさしく砂漠に完全適応した動物だ。
いやまぁ、ここはゲーム内だからどこまで再現されてるのかは知らないけどね。
プレイヤーが乗り物酔いしないように補正がかかっているだろうしさ。
後ろからはヒナの歓声(ヒナはユニコーンのニコで動物に乗るのは慣れているぞ!)や、ツナ姉さんの嘆声(彼女は可愛い動物に弱いぞ!)、そしてシーナさんの悲鳴(彼女は乗り物全般に弱いらしいぞ!)が聞こえてくる。
なかなか愉快な道中だ。
「どう? 私たちの誇るラクダの乗り心地は?」
「うん、とってもいいね。快適快適。慣れるとなんだか可愛く見えるし」
「でしょう!? あなたもラクダの良さをわかってくれるのね!」
振り返り、目をキラキラさせながら満面の笑みを浮かべるクレオちゃん。
年相応の表情がなんとも可愛らしい。
「ところでさ、クレオちゃん」
「クレオでいいわ。私もアキって呼ぶから」
「そう? じゃ、クレオ。こんな砂漠のド真ん中でなにしてたの?」
「ああ、それね。『黄泉の神殿』付近の調査よ」
「黄泉の神殿?」
「ええ。長い間、邪神が封印されていた場所でね、どこかのバカが封印を解いちゃったでしょ? それから邪神はこの大陸を荒らしまわっていたんだけど神出鬼没だから、神殿に戻っていたりしないかを調べていたのよ。でも砂鮫の縄張りに入り込んじゃったのは痛恨の失敗だったわね」
「あ、あはは……そうなんだ」
笑い事じゃないが、申し訳ない!
そのバカは一応知ってる人です!
しかし、これってさ、俺たちがたまたま通りかかったから良いようなものの、助ける人がいなかったらクレオたちはどうなっていたんだろ?
もしこんなので彼女が死亡したら、イベント進行自体が不可能にならないか?
それともフラグが消えるだけでクレオたちは無事なのかな?
よくわからんが、やっぱり間に合ってよかった。
ツンデレだけどいい子そうだもんな、クレオは。どこかのロリババアと違ってメタいことも言わないし。
これ、他のプレイヤーが知ったら、滅茶苦茶人気出そうなキャラだよね。
「えぇ!? じゃあ、アキたちは他の大陸から来たって言うの!?」
「うん。大きな船でね」
「わぁ~! いいなぁお船! お話では聞いたことがあるわ! でも私、海って見たことないんだぁ~」
「乗せてあげたいけど……(クレオは王族っぽいしなぁ……お許しが出るかな?)」
「ホント!? いいの!? 約束よアキ!」
などと他愛のない会話をしているうちに、日は傾き、とっぷりと暮れてしまった。
全力で移動すれば明るいうちに到着できたそうなのだが、徒歩の者がいる以上どうしてもゆっくりになってしまう。
だが、真の問題はそこではなかった。
「あの、ごめんなさいアキきゅん。私、そろそろ一度ログアウトしないと……」
「僕も空腹のインジケーターがさっきから光りっ放しだよ」
「あ、そっか。もうこんな時間だもんね」
そう、俺たちプレイヤーには現実での生活もあるのだ。
切っても切れない大問題である。
まだリアルを捨ててまで廃プレイ出来るほど狂っちゃいない。
「えぇっ! アキたち帰っちゃうの!? 嫌よ!」
話の流れから察したのだろう、クレオがギュッと俺の袖を握った。
何もしていないのに随分と懐かれたものである。
だが俺とて、いくら相手がNPCとは言え、この小さな手をいとも容易く振り払えるような人非人ではないのだ。
「んー、ヒナ、キンさん、ツナ姉さん、シーナさん。先に落ちていいよ。わたしはもう少しクレオに付き合うから」
「でも、アキきゅんだってお腹空いてるんじゃないです?」
「なら、僕は急いで食べて戻ってくるよ」
「キンさんに同意します。私も出来るだけ早めに戻りましょう」
「くっ……私にもお役目がありますゆえ……アキお嬢さまを置いていくのは心苦しいのでございますが……」
「うん、大丈夫。こっちは気にしないでゆっくり食べてきなよ」
後ろ髪を引かれているような表情でみんながログアウトしていく。
俺も後で夏姉に怒られるのを覚悟しつつ、ヒナたちへ手を振るのであった。




