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第139話 (砂の)海は広いな大きいな



「うへぇ~……さすが砂漠……あっついなぁ~……」


 見渡す限りが砂の海。

 苛烈な日差しは容赦なく幼女の無垢な柔肌を無粋に照り付ける。

 最早、『暑い』と言うより『痛い』のレベルであった。

 出立当初はウッキウキだった俺たちも既に言葉すら発さず、皆ただ黙々と交互に足を動かしているだけの始末。


 これぞ、第二大陸の大部分を占める名物【神の死せる大砂海だいさかい】だ。

 やたらと物騒な名前だが、ミニマップにもそう表示されている。

 方角はこのミニマップのお陰で把握できるが、視界に入ってくる景色は行けども行けども変わらないようにしか見えず、体力よりも精神的に疲弊した。


 とは言え、あくまでもこれはゲーム。

 砂漠と言う設定上、体感としてはかなり暑いが、異様に喉が渇いたりなどしないのはせめてもの救いである。

 本来なら金属製の装備品を身に付けたまま灼熱の砂漠を旅するなど愚の骨頂。すぐさま火傷を負ってしまうだろう。

 それに本物の砂漠とは違い、大型から小型まで多種多様なモンスターに遭遇するあたりがなんともゲームっぽい。

 いや、紛れもなくゲームなのだが……あれ? 今はゲーム中だよな?

 いかん。暑さで頭がボーッとしてきた。

 このあいだ、ようやく現実での酷暑を乗り切ったと言うのにこの仕打ち。

 運営チームはドSの集団に違いない。

 どうせなら見た目だけ砂漠で、気温くらいは普通にしてくれればいいものを。

 リアルさへのこだわりがキモすぎる。

 多分だが、夜ともなればここは氷点下となるのだろう。現実の砂漠がそうであるように。


 流石に厳しすぎると感じ、交代でユニコーンのニコに騎乗しようとしたのだが、ニコ本人から却下された。

 男のキンさんが同行しているのと、ユニコーンとは言え馬に砂漠の行軍は無理だとの主張である。

 まさか主人の頼みをこうもあっさりと従者が拒否するとは……

 造反するくらいなら桜鍋にでもしてやろうか。こんな時に役立ってこその乗り物だろうに。


(ひいい! 主さま、どうかそれだけはご勘弁を!)


 怯えるニコの声は無視しておこう。

 これは罰だ。



「ねぇ……ハカセから教わった方角はこっちで合ってるよね?」

「……」

「……」

「……」

「……」


 先頭の俺が声をかけても後続からは返事がない。

 きっとみんな、俺と同じくボーッとしてきているのだろう。

 既に出発から2時間以上経過している。

 炎天下の中をモンスターと戦闘しつつの行軍。普通なら全員とっくに熱中症だ。


 このままではマズいと判断し、渇を入れるか休憩を取るかで悩んだ時、前方に砂煙のようなものが見えた。

 あまりにも小規模ゆえに砂嵐や竜巻などではあるまい。

 一瞬、蜃気楼かと思い、目を凝らすがやはり砂煙に見える。


「みんな、前方注視!」


 幼女おれの鋭い声に、暑さで半ば溶けかかっていたヒナたちも我に返った。

 ……のはいいのだが。


「敵襲ですか!? 【ディフェンスシフト】!」

「ちょっ!?」


 ビュン パッ


 騎士スキルによって、瞬時に先頭の俺と最後尾のツナの缶詰さんとの位置が入れ替わった。

 どうやら彼女はモンスターの襲撃と勘違いしたらしい。

 うむ、まだボーッとしているようだ。


「ツナ姉さん! 違う違う!」

「アキくん怪我はないかい!? 【ヒール】!」

「キンさんもボケてんの!? SPの無駄遣いすんな!」

「世界に遍く満ちしマナよ! 寄り集いて我に……」

「ストップストップ! ヒナも詠唱やめて! モンスターじゃないってば!」

「アキお嬢さまの身柄を確保いたしました! みなさま、存分に!」

「ふぎゃー! シーナさん、前から抱きしめないで! ぶはっ! 胸、胸に埋もれるぅ~!」


 みんなダメでした。


 だが、結局俺もダメだった。

 モンスターではないと言ったな。あれは嘘だ。

 まごうことなきモンスターの襲撃だったのだ。


 ただし、俺たち以外への。


「ちょっとあれ見て! 誰かが襲われてるんじゃない!?」

「ふぇ? ……あー、ラクダに人が乗ってるように見えますねー……」

「むむむ。確かにそのようだね……」

「では、後ろのあれはなんなのでしょうか……?」

「ハカセさまからいただいた資料データによりますと、ギザギザの特徴的な背びれからして、【砂鮫サンドシャーク】のようでございます。モンスターレベルは65、砂中を泳ぎまわり、動く者を見境なく捕食するアクティブモンスターと記載されております。大きさから推察するに、アキお嬢さまのサイズでは一飲みかと」

「サンドシャーク!? 一飲み!?」


 俺を抱きしめたまま淡々とデータを読み上げる修道僧のシーナさん。

 意外にもヤンキーみたいな見た目と違って理知的だった。

 イメージの大半は特攻服のような職業衣装のせいであるが。


「でも追われてるのってプレイヤーなのかな?」

「どうなんでしょうね? 私たちの知らない間に、誰かが海を渡っていないとは言い切れませんし、可能性としてはゼロじゃないですよね」

「だよねぇ……いっそプレイヤーのほうがいいかもしれないけど」

「どうしてです?」

「デスペナはともかく、死んでもセーブポイントに戻されるだけで済むから」

「あ、なるほどー」


 ヒナと二人、あははと笑い合う。


「って、おいおい! きみたち、のんきに笑ってる場合じゃないだろう。あれがNPCだったらどうするんだい?」


 ビシッと平手でツッコミを入れるキンさん。

 NPCが死亡した場合、どうなるのかは未だ不明のままなのである。

 【死者蘇生リザレクション】が効けば良いが、もし無効であれば困ったことになる。重要NPCなら特に。

 なるほど、キンさんにしては至極まともな意見であった。


「そうだった! みんな! 助けよう!」


 『おお!』と声を張り上げ、一斉に突貫を開始する。

 指標になる物のない砂漠ゆえに遠近感は狂うが、ミニマップ上ではそれほど距離も離れていないし、全力疾走ならすぐに追いつけるはずだ。


 聖剣エクスカリバーを振りかざし、鬨の声を上げる俺たちに、複数のラクダに乗った人々も気が付いたらしい。

 進行方向をこちらへ向けて真っ直ぐ駆けてくる。

 そしてすれ違いざまにラクダの人物と目が合った。


 ────小さな……女の子?


 

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