第14話 大規模アップデート、そして運命は流転する
とうとうこの日がきてしまった。
だけど私の心は揺らがない。
今夜が勝負。
夜空に花開く大輪たちの中で、あの鈍感な先輩に強力な一撃をお見舞いするのだ。
ゲームをする時だけ見せる無邪気な笑顔を私に向けさせるために。
強敵に立ち向かう時の真摯な眼差しで私を見てもらうために。
入学後、ちょっとだけ調子に乗ってた私の鼻っ柱を、大好きなゲームで粉砕してくれたあの人。
私が作った『ゲイム部』に最初からずっといてくれるあの人。
いつからだろう、興味が好意に変わったのは。
ううん、いつだっていい。
大事なのは今の気持ちなのだから。
私は今夜、彼に告白するのだ。
やってきました金曜日!
始まりました夏休み!
あーもう、なんなんだろうね!
この夏休みと年末年始に溢れ出すワクワク感ってのは!
あまりの嬉しさに真昼間からログインしちゃったよ!
今日は終業式だけで学校も終わったし、帰り道にヒナと今後の予定なんかをお喋りしながら飲み物やら栄養ドリンクやらを買いだめしてきた。
ガッツリプレイするには下準備ってもんが必要だからな。
問題はメシだが、まぁ、なんとかなる……と思う。
なんでメシが問題かってーと、あれだ。
毎年恒例!
両親が世界遺産巡りの旅~!に行っちまうからなんだよね。
子供をほったらかして旅行とか、控えめに言ってもアホな親だが、俺としては解放感を隠せない。
何憚ることなく全力でゲームができるんだからな。
ま、夏休み中は姉が帰ってきて妹の面倒も見てくれるんで問題はなかろう。
俺はメシなんて胃に入ればなんでもいいタイプだし。
いざとなればカ〇リーメイトでも齧っておけば死にはしないだろう。
……これ、ヒナにも言ったことがあるんだけど、なんでかとっても怒られたんだよね……
粗食でなにが悪いというのか。
「おっとぉ、流石に平日の昼間はログイン数が少ないな」
いつもなら密集しているプレイヤーがまばらにしかいない。
夜など明らかに生息モンスター数よりもプレイヤーのほうが勝るほどだもんな。
このエリアは首都のすぐ手前だし、そこそこ経験値も美味いので転職の追い込みに来たプレイヤーが群がるスポットのひとつなんだよ。
まぁ、俺たちもそのたぐいの人種なんだけれども。
どれどれ。
……おお!
接続人数2千人弱かぁ。
って、少なっ。
土日の夜なんて1万どころじゃなかったぞ。
でもよく考えたらクローズドβテスト版で1万人以上いるわけだろ?
正式サービスが開始したら人数多すぎてサーバーがダウンしちゃうんじゃね?
そういやキンさんがなんか言ってたな。
正式版実装とはいえ、誰でも【OSO】をプレイできるわけじゃないとかなんとか。
あの人の情報源も非常に謎だが、俺がこうして【OSO】をプレイしてるのも確かにかなりの謎なんだよな。
運営チームが無作為に全国からテスターを選んでるにしてもなにかおかしい。
完全にランダム抽選ならプレイする人間はもっと少ないはずだ。
高齢の人が当選したなら特に。
この【OSO】は、プレイヤーの見た目がほぼそのままアバターとして再現される。
そして、俺はここまでプレイしてきたが、老人を見かけた記憶がない。
それどころか中年すらいなかったと思う。
最年長でもせいぜい20代後半といったところか。
となれば、やはり若年層を狙って当選させていると考えるほうが自然なのではなかろうか?
……うーん、まぁいいや!
どうせ考えたって答えなんか出ねーし!
それより狩りしようぜ!
へっへっへ、ヒナもキンさんも来ないうちにレベル上げたれ!
「邪な顔してますけど、抜け駆けする気だったんじゃありません?」
「ヒッ!?」
ドキィ!
人間、図星を付かれた時は想像以上に動揺するものだ。
「そそそそんなことはないですぞよ! ってヒナかよ……ログインしたらちゃんと『ヒナヒナinしたお!』って言うべきだろ」
「えぇー!? 嫌ですよ恥ずかしい!」
「なんだよ、可愛いのに」
「……アキきゅんはそういうのが好きなんですか?」
「いや好きっていうか……ネタっていうか……」
「アキきゅんがそうして欲しいっていうなら私は……」
あれぇ?
ちょっと待って。
なにこの妙な雰囲気。
「そ、そ、そう言えば用事ってのは済んだのか? 夕方までかかるとか言ってたろ?」
「もう終わりました。それよりごまかさないでください。アキきゅんは私をどう思ってるんです?」
あれぇ!?
話題が巧妙にすり替えられてね!?
どうしたんすかヒナパイセン!
い、いやまぁ、ここ最近確かに色々おかしかったが。
妙にはしゃいだり、急に落ち込んだりな。
期末テストの結果がダメだったんかねぇ?
んなわけねぇか、今回もお見事な1位だったし。
金持ちで可愛くて頭もいいとかさぁ。
どんな完璧超人だよ。
神さまってのは不公平すぎない?
「もー、どうなんです!?」
「お、おう、俺はヒナを」
「私を!?」
「す(ばらしい先生だと思ってます)」
「す(き!? 好き!?)!!??」
顔が怖ぇよヒナ。
鬼気迫りすぎて般若みたいになってんぞ。
「やぁやぁきみたち! 待ちきれなくて早退してきてしまったよ! HAHAHAHA!」
外人みたいな笑い声と共にキンさんがログインしてきた。
見ればいつの間にかヒナが地面に顔を埋めている。
やはりこいつはどこかおかしいようだ。
「今日は花火の後にメンテナンスが入るみたいだよ」
「あー、そうらしいな。さっきから黄ばみが流れてるし……ぷぷっ」
『黄ばみ』とは運営からのメッセージが黄色い文字で表示されることが由来となった言葉だ。
響きが面白くて毎度笑ってしまう。
よりによって黄ばみ……ぷぷぷっ……
「じゃあ夜まで軽く狩りをしとこうか。メンテ後の明日には転職できるようにね」
「だな」
「そうしましょう!」
『こんばんは。【オーディンズスピア・オンライン】運営チームです』
黄ばみと共に女性の声でアナウンスが響き渡る。
「こんばんはー」
「あははは! 私も初めてMMOを始めた時にそれやりましたよー。ワールドメッセージなのに私個人に話しかけてきたのかと思って返事しちゃいました」
「うむうむ、誰もが通る道だよね」
俺のボケに大きく頷くヒナとキンさん。
意外とみんな『天の声』に反応しちゃうんだな。
『βテスターの皆さまにお知らせいたします。お陰様を持ちまして、今夜のメンテナンス後、【オーディンズスピア・オンライン】は正式版へと移行いたします。しょ、それに伴う大規模アップデートのてゃめ』
「わははは、噛んだぞ。しっかりしろー」
「GMさんがんばってー!」
周りにいる大勢のプレイヤーからも微笑ましいヤジが飛ぶ。
夜ともなればやはりログイン人数は増えるものだ。
特に今日は特別な日だもんな。
『失礼いたしました。大規模アップデートのためにメンテナンス作業を22時より開始いたします。それまでのお時間を運営チーム主催による盛大な花火大会でお楽しみくださいませ』
首都のある方向に幾筋もの光跡が上がっていく。
それは上空高くで消えた。
そして大きく花開く。
七色に輝き、夜空とプレイヤーたちを照らす。
音と振動はだいぶ遅れてやってきた。
「わぁー! 綺麗ですねー!」
「やべぇな、リアルのよりも迫力あるぞ」
「これは見事だねぇ」
俺たち三人は、太っとい大木の根元に並んで座り、首都の方角を眺めていた。
真ん中に俺、右にヒナ、左側にキンさん。
って、キンさん!
こんな時くらいグラサン外せば!?
ゲーム内であるがゆえに、形や色も自由自在な花火が夜空を彩る。
俺たちはしばらくの間それに見入っていた。
うわ、ラビ型の花火だ。
あのAIも今となっては懐かしいな。
ってか、あいつマジでマスコットキャラ扱いなのかよ……
コツンと右肩に衝撃。
ピンク色の物体を見なくともヒナの頭だとわかる。
まさか居眠りしてるんじゃあるまいな。
まぁ、お子様ならお眠な時間ではあるが。
俺は特に文句を言うでもなく花火を眺め続けた。
キンさんもヒナも無言で去来する何かを想いつつ空を見上げている。
この二人と【OSO】がプレイできて良かったなぁ。
なんだかんだで楽しいもんな。
明日からはもっと楽しくなりそうだぞ。
『【オーディンズスピア・オンライン】運営チームです。花火大会はお楽しみいただけたでしょうか? メンテナンス時刻が迫って参りましたので、順次ログアウトをお願いいたします。繰り返しお知らせします』
「ほんじゃまた明日な」
「バァイ」
「メンテって時間通りに終わるんか?」
「どうしよっか」
「オレも寝るわー」
アナウンスに従って、周囲の連中が次々に落ちていく。
みんな早く寝て明日に備えるのだろう。
接続人数も5千人にまで減っていた。
「じゃ、僕も落ちることにするよ。まだ夕飯も食べてないしね。また明日、お二人さん」
「あ、あぁ。キンさんおつー」
「お疲れ様ですキンさん」
一足先にキンさんが手を振りながら消えて行った。
まさか変な空気を感じ取ったとかじゃないよね?
接続人数1500人。
まだ花火は夜空を焦がしている。
『メンテナンス時刻は22時開始です。それまでに必ずログアウトを実行してください』
「あの、アキきゅん……」
「ん? ヒナも落ちるか?」
「いえっ、その、話したいことがあって」
「なんだよ改まって」
なんでか俺の喉がゴクリと音を立てた。
接続人数250人。
「アキきゅん……秋乃先輩……」
潤んだ目で俺を覗き込むヒナ。
くっ。
敢えて本名で呼ぶとは。
接続人数95人。
「私と先輩が初めて会った時のこと、覚えてますか?」
「……ああ、ゲーセンでな」
「はい。55連勝してた私を軽くあしらってくれましたよね」
「す、すまねぇ。あれは一種のバグ技なんだ。自分で発見したのはいいんだが確証が持てなくてな。ヒナを餌食にしてごめん」
「いいえ。私はあれで目が覚めたんです。世の中にはこんなに強い人がいるんだって、こんなに楽しそうにゲームをする人がいてくれたんだって。私、負けが悔しくて怒っちゃいましたけど」
「はははっ。正常な反応だよそれ。あんな理不尽なやられかた……」
「まさか同じ学校の人だとは思ってませんでした。しかもそんな人と『ゲイム部』で再会するなんて」
「何の因果かねぇ」
「ホント、なんなんでしょうねぇ。この気持ち」
ヒナはまたしても俺の肩に頭を預けた。
そして腕を絡めてくる。
接続人数2人。
もうこの世界には俺とヒナしかいない。
「気付けば私の目は勝手に先輩の姿を探しちゃってるし……こうしてゲーム内で会ってても、ログアウトすると寂しくて少し泣いちゃったりするんです……どんだけ恋してるんだーって話ですよ、あはは」
ああ、本当だ。
花火に照らされたヒナの頬に涙が。
『まもなくメンテナンス時刻です。プレイヤー各位はログアウトを速やかに実行してください』
うるさく聞こえるのはアナウンスか、花火の音か、それとも俺の鼓動か。
「……秋乃先輩。私はあなたが好きです、大好きです」
俺も、と言う前に、唇が柔らかなもので塞がれた。
アナウンスも花火も鳴りを潜めたように静まり返る。
そして永遠にも感じられた一瞬は終わりを告げ。
「じゃ、また明日です。アキきゅん」
照れ臭そうなはにかみと涙を残し、ヒナが消えていく。
接続人数1人。
っっっっぶっはあぁぁぁぁ!!
ビビったぁ~~~!!
緊張したぁ~~~!!
あいつ!
俺に返事させないなんてズルいぞ!
明日見とけよ!
俺がどんだけ好きか思い知らせてやるわ!
なんなら今から夜襲してやるか夜襲!
……無理だ……黒服にブッ殺される……
『メンテナンス時刻となりました。メンテナンス実行。アップデートシーケンス開始』
バツンッ バツンバツンッ
突如全ての照明が落とされたような音と共に真っ暗闇となった。
「なっ! なんだ!?」
おかしい。
【OSO】に真の闇などないはずだ。
闇夜だろうがダンジョンだろうが薄暗くとも周りは見えていたのに。
「ッッ!!??」
急激に頭を圧迫されたような違和感に襲われる。
真っ暗闇の中を闇雲に走り回っている気がする。
出口のない迷路ほど恐ろしいものはない。
脳内を何かが凄まじい勢いと膨大な量で埋め尽くさんと暴れる。
く、そ……い、し、き、が………………ヒ……ナ……
俺はそこからなにもわからなくなってしまった。
最後に浮かんだのは、愛しき少女の笑顔だけ────
ここまでが第一部です。
お読みいただきありがとうございます!
次回からやっと幼女が!




